第38話 黒騎士、嫌な予感がする
「……妙ね」
立ちはだかるモンスターを殲滅した紅さんが、ぽつりと呟いた。
「妙?」
「ええ。おかしいわ。たった今あたしたちが倒したこのモンスターたち……資料で見たモンスターとは微妙に外見が違う」
彼女は燃やしたモンスターを足蹴にそう言った。
俺も釣られて足元に転がるモンスターの死体を見下ろす。
「たしかに……言われてみれば若干違いますね。それがどうかしましたか?」
「あんたは不思議に思わないの、庵」
「不思議?」
「コイツら、ずっと誰も足を踏み入れてこなかった千葉県の中で、成長してるかもしれないのよ?」
「——あ」
そこまで言われてようやく彼女の言葉の意味を理解した。
「そっか……ここはもうダンジョンの中のようなもの。他に人は来ない」
「その通り。境には警備の冒険者はいるけど、彼らの任務は防衛であって攻略じゃない。こんな奥地にいるモンスターと交戦することはまずないわ」
「その上で、モンスターに変化があった? 成長している?」
「可能性はあると思う。ちょっと他のギルマスたちにも情報を共有するわ」
「了解です」
どうやらここで一度ストップらしい。
紅さんが無線のチャンネルを変更する。ギルドマスターたちに直通の番号へ。
「それにしても……ゲートから出てきたモンスターが勝手に成長するのか?」
紅さんの考察はたぶん当たっているように思える。
俺もS級ゲート攻略前に閻魔殿から出てきたモンスターの資料は見た。
倒れているモンスターとほぼ外見は一致するが、わずかに差が出ている。聞いていた話より強かったし、なんだか嫌な予感がした。
「そう……やっぱりそっちでも見慣れない個体が出てきたのね。ええ、解ったわ。とりあえず問題がないようならこのまま進めましょう。合流を最優先に」
ぴぴっと紅さんは無線を切った。向こうの話が終わったらしい。
「どうでしたか、紅さん。モンスターの情報は」
「あたしが危惧した通りね。円卓の馬鹿と春姫が新種と遭遇したってさ」
円卓の馬鹿……天上さんのことだな。あとは花之宮さんもか。
「新種……まったくの別個体ですか?」
「恐らくね。馬鹿と春姫曰く、資料には載っていなかった個体だそうよ」
「となると……紅さんが言ったようにモンスターが勝手に成長してるとみて間違いなさそうですね」
「もしくは、ゲートから新しいモンスターが出てきているか」
「それを考え出したらキリがありませんし、ひとまず先に進みましょうか。ゲートに行けばなにか解るかもしれません」
「同感ね。作戦はこのまま継続する。パパッとモンスターを殺しながら突っ切るわよ!」
パン、と紅さんは拳を手のひらに叩きつける。気合の入ったポーズに、俺は素直に頷いた。
「了解です」
さらに速度を上げて、俺たちはゲートの入り口を目指した。
▼
各ギルドのギルドマスターたちが、S級ゲート閻魔殿を目指している頃。
徐々にモンスターを駆逐しながら進む冒険者たちのほうで問題が発生した。
「くっ! 敵がどんどん強くなっていってないか?」
身の丈ほどの大剣を構える男性が、近くにいる仲間たちにそう言った。
残りのメンバーたちも同意見だと頷く。
「ほんとにね……これがS級ゲートによる影響?」
「いや、どうだろう。さっき無線で新しい情報が入ってきただろ? ゲートに近付くほど、新種が発見されたりしているらしい」
「モンスターが勝手に成長してるかもしれない、か……嫌になるなまったく」
突っ込んでくるモンスターを斬り伏せながら、彼らはなんとか戦闘を続ける。
しばらく連携を活かして戦っていると、ようやくモンスターの勢いは落ち着いた。
一時の平穏が訪れる。
「…………ふう。やっとモンスターが切れたな。他になんかいるか?」
大剣を地面に突き刺し、盛大に男性のひとりが息をつく。彼の足元には大量のモンスターの死骸が転がっていた。
「いいえ、継続はいなさそうよ。ひとまず休憩ね」
「疲れたぁ! こんなにモンスターがいるなんて聞いてませんよ、リーダー」
「しょうがないだろ。ここは最悪最凶のS級ゲートだぞ。こんなこともある」
リーダーと呼ばれた大剣使いの男性は、仲間たちと同じように腰を下ろして体力の回復に努める。
まだ千葉県に入ったばかりだというのに、すでに彼らが討伐したモンスターの総数は三十を越える。
一体一体がそこそこの強さを持っていることから、S級ゲートの凶悪性が伝わってきた。
「けどさ、みんな。これだけモンスターを討伐したんだ。きっと報酬もどかんと貰えるに決まってるぜ?」
仲間のひとりが喉を鳴らして笑う。お金しか勝たん! と顔には書いてあった。
だが、その意見には同意する。努力した分だけ報酬が儲かるのがこの仕事のいいところだと誰もが思った。
——そんなとき。
くつろぎモードの彼らの空気が、一瞬にして張り詰めた。
遠くからモンスターの気配を察知したからだ。
「……どうやら、報酬にはまだまだ期待できそうだな」
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