第74話 君主の欠片

「……剣さんが天照のギルドに?」


 突然告げられた内容を聞いて、俺は驚く。


「ええ。その子——シロを見にね。気を付けなさい。あの爺が本気で殺そうとしたら、近距離じゃ防ぎようがないわ。下手するとアンタの鎧も斬られるわよ」


「ッ……!」


 それほどか。


 さすが特級冒険者の中でも最強と言われる存在。


 念のため、剣さんの前では深淵の帳を展開しておくか?


 ……いや、紅さんの話が本当だとしたら、たとえ鎧をまとっていても剣さんの攻撃は止められない。


 シロには悪いが、あくまで友好的に、魔法は使わない方向でいこう。


 剣さん性格いいし、いきなり攻撃を仕掛けてくることはないと思いたい。


 そんな不安を抱えたまま、俺は剣さんが到着するまでの間、ずっと悶々とシロのことを考えていた。




 ▼△▼




 遅れて剣さんがやってくる。


 集まったのはギルドマスター—紅さんの部屋だ。


 テーブルを一つ挟んで対面の席に剣さんが座る。


 一応、左からシロ、俺、紅さんの順番にソファに座っている。


「爺、遅かったじゃない。十五分も遅刻よ」


「普段はお前が遅刻するくせに、遅刻したらうるさいのはどうにかならんのか」


「爺が口うるさいから怒ってんじゃない。今後はあたしにも注意しないでちょうだい」


「お前の遅刻は度がすぎる。一時間は平気で遅れるだろ」


「忙しいのよ、引退した爺と違ってね」


「怪しいところだな……まあいい。それより本題に入ろう。お互いに忙しい身だしな」


 そう言って剣さんがじろりとシロを見る。


 シロは本能的に剣さんの強さを感じ取ったのか、びくりと肩を震わして俺に抱きつく。


「ちょっと。なにウチの可愛い子を睨んでるのよ。怖がらせないでくれない?」


「相手は異世界の人型モンスターなのだろう? この程度で怖がるものか」


「あくまで括りとしては異世界人ですよ。敵対していないのでモンスターとは少し違うかと」


 一応俺が訂正する。


 なるほど、と剣さんは続けた。


「呼び方に関しては訂正しよう。それで……シロくん、と言ったかな? 君はなぜこちらの世界に?」


「わ、私は……異世界の人間たちから逃げてきた」


「どうして?」


「かつての仲間たちが、仕える君主を裏切ったの。私はそれが許せなかった」


「しかし、それだけなら君が殺される理由にならない。そうだろう?」


「……ええ。他にも理由はあるわ」


 スッと彼女は自分の体の中から黒い水晶玉を取り出した。


 文字通り、体からぬるりと出てくる。


「それは?」


 俺も知らないやつだ。さすがに驚く。


「ごめんなさい。イオリには直接関係がないから伝えてなかった」


「関係ないなら別にいいけど、もう隠し事はしないでほしいな」


「約束する。絶対にイオリには隠さない」


「それで、その玉は何かな?」


 剣さんが質問を続ける。


「これは闇の君主の欠片」


「君主の……欠片?」


「そう。中に力の一部が入ってる。特に大事な魂の部分が」


「なぜそんなものを……」


「そこまでは覚えていない。けど、たしかなのは、私はこれを連中に渡したくなかった。何に使うのかは解らないけど、たぶん、渡ったらまずいことになる」


「だからシロは他の異世界人たちに狙われていたのか……殺害とその玉を奪うために」


 謎は解けた。


 俺も一応は気になっていたんだ。わざわざ裏切り者……逃げただけのシロを彼らが殺すメリットは何かを。


 それがこの黒い水晶玉にある。


 というか、普通に俺に関係してる気が……まあいいか。




 シロはひとしきり話すと、再び水晶玉を自分の体の中に取り込んだ。


「なるほどな……君の事情は解った。その上でさらに質問をしよう」


「なに」


「君は彼らの敵で間違いないんだね?」


「間違いない。今の私はイオリの仲間。イオリのためなら何でもする……と言いたいけど、私には力がない。何もできない」


「情報をくれればそれでいい。私も荒事は嫌いでね。君の存在を認める代わりに、異世界の情報が欲しい」


「記憶の大半は欠落してる。渡せる情報にも限りがある」


「構わないさ。少しでも多くの情報が手に入れば。話してみた限り、かなり友好的だと解ったしね」


 そこまで言ってようやく剣さんは表情を崩した。


 普段のどこか優しげな剣さんに戻る。


 先ほどまでまとっていた威圧感も霧散した。


「ふんっ。あたしが最初から平気だって言ってるのに。疑り深い爺よね」


「実際に見て感じないと解らないものはある。お前は割と大雑把だしな」


「喧嘩売ってんの? 爺!」


 じわっ。


 わずかに感情が高ぶって室温が高くなる。


「抑えてください、紅さん。話し合いですよ。殴り合いじゃありません」


「……チッ。庵とシロちゃんに免じて許してやるわ」


「生意気な女だ……」


 ひとまず矛を抑えてくれた紅さん。


 やれやれ、と剣さんは肩を竦めたあとで、再びシロに質問を始める。


 内容は俺が紅さんに話したことのある内容がほとんどだった。


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