第3話 三割増し
マモノっていうものは普通、とても理性的だ。
人の言葉を話したりするし、自分からはめったに人の前に姿を現さない。
現してもいきなり攻撃してくるなんていうことは100%あり得ない。
世界の各国家が目を光らせるのは、何らかの理由で攻撃的になったマモノだ。
マモノが攻撃的になる理由は二つあると考えられている。
一つは、何らかの意志に従い人に敵対するようになった場合。この状態だと対話などの意思疎通をとることはできる。
もう一つは、マモノがケガレになった場合。
この場合は、自我が大半失われていて、人に敵対するというより苦痛にあえいで暴走している状態だ。
無論、対話などはできない。
マモノがケガレになって暴走すると、周辺地域にある『ケモノの
そのため、複数種類のケガレのケモノが確認されるというわけだ。
つまりさ、この状況は……すっごく拙い状態じゃないの?
僕の顔を見て、シドンさんもさらに深刻そうな表情になる。
「上には既に報告をあげてあります。近隣の上位登録者にはほぼ確実に招集は掛かると思いますが……」
言葉を濁す。
そりゃそうだろう。
ケガレのケモノなら、言っちゃえばまだ楽な話だ。極端な話、紺~紫程度のレベルの狩人が2、3人いれば、簡単に制圧できる。
カガリさんなら1人でもいけるだろう。
でも、ケガレの『マモノ』はレベルが違う。
災害レベルの被害が出ることもある。
過去に出たケガレのマモノ被害だと、この国に限定した話でも街3つ全滅なんていう例がある。
国外だと、国一つなんてこともあった。
口が渇いて、お茶を飲む。
シドンさんもほぼ同じタイミングでお茶を口にする。いいようのない緊張感が場を支配している。
「……困ったことになりそうだね」
後ろから、少しだるそうな声がした。
振り返ると、壁に軽く手を掛けたカガリさんがこっちに来るところだった。
こんなときにこう言っちゃなんだけど、体調の悪い時のカガリさんは、歩くワイセツブツ感が三割増しだ。
少し乱れた上着の胸元だとか、髪が少し乱れてるだとか、熱っぽい顔だとか。
こんなこと言うとゲンコツでこめかみグリグリされるから絶対言わないけど。
その辺、実は結構気にしてるらしい。
喉元まで出かかる言葉をぐっと飲み込んで、体調が悪そうな彼を気遣う。
「カガリさん。起きてきて大丈夫なんですか? さっきより体調悪そうですが……」
「大丈夫じゃないけど、そっちの話の方が大丈夫じゃないよ」
ポン、と僕の頭にカガリさんが手を乗せる。
シドンさんが慌てて立ち上がって頭を下げた。
「カガリさん、お休みのところを申し訳ありません。なにしろ……このような状況で、有力な狩人に早めに依頼を、と」
「ええ、そちらで少し話を聞いていましたので」
彼はシドンさんに腰掛けるよう促す。
シドンさんが腰掛けてから、彼も僕の隣のソファに腰を下ろした。
そしてテーブルの上の資料に目を通す。
「ディスナ付近にいるマモノは霊体型だったね」
ピンクの紙に混じって、白い紙が数枚。その紙は過去に周辺地域で目撃・確認されているマモノの情報が簡潔にまとめられている。
「今回、申請が最も多く出ているヤーキマ付近ですと、コスバというマモノが知られています。周辺地域ではコスバ様として崇められているマモノですね。友好的で、マモノとしては比較的頻繁に人の前に姿を現すので、目撃例も多いです」
ますます雲行きが怪しい。
「万が一にも、コスバがケガレ化していると……拙いね」
資料をパラパラやりながらカガリさんは呟く。
僕はもううんざりした気分になっていた。
だって、霊体型のやつは物理攻撃効かないんだよ?
多くの狩人は魔法なんか使えない。
警護隊の中でも、魔法が使える人はやっぱり限られる。
ただでさえ厄介なケガレ化したマモノが、そのうえ霊体型とか……なんの冗談だろう。
「ですので、今回は魔法を使える方を中心にお声を掛けさせていただいています。おそらく、招集が掛かるのもそちらの方々かと」
「承知しました」
カガリさんはうなずき、資料をテーブルに戻した。
顔色がさっきより悪い。
体調不良と、招集の話。相乗効果でうんざり感三割増しだ。頭だって痛いだろう。
シドンさんはまだ確定したわけじゃないとは言ったけれど、現在の状況的に判断すれば、かなり大変な状態だ。
ケガレのマモノなんかそうそう滅多に発生するもんじゃないから、ワディズ以下周辺地域の役場も対応に戸惑ってるかもしれない。
その後、一通り説明を受け、依頼は仮の契約手続きをする形を取った。
体調が良くないので正式な依頼の手続きは取らず、後日警護隊からの招集があったらそちらでまとめて処理したいらしい。
「ご体調の優れないところ、申し訳ございませんでした。どうぞよろしくお願いいたします」
ソファから立ち上がったシドンさんが深々と頭を下げる。
カガリさんも立ち上がるけれど、やはりふらつくみたいで、僕はそれとなく彼の隣に立った。
そうしてシドンさんが退出した後、カガリさんはソファにストンと腰を落とした。
「……これは拙いなあ。本格的に風邪引きらしい」
「いいからこれ飲んでちょっと寝てください」
薬と白湯を持って来た僕はカガリさんの隣に座る。
「滋養強壮、栄養補給。後は十分な睡眠が体調不良のときには必要ですよ! お昼は鳥系肉のスープにしますから」
カガリさんは薬を飲み、だるそうにソファの背もたれに身体を預ける。
「なんだか寒気がしてね。あと、寝付き悪いからね、私は」
彼の首筋に手を触れると、かなり熱かった。
もともとそれほど体温の高い人ではないから、こんな熱ではかなりつらいだろう。
そんなふうなくせに、カガリさんは軽く笑って両手を差し出している。
「かなり熱出てますね。……なんです、その手」
「ひんやりしたの欲しいんだけど」
……アレか。
「わかりましたよ、抱き枕ですね。体温下げて冷やし枕してあげますから、さっさと寝てください」
「ありがとう、助かる」
クスクスと笑って、カガリさんは再び寝室に戻った。
まったくこんなときに厄介な話が転がってきたものだ。
お茶と水を片付けながら、僕はふうとため息を吐く。
シドンさんが言ってた「まだ確定ではない」というのが、そのまま何事も起こらずに未確定のままでいてくれたらいいのに、と、普段の三割増しくらいで思わずにはいられなかった。
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