第4話 招集

 カーテンの隙間から差し込む光が思いっきり目元を照らしていて目が覚めてしまった。

 起きるにはちょっと早い時間だ。

 もう一眠りしたい、と布団を頭の先まで被った。


 んー……、背中が暑苦しい。

 

 背中側から覆い被さるみたいに僕を抱え込んで眠っているカガリさんの体温だ。

 あっ、熱、下がったんだ。


 昨晩寝るときは、暑苦しいじゃなくて熱かった。38度ぐらいの熱があったと思う。

 ちょっと辛そうだったので、お医者さんに行かないかと言ったのだけど、なんとかなるからとの一点張りで言うことなんか聞いちゃくれない。


 仕方なく夕べはそのまま寝た。

 今は普段通りの暑苦しさだ。

 寝息も穏やかだし、本当になんとかなったらしい。


 ちょっと安心した僕は、あくびを一つして、また目を閉じた。


 *


 朝9時過ぎ。

 ちょっと寝過ぎた。

 カガリさんはまだ眠っているので起こさないようにベッドを降りた。


 カガリさんの熱は下がってるけど、食欲はどうだろう。とりあえず食べられそうなものを作らなくては。


 支度しようと部屋着を脱いでたら、後ろで動く気配がする。

 振り返ったら、カガリさんが起き上がるところだった。


「おはようございます、カガリさん。お熱下がったみたいですが、体調どうです?」

「おはよう……、うん、悪くないよ」


 ん……っ、と唸って伸びをしているが、どことなくだるそうな様子だ。

 あれだけ熱も出てたし、それが下がっていても消耗はしてるはず。

 今日は休ませなくちゃいけないな、と思いながら、部屋着のズボンも脱ぐ。


 唐突に、ぺちんという音と軽い衝撃がお尻に来た。


「ふぎゃあっ!?」


 びっくりして後ろを見たら、カガリさんが笑っている。


「な、なにするですか?!」

「心配ないよ、私は」


 どうやら、僕の心配に気付いたらしい。


「だって、夕べだってあんなにひどい熱でてたんですよ!? 消耗してるんですから、いきなり動くのはよくないです!」

「……もう大丈夫だから。今日あたり、多分招集が掛かるよ。準備しておかなきゃ」

「で、でも」

「朝ご飯に美味しいもの作って欲しいな。ご飯しっかり食べられたら、君も納得できるよね?」


 なにか無理やり自分は元気だから、と見せつけているみたいで、それが却って心配になる。

 でも、納得しないと話が進まなそうだ。

 とりあえず、何かあったら僕がフォローすればいいや。

 対症療法くらいはカガリさんもできるはずだし。


 そのカガリさんを見ると、なんだか面白い顔をしている。

 そういや……なんで僕、お尻叩かれたの? ちょっと痛かったよ?


「そっちは納得したことにします。でも、お尻叩かれた意味がわかんないです」

「丸くて叩き心地が良さそうだったから、つい」

「つい、じゃないですっ!」


 珍しいことをして笑っているカガリさんに食ってかかる。無理やり話を逸らそうとしてるのはわかるけど、たまにはちゃんと心配くらいはさせてほしい。

 ぶつくさ言いつつ、僕はさっさと支度を済ませた。


「朝ご飯は鳥肉スープでお粥作りますから、呼んだら来てくださいね。それまでは休んでてください」

「元気だって言ってるのに」

「病み上がりさんは文句言わないでください」


 僕の言葉はカガリさんにハイハイ、と軽く流された。


 *


 カガリさんは言ったとおり朝ご飯をキレイに食べ、ほら、元気でしょ?と言わんばかりだった。

 そういうのがなんだか余計に嘘くさいなあ、と何となく感じながらも、本人がいうことを聞いてくれないんじゃどうしようもない。


 そうこうしているうちに11時を過ぎた頃、役場から職員……今日もシドンさんだったが、彼と事務官のキオアさんがやって来た。


「こんにちは、昨日はありがとうございました」

 丁寧な物腰のシドンさんが玄関先で頭を下げた。隣にいるキオアさんも一緒に。


「昨日の今日ですが、やはりそういうことですか?」

 カガリさんがたずねると、かなり疲れた様子のシドンさんが肯いた。

 おそらく、昨日何かあって対応に追われていたんだろう。落ちくぼんだ目の下に濃いクマができている。

 隣のキオアさんの様子からもそれはわかった。いよいよ招集が掛かるということだ。


 予想してたより随分早かった。

 ワディズに配置されている警護隊所属職員のキオアさんは言った。

「昨夜、ヤーキマ付近で大量のケモノが現れ、投入されていた警護隊が壊滅状態になった模様です」


 *


 さすがに病後のカガリさんを立たせておくのもいやなので、彼らを部屋に招き入れた。

 昨日とほぼ同じだ。


 お茶を用意している僕の向こうで、カガリさんが2人にたずねた。


「現地にはどの程度の数を投入されていたのですか」

「昨晩、現地に投入されていたのは対陸獣隊第3中隊です。そのうちの第5小隊が壊滅しました」


 資料をテーブルに広げたシドンさんが答える。

 昨晩、村周辺を警戒していた第5小隊約50名の半分くらいが、殺されたかもしくは負傷で動けなくなったということだ。

 

「救護班もいたはずですが、なぜそんなことに」

「報告では、部隊が突然周囲をケモノに囲まれ、為す術もなかったと」

「囲まれた? 逃げられず、助けにも入れなかったということですか」

「そのようです。損傷の程度が激しく、治療すらできなかったと報告されています」


 警戒中の場所にはそれなりに技能の高い治療班が入っているはず。

 それができなかったというのは、つまり、助けに入る間もなく犠牲者は跡形もなくなっていたんだろう。


「まるでケモノが突然周りから湧いて出たような言い方をされましたが……」

「その通りです。報告書によれば、200メートル程度の範囲を、突然現れたケモノにぐるりと囲まれたとあります」


 相手はケガレのマモノ、正直、なにが起きてもそれほど不思議じゃない。

 どちらにしても、手が足りない、というのはよくわかった。


「ということなのですが、カガリさん、今回の招集に応じていただけるでしょうか」

 キオアさんはかなり緊張した面持ちだった。


 招集は法的に縛られるものではないため、一応拒否権というものがある。

 だけど、狩人の高ランクは、大体ケモノを狩ること自体に何らかの意味を見いだしている人が多くて、こういう機会に応じない人というのは実は割と少ない。

 カガリさんも特に躊躇する様子もなく頷き、契約書類を受け取るとサインをした。


 無理だと思えば招集に応じないことも可能なわけだが、その逆も然り。

 低ランクでも参加することは可能だ。


「キオアさん、僕も参加したいのですが」


 一瞬困惑の表情を浮かべる彼に、シドンさんが言う。


「レギ君は相当の手練れです。今までにいくつかカガリさんの仕事を手伝っていて、高難度の依頼もこなしています」

「大変危険な任務となりますが……」

「承知しています。だいじょうぶですよ」

 

 それならば、とキオアさんは僕に契約書類をくれた。

 書類にサインと必要事項を記入して彼に返す。

 これで、ここでできることは完了だ。


「それでは、我々は一足お先に役場に戻ります。お支度が整い次第ワディズ役場エントランスにおいでください」

「承知しました」


 資料や契約書を鞄に入れながら、すっかり冷めてしまったお茶をぐっと飲んだキオアさんは、はっとしたように言った。


「美味しいお茶ですね」


 いまになってそんなことを言われたけれど、気持ちはわかった。

 彼もおそらく、昨晩から忙殺されていたんだろう。


 もしかしたら食事など取れていないかもしれない。


 僕は慌ててキッチンに行き、簡単に作ったサンドイッチを二つ、適当な袋に包んで持ってきた。


「お忙しいでしょう。よかったら召し上がってください」

「ああ……ありがとうございます」

 先ほどの緊張の面持ちから、ふっと力が抜けたように微笑み、キオアさんとドシンさんは一つずつそれを受け取ってくれた。


 そして彼らを玄関先まで見送った僕たちは、部屋に戻る。

 カガリさんには朝の少しだるそうだった様子は見られない。すっかりいつも通りだ。

 

「さて、レギ。それじゃ私たちも支度をしようか」

「はい」


 かくして、僕たちはケガレのマモノと対峙することになった。

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