第8話 おやすみ

 帰宅後、お茶を飲んだりトレーニングをしたりなどしているうちに夕方になった。夕食を取って、時刻は7時を過ぎる。


「レギ、そろそろ風呂いこうか」

「支度できてます~」


 少し眠そうに目をこするレギが、タオルと桶を抱える。


「早くお風呂入って寝たいです。僕、まだ昨日の作業の疲れが抜けないみたいで」


 体力は有り余ってはいるが、精神力という方向ではそれほどタフというわけでもないらしい。

 こういうときは放っておくとその場で寝てしまうので、急いでいろいろやらないといけない。


 ティニ周辺は地熱が高く、温泉があちこちで湧いているため外風呂文化がある。地域ごとに温泉施設などがあるのはかなり特徴的だ。


 正直なところ、レギについては性自認がはっきりしないため、男湯に連れて行ってもいいものか悩むところではあるが、一応外見的には男の特徴をもっているので本人が嫌がらない限り当面はこちらでもいいかなとは思う。

 幸いレギは温泉好きなので、今のところは男湯に行くことについて嫌がることはない。


 家から歩いて3分程度のところに村の温泉施設がある。自宅にも温泉は引いているが、レギは広い温泉のほうが気持ちがいいといって温泉施設を好むので、ここしばらくは温泉に通っている。



「いい湯でした~」


 湯上がりでタオルをかぶったレギが休憩所のソファに腰を下し、ぼうっとしている。


「忘れ物はない?」

「大丈夫です」


 そういって桶を見せる。

 中には持ってきた石鹸やタオルなどと一緒に、さっき売店で購入した黄色いアヒルのおもちゃが入っている。

 本当にただ湯船に浮かせて遊ぶだけのおもちゃだが、なぜかそれが気に入ったらしい。

 湯船に浮かべてずっと眺めていたので、湯あたりなどしないか心配はしたが、そういうことはないようだ。


「君は本当に……子どもらしいな」

「こういうの買って遊んだことなかったので。だって面白いじゃないですか」


 アヒルのおもちゃを指先でつつきながら答える。

 単純なおもちゃでも十分に面白がるのに、猫人間の小箱などをいじろうと考えたりするあたりは不思議としか言いようがないが、この子の記憶構造は一体どうなっているんだろう。決して記憶力がいいわけではないのに、知識はちゃんと持ち合わせている。

 まったく不思議だ。


 温泉を出て自宅に戻る。

 温泉施設を出る際に、常連の女性からレギにフルーツ牛乳をいただいた。「可愛いお子さんよねぇ」と褒めていただく。

 せっかくいただいたけれど歩きながら飲むのは行儀が悪い、とお持ち帰りした。レギのことだ、帰ったらすぐに飲んでしまうだろう。


 *


 就寝前の時間。

 例の小箱を眺めながらなにか紙に書いているレギ。

 私は私で古い文献などを漁っていた。

 今日来訪したエンや古い竜について、少し調べ直したくなったからだ。


 昔話のカミサマと関わりが深く、彼らはカミサマが作った世界が育つ間、世界とは別の要素から生み出されたものだということ。

 子は産まない、とある。

 エンは母親が、と言っていたが……さてどういうことか。


 他の文献も持ってきてはいたが、そろそろ眠くなってきた。

 時間も時間だ。


「レギ、そろそろ寝ようか?」

「……はーい。僕、もうさっきから眠くて……」

「無理せず先に眠ればいいのに」

「だってカガリさん、僕の寝てるの邪魔するから」


 抱き枕代わりにすることについて文句を言っている。

 なにをされてもお構いなしにすぐに寝てしまうのだから、あまり違いはないように思うのだが。



 ベッドに上がってレギを寝かせてから、ノートに綴った今日1日分の観察記録をパラパラと眺める。

 ああ、今日はいろいろあったな。

 

 ……いや。違うな。


 レギが一緒に生活するようになってから、代わり映えのしない日などなかった。

 なにかしらやらかしては驚かされたり笑ったり、呆れたり。さまざまな、昨日とは違うことが毎日起きる。


「──今日だけに限って記録するなんてものじゃないな」

 最後の一文を書き加えてノートを閉じ、サイドボードに乗せる。


 ちょうどいい塩梅に丸くなって寝ているレギは、今の季節はとても温かい。ベッドもほどほどに温まっているので、寝付きの悪い私でもすぐに眠れそうだ。


 ベッドに横になる。

 レギの上に腕を乗せると迷惑そうに呻ったが、一応目は覚まさなかった。


「おやすみ」


 さて、私も眠るとしよう。

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