よくある一日の話
第1話 ウッドデッキにて
私の自宅には小さなウッドデッキがある。
私が子供の頃からあったもので、他の家族がいなくなった現在は私が時々手入れをしている。
それほど高くない手すりのような物が二方向にあり、そのうちの一つは手すり部分がかなり広めに取られており、ちょっとしたカウンターのような見た目になっている。
レギはそのウッドデッキを気に入っていて、暇なときにはそこに椅子を出してなにかやったり、昼寝をしたりしている。
*
「カガリさん、カガリさんっ」
ドアをノックしながら掛けられるレギの声は弾んでいる。
書類仕事で手が離せない私は、自室で書類に向かったまま返事をした。
「どうしたの? なんだか嬉しそうだね」
「うふふ、わかりますか。あのですね、いいものができたので、お仕事が終わったらデッキに来てください。お椅子出してありますから」
チラリと時計に目をやると、2時を少し回ったところだ。
手元の書類はまだたくさんあり、時間が掛かりそうだった。
「すぐには行けないけど」
「承知していますよ。お仕事たくさんありましたもんね。休憩時間を取られるタイミングで来ていただければ」
「うん、わかった。ああ、それから……」
「なんでしょう?」
「今日の来客の件だけど」
一瞬間が空く。
「あっ……あ、あぇっ? えっと……すみません」
「やっぱり忘れてたか。4時頃に私の友人が来るよ」
先立って友人から便りが届いた。近くに用事があってこちらに来るから、ついでに遊びに来るとのことだった。
ここからは、歩けば数日かかる場所に住んでいる男だ。
昨日もレギには来客があることを話したつもりだったんだが、どうやら例によって忘れていたようだ。
「お、思い出しました。お茶菓子の準備とかしておきますね」
「うん、よろしくね」
「おまかせくださいっ!」
嬉々とした声での返事のあと、カサカサと布の擦れるような音がして、ドアの向こうの気配が遠ざかっていった。
ふむ。
最近、部屋に籠もってなにか作っていたのは知っている。
時折悲鳴が上がったりバタバタすることがあったから、石を調整していたのかもしれないが、また
まあ、それもあとで行けば分かることか。
それならば少し早く作業を進めよう。
*
仕事を終えて時間を見ると、すでに3時半を回っていた。
少し時間が掛かりすぎだ。
手元の書類をまとめ、封筒やフォルダに分けてケースに放り込む。明日、役場に持って行くものはこれで片付いた。
隣のレギの部屋はずっと静まりかえっている。
室内に戻ってきた気配はその後なかった。
ウッドデッキに来いと言っていたから、リビングあたりにいるのだろう。
あの様子だったから、本人的にはよほど面白い物ができたのだろうなと思う。何ができたのかは微妙なところだ。
とにかく待っているだろうから、まずはウッドデッキに行こうか。
時間的にはそろそろ友人もやって来る頃だ。都合がいい。
部屋を出てリビングへ。
室内にレギの姿はない。
「あ、カガリさん! お仕事お疲れさまでした」
キッチンから声が掛けられた。
背が低いため、キッチンの向こうにいると姿は見えないが、なにか準備しているらしくカチャカチャと音がする。
そして、ときおりカサカサと布が擦れるような音もした。
「今、お茶を用意しているところです。そろそろお客様も見える時間ですから、先にデッキに行っていてください」
「わかった」
その時、あちっ、とレギが声を上げだ。
なにか熱い物にでも触れたんだろう。
「……大丈夫? ちょっと見せなさい」
火傷の具合を見ようとキッチンに向かおうとした私を、レギが大慌てて止める。
「お、おきになさらず、です。こっち来ちゃダメです。ウッドデッキへ行ってください」
うう、と小さく呻りつつ、レギは私を促した。
よほど隠したい何かがあるんだろう。
火傷はあとで見ることにして、レギが言うとおり、私はデッキに向かった。
リビングを抜け、庭側の窓から外に出ると、いまは私が手入れをしているウッドデッキがある。
小振りの金属製テーブルに揃いの椅子が3脚、すでに置かれていた。それほど広いデッキではないが、それらを置くにはちょうどいい広さだ。
柵側とは反対に置かれた椅子に腰掛け、ぐるりと庭を見回す。
レンガを敷き詰めた庭の周りには何種類かの花木や広葉樹が青々とした葉を茂らせ、風に揺れている。
木々の根元などには各種の花などが植えてあり、今が季節の花がそれぞれの色や香りを競うように咲き誇る。
以前は私一人で手入れをしていた庭だが、レギも手伝ってくれるようになってからは一段と見栄えのする庭になった。
レギによると、庭を世話するルーチンをまとめた
午後の日差しが暖かい。木々の葉が芽吹き始めた春先だ。
庭自体はかなり広さがある。
隣の家と言えば、庭先から出て2、3分ほど歩く程度の距離にある。村のはずれだからというのもあるが、ワディズあたりの住宅事情に較べるとだいぶ余裕があった。
仕事の疲れを景色でゆっくり癒やす。
レギはまだ来ない。
時計を見れば、あと1分ほどで4時になるところだ。
その時、通りを歩く人影が目に入った。デッキから外の通りはそこそこあるものの、人の判別くらいは容易につく程度の距離だ。
「相変わらずだな」
いやに時間正確なことから「時計男」とあだ名された友人だ。
4時頃に、と言えばだいたい正確に4時になるような人物。
性格はそこまで几帳面ではないが。
人影はぐるりと庭を囲む木々の向こうを歩いて門扉までやってきた。
「やあ、ユーニティ! そこで待っていてくれたのか?」
明るくよく通る声がそこから掛けられた。
*
「一段といい庭になったね、ここは」
まるで洒落た喫茶店かなにかみたいだよ、と友人──クロマ・セルドは言った。
「手入れをする手が増えたからね」
私の答えに彼は目を丸くした。
「結婚したなんて知らなかったな」
「違うよ、同居人がいてね。その子が手入れを手伝ってくれてる」
「へえ、意外だな。君が他人を受け入れるなんて」
「まるっきり私が人を拒絶してるみたいな言い方だね」
はは、とクロマは朗らかに笑う。
俺だってユーニティの友達だよ、そんなつもりないよ、と。
「いま、お茶の支度をしてくれてる。さきにここで待っているように言ったのはその子なんだ。そうでなきゃ、普通に部屋にいたよ」
「そっか。……へえ、子、ってことは狩人入門者の育成でもやってるってことなのかな」
「そんな感じだね」
うんうん、と納得したようにクロマは頷いた。
そしてそのままぴたりと動きを止める。
口を半開きにして、目は見開き、私の後ろを見つめている。
「……クロマ?」
私の問いかけに、口をパクパクさせ、それから右手を上げて私の背後を指さす。
とにかく驚いているようだ。
私も彼が指さす方を見た。
そして、恐らくはクロマと同じような顔をすることになった。
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