浄化の器

第1話 夜の闇

 グルルル……


 低く唸る獣の声が真後ろから聞こえ、青年は振り返った。

 野良犬でもいるのか?と目を凝らすと、なにかの獣らしき姿が見えた。


 月のない夜、闇は深い。

 民家から微かにこぼれた灯りを背に見えたものは、そのままでも人の背を軽く越す四足の獣。

 闇に浮かぶ赤い4つの光は獣の目か。


 獣? それとも、ケモノか?


 こんな時間に、こんな場所に現れるケモノなどいるだろうか。


 狼か?


 いや──とにかく逃げなければ。

 そう思うも、手足が恐怖に竦んで動かない。


 ああ、なんてこった──。



 獣が跳ぶ。


 赤い光が目前に迫り、一瞬熱い息が顔にかかった。

 不思議と何のにおいもしない、ただ湿気を含んだそれが顔を覆う。

 身体に強い衝撃を受け、地面から足が浮く。


 背中と後頭部がダンと叩きつけられた。


 腹や手足に乗る巨大な質量は身体の自由を奪う。

 後頭部を打ちつけたせいか、なにも感じなかった。

 大きく開いた口の長い牙が、首筋を突き裂くゾボリという音は、彼の耳に非現実的に遠く聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る