第76話 京都のS級ゲート
扉の向こう側から、剣さんの驚く声が聞こえた。
思わず俺も反射的に呟く。
「京都の……S級ゲート?」
それってたしか、ギルド〝世界樹〟のギルドホームがある場所の近くに発生した、やや特殊なゲートのことだよね?
前にニュースで騒がれていたこともあるから覚えている。
「京都? S級ゲート?」
俺の隣ではシロが首を傾げた。
説明してあげる。
「京都っていうのは、この国にある街の名前みたいなものかな。少しだけ遠くにある場所だよ。観光地として有名なんだ」
「S級ゲートっていうのは?」
「ゲートに付けられたランク。Sが一番上で、一番危険って意味だね」
「つまり……それだけ出てくるモンスターが強いってこと?」
「その通り。でも、俺の記憶がたしかなら、京都にあるS級ゲートは安全のはずなんだ」
「安全?」
「ああ。前に攻略した千葉県——隣にある街のゲートは、それこそ街を捨てなきゃいけないほどモンスターが溢れて大変だったけど、京都のゲートは違う」
だから一時期テレビなどで騒がれていた。
「京都のゲートは……京都のゲートからは——モンスターが出てこないんだ」
「え? ゲートが開いてるのに?」
「そう。だから京都は未だに人が住める。世界樹っていうギルドが監視してるからっていうのもあるけどね」
「——そのS級ゲートに、問題が発生したそうだ」
「剣さん」
がちゃり。
扉を開けて剣さんが戻ってくる。
その表情は険しかった。
「京都で何があったんですか?」
「そこまで細かいことはまだ聞いていない。なんでも、突然S級ゲートからモンスターが出てきたと」
「じゃあ京都は……」
「いや、出てきたのは数体のモンスター。たしかに強かったそうだが、なぜか時間が経つとゲートの中に帰っていくらしい」
「ゲートに……帰る?」
「不思議ね。まるで戦うことで何かをたしかめているような……」
「花之宮も同じことを言っていた」
花之宮。それは、ギルド世界樹のギルドマスター、花之宮春姫さんのことだ。
日本の冒険者で最も防衛を得意とする覚醒者。
よく俺の鎧と比較される。
「しかも、そのモンスターたちは……夜中にのみ現れる」
「夜中に……?」
「あまりにも意味がわからなすぎて、花之宮のほうでも対処に困ってるらしい。日に日に現れるモンスターの量も増えてると」
「それで、春姫からはなんて?」
「応援要請だ。我々にS級ゲート攻略の話が出た」
▼△▼
「S級ゲート攻略、ですか」
紅さんが口にした言葉に、わずかな動揺を受けた。
たしかにS級ゲートが活動を始めたのなら、攻略しないと京都がまずいことになる。
千葉県のときとはまるで状況が違う。
京都にはまだ、人が住んでいるのだ。
「花之宮の話だと、このままのペースでモンスターが増えると、いずれ京都自体が千葉県と同じことになる。その前にゲートを攻略したいそうだ」
「話はわかりました。これから京都に向かうんですね」
「それも少数精鋭でな」
「——え? 少数、精鋭?」
首を傾げる。
他のメンバーは連れていかないのか?
「なるほどねぇ……今回ばかりは、たしかに私たちで行くしかないわ。前に爺が言ってたけど、いま、全国的にゲートが多発してるのよ。まるで京都のゲートに合わせるかのように」
「そんな……タイミングが……」
「そう。悪いの。だから他のメンバーは残して対処に回ってもらうわ。円卓と夜会も同じ。あっちはより忙しくてギルドマスターの二人も来れないでしょうね」
「その通りだ。花之宮がすでに話は通してある」
「じゃあ、今回のS級ゲート攻略には、俺と紅さん、それに世界樹のギルドメンバーだけであたるんですか!?」
「そうなるわね。でもまあ、京都のS級ゲートはモンスターが圧倒的に少ないわ。それに、ゲートに入るのも簡単だし、そこまで人数は必要ないと思う」
「でも……」
言うや易しの典型な気がするんだが……。
「それに」
ぴしゃりと紅さんが俺の言葉に被せた。
にやりと笑って告げる。
「今回は助っ人がいるわ。ムカつくけど頼れる助っ人がね」
「頼れる助っ人?」
誰のことだ?
頭上に疑問符を浮かべた俺に、紅さんが答えを教えてくれる。
「元・最強冒険者。——剣景虎よ」
「ええええ!? つ、剣さんが参加するんですか!?」
「うむ。今回ばかりは重い腰をあげようと思っている」
「爺には荷が重いと思うけどねぇ……まあ、少しでも戦力の穴埋めくらいにはなるわよ」
口調とは裏腹に、紅さんは笑っていた。
その表情には強い信頼が伺える。
それだけ剣さんは頼りになるってことだ。
「だから安心しなさい。あんなよぼよぼの爺でも、いないよりはマシだわ」
「一言余計だ、馬鹿者」
「個人的には心強いですけどね。剣さんが一緒なら」
「ふんっ。あたし一人でも十分だっての」
面白くなさそうに紅さんはそっぽを向いた。
今回のS級ゲートは、三人の特級冒険者と一緒か。
しかし、それより……。
ちらりと隣のシロを見る。
「とりあえず……シロはお留守番かな?」
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