第42話 黒騎士、竜と刃を交える
「キエエエエエ!」
ゲートから姿を見せた一匹のドラゴン。
濁った緑色の両翼をはためかせて俺たちの頭上を飛ぶ。
強い怒りの感情が込められた叫び声を上げると、徐々に上空を覆うほどの雨雲が発生する。
事前に剣会長に聞いていたボスの特徴に一致していた。
「あれが……閻魔殿のボスね」
隣に並んだ紅さんの呟きが聞こえる。
その場に揃ったすべての特級冒険者たちが、空を見上げたまま固まっていた。
否。
全員がボスに注目している。いつでも行動できるように戦闘態勢を取っていた。
「あらあら……退屈すぎて巣穴から出てきましたね。やる気まんまんみたいですわ」
「ゲートの中に入って探す手間が省けたね。アレを倒せば今回のS級ゲートも攻略だろう? 頑張ろうね、みんな」
轟さんが好戦的な笑みを浮かべる。
近くにいた天上さんもまた、腰に下げていた鞘から剣を抜いた。飄々としながらも視線は鋭い。
「ほらさっさと落としなさいよ紫音。あんたならできるんでしょ~?」
「うっさいわね! 神楽だって遠距離攻撃くらいできるでしょ。手伝いなさい」
「は~? 自分ひとりでも十分とかなんとか言ってなかったかしら?」
「これは平等な任務なのよ! 少しでも楽にするためにはねぇ……」
こんな時でも喧嘩するのを忘れない二人の女性ギルドマスターたち。
彼女たちの言い合いを止めたのは、中空を翔る一匹のドラゴンだった。
密集した雨雲が帯電を始める。ごろごろと嫌な音が聞こえた。
ちらりと轟さんも紅さんも空を見る。
直後、再びドラゴンが大きな声を上げ、
「キエエエエエエ!」
バリバリバリ!
激しい落雷が俺たちの頭上に迫る。
その場の全員が同時に横へ避けた。
「ハッ。これがボスの攻撃? 派手なのは見た目だけね!」
「本物の雷がどういうものか、わたくしが見せてあげますわ」
紅さんが右手に炎を集め、轟さんの周りに紫色の雷が現れる。
「————
「————紫電・
二人が同時に攻撃を始める。
紅さんの攻撃は凄まじい攻撃範囲を誇った。
一瞬にして、放出された炎で空が赤く染まる。あれだけの魔力を即座に炎に変換し、ドラゴンの元まで届けるのは至難の技だ。
前に見た火口がどれだけ彼女に劣っていたのかわかる。
次いで、赤く染まった空に鋭い雷の棘が伸びる。
やや黒みを帯びた紫電。ジグザグに軌道を変えながらドラゴンがいたと思われる方向を貫く。
その際、継続的に凄まじい炸裂音が響いた。
——これが各ギルドのギルドマスター……特級冒険者の戦闘か。
本気を出した彼女たちの戦いは、まるで災害のように広範囲を焼き尽くす。
ゲートのボスもあっさり倒されたかのように思えたが……。
「キエエエエエ!」
バリバリ、ドーン!
炎の中からドラゴンが高速で攻撃範囲外まで逃げる。
逃げながらいくつもの雷を落としていた。
体にそれらしい傷跡はない。
「チッ! 結構頑丈じゃない。これならあの爺を連れてきたほうがよくない?」
ドラゴンの攻撃を避けながら、相手がぴんぴんしてることに紅さんが文句を漏らす。
「早速いじけていますの、神楽。最初からそう簡単に倒せるとは思っていませんでしたよ」
「そりゃあS級ゲートのボスだけどさ……めんどくさ」
連続して落雷が迫る。
しかし二人の特級冒険者はそれを軽々と避けていた。
ドラゴンの攻撃は範囲も狭ければそこまで速度もない。肉体の頑丈さだけは突出していたが、それ以外は割と普通だ。
「庵ぃ! あんたのあの黒い剣。あれでドラゴンの皮膚を切り裂ける?」
「やってみないとわかりませんね」
「じゃあいますぐやってちょうだい。隙なら作るわよ。——紫音が」
「わたくしですの!?」
急に紅さんにぶん投げられて轟さんが驚く。
たしかに行動を制限するという意味なら、弱体化もかかる轟さんの魔法のほうが役に立ちそうではあった。
「仕方ありませんね……気楽に試しましょう、明墨さん」
轟さんはそう言うと、再び周囲に紫色の雷を出現させる。
今度は棘状ではなく球体状にしていた。
「————紫電・
轟さんの周囲にふわふわと浮いた雷の塊、花の形にも見えるそれが一斉にドラゴンに向かって飛んでいく。
ドラゴンの周りを囲むように配置されると、徐々にそのサイズを膨らませていく。
「さあさあ、鳥籠の完成ですわよ!」
その攻撃は、威力があるようには見えなかったが周りを雷で囲まれたドラゴンの動きがわずかに鈍る。
——隙だ。それを俺は見逃さない。
右手に魔力を集中させ、漆黒の剣を生み出した。
「————魔剣グラム」
すべてを破壊、崩壊させる俺の最強のひと振り。
圧縮された濃密な黒き魔力が、徐々に剣身を伸ばしていき——やがてその刃がドラゴンのもとへ届く。
あとはそれを振るだけだ。
逃げ出そうと体を大きく震わせたドラゴンに合わせて、俺は剣を振った。
タイミングよく空が光る。
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