第73話 黒騎士、再会する
「話はついたわ。最終的に、シロの身柄は私が預かるってことになる」
電話を終わらせた紅さんが部屋に戻る。
告げられた言葉はわずかに俺の不安を撫でた。
「紅さんが預かるってことは……」
「安心しなさい。別にその子に何かするつもりはないわ。それに、心配なら庵もしばらくここで生活すればいい。部屋は余ってるしね」
「いいんですか?」
「ええ。その子も庵がいたほうが落ち着くでしょうし、暴れられても困るわ」
「シロに戦闘能力はありませんよ」
「それでもふとしたきっかけで何かされたら困るのよ」
くすりと紅さんが笑った。
シロが少しだけ不安そうにこちらを見ている。
「……まあ、そういうことならお言葉に甘えて」
「イオリ、一緒にいてくれるの?」
「もちろん。近くにいればそれだけ守れる」
「やった。イオリがいるなら私はどこでもいい」
「おーおー、妬けるわね。こんな光景見たら東雲ちゃんなんて思うかしら」
「東雲さん? 東雲さんがどうかしましたか?」
「……可哀想」
なぜか哀れみの篭った視線を紅さんからちょうだいした。
俺は首を傾げるものの、彼女はそれ以上は何も教えてくれない。
「ひとまず着替えとか日用品は部下に用意させるわ。適当にリストアップしといて」
「わかりました」
これから俺とシロのギルドホームでの生活が始まる。
別に家に帰らなくてもいい。
両親たちにも変に心配をかけるだけだ。
シロが見つかったら大変だし、絶対に会いに来ないであろうギルドホームのほうが安全だ。
一応、両親にメールで、「しばらくギルドホームに泊まってるから心配しないでくれ」とだけ連絡しておく。
▼△▼
俺とシロのギルドホームでの生活が始まった。
服は購入したばかりの物があるが、それ以外の日用品はすべて紅さんに用意してもらった。
正直、飯まで出てくるので居心地はかなりいい。
「ほら、今日の朝食だよシロ」
届けられた料理をシロに渡す。
「今日も美味しそう……! この世界の食べ物はどれも美味しいから困る」
「困るの?」
「食べ過ぎて太る」
「それくらい別にいいんじゃ……」
「女性には譲れないものがあるの」
「なるほど」
深くは詮索しないでおこう。
俺の本能がそれ以上先へ進むことを拒んだ。
シロと一緒に朝食を摂る。
基本的に俺とシロの生活は平凡だ。
家にいたときと何ら変わらない。
俺は学校に行き、シロは自室に残る。
適当にテレビを見て過ごしているらしい。
ゲームなども与えられているため、恐らく暇になることはないだろう。
そんな日々が数日も経つと、すっかりこの暮らしにも慣れた。
「あ」
「あ?」
ギルドホーム内で偶然にも火口と顔を合わせた。
お互いに体が固まる。
「て、てめぇ! 明墨ぃ! 前はよくも俺の——うごっ!?」
言葉の途中で火口の後頭部が叩かれる。
後ろに控えていた男性の仕業だ。
「なにしやがるこの野郎!」
「ギルドマスターの指示です。もうお忘れになったんですか? 頭を叩くと人は馬鹿になるらしいですが、火口さんはそれがより顕著なんですね」
「あ!? 喧嘩売ってんのかごらぁ!」
「また叩きますよ。ギルドマスターから許可が出ているんですからね」
「ぐっ……!」
悔しそうに火口が体を震わせた。
握り締めた拳が色を変えるほど苛立っている。
「火口は何かあったんですか?」
「アナタを襲った際の罪でギルドマスターから保護観察処分を受けているんです。罰金とか降格とか、ギルドマスターから痛めつけられたとかありますけど、それに加えて監視が入り、余計な言動をしたら殴ってもいいと言われています」
「それはまた……大変ですね」
ぷぷっと火口を見て笑う。
火口の額に青筋が浮かんだ。そのまま拳を振り上げる。
しかし、火口の拳が俺のほうへ振り下ろされることはなかった。
それより先に後ろから殴られる。
「あなたも懲りませんね、火口さん。それをやめろと言われてるでしょう?」
「うるせぇ! 俺はコイツを一発殴らないと気が……!」
「自業自得じゃないですか。ギルドを追放されなかっただけでも温情ですよ。きっとギルドマスターは、火口さんに期待しているんでしょうね」
「……期待?」
あ、火口の心が揺らいだ。
コイツ単純だな。
「ええ。改心し、立派に成長することを祈っているのでしょう。でなきゃあの人の性格上、あなたを許すとは思えません。殺されててもおかしくありませんよ?」
「た、たしかに……そうか、俺はあの方に期待されていたのか!」
乗せられているとも知らずに喜ぶ火口。
シロに悪影響とか出そうなので彼女の目元を隠した。
「イオリ?」
「目の毒だから我慢してね~。それじゃあ俺たちはこれで」
火口の返答も待たずにその場から立ち去った。
そのタイミングで、たまたま通りかかった紅さんにビッグニュースを伝えられる。
「あ、庵じゃない。ちょうどよかったわ。今日時間あけておいてね」
「時間ですか?」
「ええ。爺とかが来る予定だから」
爺……剣さん!?
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