第7話 噂

 本当に挨拶だけのつもりだったらしいエンは、小一時間ほどで帰った。

 くるみ餅がいたく気に入ったようだ。またそのうちにゆっくり遊びに来ると言っていた。


 それはさておき。


 午後は私もなにも用事がないため、レギと少し出掛けることにした。

 私はワディズの役場で登録をしているが、ティニにも小さな役場がある。形式的にはティニの役場はワディズ役場の出張所という扱いだ。


「役場ですか」

「田舎の役場だから大した依頼はないんだけど……、まあ暇つぶしだよ」


 他に行きたい場所でもあるのか、私の服の裾を引きながらレギはポテポテと付いてきた。


 ティニの役場は少し大きめな一軒家程度の建物で、中にいる役人もおそらくは3、4人だ。

 依頼の掲示板は一応あるが、ティニは警護隊の監視下にある街道沿いのためケモノの被害はほぼない。まったく掲示がない場合も多い。


「別に掲示板だけが目的じゃないんだよ。情報収集にね」

「そうですか……」


 自宅から歩いて10分程度。村の中心部にある役場の出張所に到着した。中には多少の人がいる。

 やはり依頼はほぼないが、役場に入ると知人がたまたまやってきていた。


「おい、ユーニティ! 聞いたよ、野盗の話」


 栗色の髪をツーサイドアップにした彼女は、少し声を潜めて話しかけてくる。

 首から提げた登録証は紺寄りの青。

 彼女はトズミ。私より1つ年上で、狩人としては先輩に当たる。


「あ……、トズミさん、こんにちは」

「あら、レギちゃんこんにちは」


 ンフフ、と怪しい笑みを浮かべるトズミにレギは少々怯える。

 トズミは罠を使った狩りを得意としている狩人だ。

 レギは彼女が冗談で掛けておいた罠に掛かったことがある。彼女に悪意はなかったのだが、それ以来レギは彼女を警戒しているのだ。

 逆さまに吊られて悲鳴を上げている姿は、思い出すだけでも可笑しいのだが、それを話すとレギが泣く。

 レギの気持ちは分からないでもないし、彼女のレギに対する怪しい微笑みは確かに怯えられても仕方がない気はする。


 その彼女は、レギの逃げ腰な姿は一向に気にも止めず私に聞く。


「ちょっと小耳に挟んだんだけど、あんた例の野盗を始末したってホント?」

「どこからそういう噂を聞いてくるのかな、貴女は」


 少々呆れ気味に答えると、ふふん、と自慢げな顔をして彼女は答える。


「そりゃ狩人のコミュニティだもん、いろいろ話は聞こえてくるよ。で、ホントのところどうなの?」


 私の肩に腕を回して顔を寄せて来る彼女に、私は軽くため息を吐く。

 この人に話すとまた余計な噂が広がりかねない。


「たまたま居合わせた現場で捕まえたのと、後から追いかけてきたのを捕まえて保安隊に引き渡したまでだ」

「まったまた~。野盗の本隊が忽然と消えたっていうんで騒ぎになってんだよ? 絶対なんかやったでしょ」

「さてね」


 私が素っ気なく答えると、彼女はにやりと笑う。


「証拠は挙がってんのよ、あんなエグい魔法使うのあんたくらい」

「……ノーコメント」


 長時間掛けて衰弱死させるなんて、と身を震わせるようなポーズをとりながら彼女は呟く。


「あんた、やることえげつない」

「ほっといて」

「でもさ、あいつらにはみんな手を焼いてたし、警護隊や保安隊も、痕跡や証拠がなぁんにも残ってない件なんて対処する気ないみたいだし、ね?」


 ちら、と彼女の顔を見ると、にんまりとウインクして見せ、今度は引き気味のレギにぐいと顔を寄せる。レギが逃げようとするががっしりと両肩を掴んで離さない。

 怯えたレギがきゃー、いやー、食べられるーなどと喚くのが楽しいらしい。


「ねえねえレギ君、ユーニティがなにしたか知ってる?」

「し、知らないです、僕見てない、食べないで」

「やーね、子どもなんか喰わないよ。なんか面白い話、ない?」

「な……ないです、ないです……っ」


 トズミは面白がって、レギのつるんとした頬を指先で軽くつまみ、それからパクリと食べるフリをする。

 悲鳴を上げるレギ。

 そろそろ本当に泣きそうなので、レギを彼女から引き離した。


「はい、おしまい。……というか、野盗の件はそんなに噂になってる?」

「当たり前でしょ。さっきも言ったけどみんな手を焼いてたんだからね。っていうかあんた、その気になれば小規模野盗団の一つや二つ、ひとりで殲滅できそうね」

「儲けにならないようなことはやらないよ」


 再びため息を吐く。 

 今回が特別だっただけだ。

 

 私の顔を見て何か察したのか、トズミもふう、と息を吐く。


「ごめん、ちょっと調子に乗りすぎた」

「いや、いいよ」

「ま、あんまり抱え込んじゃだめだからね。吐き出せばいいのよ、なんでも。あたしが身体張って付き合ってあげる」

「……結構だよ、間に合ってる」


 彼女はにやりと笑って耳に手を当てるようなハンドサインをし、それから私の背をポンと叩いた。


「可愛い後輩君。君の活躍、期待してるよ! あ、あたしは用があるからこれで。じゃあね、レギ君も」


 ひらひらと手を振り、トズミは村役場を出て行った。


「……嵐のようです。カガリさんのお知り合いはああいう人多いですよね」


 まだビクビクして、帰ってこないか心配している様子のレギを軽く抱き寄せる。


「災難だったね、レギ。お菓子買って帰ろうか。それとも甘いものでも食べていく?」

「……! わーい! 僕、お汁粉食べたいです!」


 コロッと表情を変えたレギが、足にまとわりついた。

 少し疲れた。帰ったらお茶を飲み直して、休むとしよう。

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