第2話 役場からの依頼

 カガリさんには、ワディズに常宿にしてる宿屋がある。


 部屋は二つあって、片方は寝室で、もう片方はソファとテーブルがしつらえられている。

 お客さんに応対するのに都合よくできているうえ、宿泊料金が良心的であるのがカガリさんのお気に入りである理由だそうだ。


 稼ぎがないわけじゃないのだし、ティニと頻繁に行き来しているから、いっそ部屋でも買うなり借りるなりすればいいのにと言ったら、いない間の管理が面倒だと言われた。


 *


 朝、珍しくダラッとした格好で、カガリさんがソファに横たわっていた。

 ワディズの常宿でのこと。


「どうしたんです、そんな格好で」

「……なんだか体調がよくなくてね」


 冴えない顔色なのが気に掛かる。


「風邪かな」

「そうかもしれませんね。それならそんなところで休んでないで、ベッドで寝たほうがいいと思うんですが」


 カガリさんはほんの少し考えたあと、そうしようかな、と呟く。


 魔法でスパンと治せちゃえばいいのに、と思うけれど、風邪みたいな外部要因からの病気については今だ治療方法は確立されていない。薬での対症療法が関の山だ。


 怪我なら局所的な傷をふさいで閉じればいいのだけれど、風邪みたいな病気の治療は、原因から考えても現代魔法医学では対応が難しい。


 だから、基本的には風邪を引いたら寝ていろ、となる。


「後で葛の根の薬を買ってきます。それ飲んでゆっくりしててください」

「ありがとう、そうするよ。もしお客さんがきたら対応頼むよ。依頼なら紙を受け取って話を聞いておいて。後日連絡するって伝えてね」

「わかりました。おやすみなさい」


 カガリさんはもう一度ありがとう、といって隣の寝室に入っていった。


 いや、しかし。


 カガリさんが体調を崩すなんて珍しいというか、初めて見た。

 普段から体調管理には相当気を遣ってると思うんだけど。


 とりあえずすぐそばに薬を扱うお店もあるし、ひとっ走りして買ってこよう。


 *


 薬屋で葛の根の薬を買って戻る。


 外は少し寒くて、普通の人なら上着が欲しい時期になってきていた。

 もうじき冬だ。そろそろ山に入るのがいやになる時期になる。

 

 部屋の前まで戻ってくると、ドアの前で待っている人がいた。

 首から提げているカードを見て納得する。役所の人だ。


「ワディズ役場の方ですか?」


 声を掛けると、その人は驚いたようにこっちを向く。


「そうです、ワディズ役場の地域安全管理部『ケモノ等対策課』から参りました、シドンと申します」


 どっかで見たことあるなあ、と思ったら、役場に行くとカガリさんに依頼の話をしてる人だ。

 たぶんカガリさんにそんなことを言うと、今まで何度も会ってるはずだけど、とか言われそうだ。


 なんにせよ、用件だけは伺っておかないといけない。


「あの、いまカガリさん、ちょっと体調を崩してお休み中なので、代わりに僕がご用件を伺います。中へどうぞ」


 僕はドアを開け、中にシドンさんを招いた。


 彼は少々恐縮した様子で部屋の中に入ってくる。

 外套を預かってハンガーに掛けると、部屋にしつらえられた簡素な応接セットのソファを勧め、それから僕はお茶を用意しに簡易キッチンに向かう。


 寝室をちらっと覗くと、カガリさんはぐっすりと眠っていた。

 やっぱり体調がよくないらしい。こんな昼間からあんなに寝てる彼を見たのも初めてだ。


 お茶の用意をしてから部屋に戻り、用意したお茶をシドンさんにお出しした。


「ああ、すみません。お気遣いなく」


 ペコリと頭を下げるシドンさん。僕も自分の分のお茶を置いて、向かいのソファに腰を下ろした。


「それで、カガリさ……、カガリにどのようなご用件でしょうか」


 早速たずねると、彼は黒い革製のブリーフケースからフォルダを取り出した。中には数枚の紙。

 薄いピンク色の紙は、役場でよく見かけるケモノ関係の申請書類だ。


「実は、……もしかしたら噂は耳に入っているかもしれませんが、ケガレ案件と思われるケモノの目撃例が増えて来ておりまして」


 そう言いながら彼が僕の前にスッと出した書類。

 視線でざっと書類を走査する。


 ……なるほど、この間カガリさんが言ってたディスナ周辺からの依頼書類だ。


 日没後の村内で徘徊する、ケモノと思われる影が複数例目撃されている。

 ディスナの小村ヤーキマでのことだ。

 あの付近は本当に山の中なので、ケモノではなく普通の野生動物もよく出没する。

 だから、そういうのと混同している可能性もあったのかもしれないのだが。


 実際に人が襲われた。

 

 幸い、たまたまその場に居合わせた狩人がそれを仕留めたため、襲われた人も数カ所の裂傷こそ受けたものの命に別状はなく済んだ。

 

 狩人が仕留めたそれは周辺でよく見られる大型のケモノ『青狐』ではあったが、通常『青狐』は他のケモノと同じく夜間は活動しない。


 夜間活動するのは、人々に特に恐れられる「ケガレのケモノ」と呼ばれる、異常行動をするケモノだ。

 攻撃性が非常に高く、夜間、人を狙って村にも入り込んでくる。

 またケガレは、当初は1、2頭が目撃されると以後目撃例が徐々に増え、群れのように複数で現れるようになることが多い。


 途中でふっつり現れなくなる場合もあるけれど。


 そして、唯一の弱点は光。

 煌々と照らす明かりなどを苦手としているため、照明が点いた室内は嫌がって入ってこない。

 他の目撃例でも、急いで家に入ったところ退散したというものがあるから、これはほぼ確定でケガレと言っていいだろう。


「なるほど、確かにこれはケガレっぽいですね」

「ええ。ただ、今回ケモノ等対策課として伺いましたが、本件は今後、警護隊案件になる可能性が高いのです」

「……招集が掛かるかもしれないということですか?」

 僕の質問に、シドンさんはこくりと頷いた。


「確定ではありませんが、ケガレと思われるケモノが複数種類、同時多発的に目撃されています」

「……うぁ」


 思わず変な声が出た。

 あああ。それ絶対だめなやつだ。


 シドンさんもそれは承知しているようで、険しい顔をしている。


 通常、目撃されるケガレは1種類だけの場合が多い。


 そもそもケモノというやつは、山の中に存在する『ケモノのうろ』というものから発生することが知られている。

 子を産んだりもするから一概にそこから全て生まれているとも言えないのだけれど、普通の『ケモノのうろ』は同じ種類のケモノしか生まない。

 

 『ケモノのうろ』が何らかの理由で汚染された場合、汚染された虚からはケガレが生まれるようになる。

 だから普通の、というと語弊はあるものの、対処しやすいケガレは同時にたくさん現れたとしても全て同じ種のケモノだ。


 複数種類のケガレが現れるというのは複数の虚が同時に汚染されたか、あるいは……

 

 『ケガレのマモノ』が生み出している可能性がある。

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