第5話 エントランス
「おっ、来た来た!!」
役場のエントランスを抜けると、聞き慣れた声がした。
瞳孔がどこにあるのかわからないほど真っ黒い瞳と、ちょんと少々毛先を遊ばせた烏の濡れ羽色の髪の彼は、こちらに近づいてきた。
「やあ、ビコエ」
「おっそいなぁと思ってたけどやっぱ来たな。お、レギ君も連れてきてくれたかあ。助かるな」
「微力ながらお手伝いにきました」
「またまたー」
僕の本物の証石を見てしまっているビコエさんは、微妙な発言をしつつカガリさんの背中をポンと叩いた。
「つうかよぉ、やべえ案件来ちまったなあって」
エントランスホールを見回しながら、彼はぼやく。
「魔法使える狩人に声掛けてるってな。昨日の話だと、ケガレのマモノはコスバかもしれんって聞いて、やべえと思ったんだ」
「拒否権はあったはずだよ?」
「あるけどさ。ここでマモノ倒したら、ランク上がるかなと思ってさ」
案外余裕のあるビコエさん。
ランクカラーは青だから判断しにくいけど、実力はあるだろう。
高ランクっていうのは努力したらなれるってもんではない。
たくさん狩ったから高ランクなんじゃなく、高ランクになれる人はたくさん強いケモノを狩れる、というのが正しい。
ランク青くらいだと、並の人でも努力すればなんとか到達できるギリギリのところだ。
でも、彼くらいの年齢で青なら、やっぱりもともと実力があるはずだ。
「おー、やっぱり来てた。レギちゃんも来てたの?」
やや高い女性の声が背後から聞こえた。
僕の後ろからいきなりガバアッと覆い被さるみたいに抱きついてくるので思わず身体を硬くする。
トズミさん来た。僕の天敵来た。
彼女に悪意があるわけではないんだけど、なにかっていうとひどい目に遭わされてる気がする。
罠とかわなとかワナとか。
おおよそ山に入るとは思えないような露出の高い格好をした彼女は、大きなお胸を僕の背中にグイグイと押し当てながら僕をぎゅうっと抱きしめ、頬をスリスリしてくる。
なんか……締め上げられてる気がする。
彼女もまた紺よりの青なので、常人より力はずっと強い。
子ども1人抱え上げるなんて造作もないわけだけど、ほとんど締め上げながら抱き上げるのは勘弁して欲しい。
あ、マズい。泣きそう。
「トズちゃん、レギ君が泣きそうだけど」
ビコエさんが僕の顔を見てちょっと焦っている。
「う……うえぇ……しんじゃう……」
「抱き上げられて死んじゃうわけないでしょ。もう、このぷにぷに感がたまらない」
そう言ってまたスリスリする。
顔がむにゅっとされてる。
些かやり過ぎ感があるが、実はこれ、彼女は緊張しているからだと思う。
カガリさんやビコエさんみたいに余裕なのが異常なのだ。
だから少しでも平常心を装いたい。
でも、僕を使うのやめて。怖い。
半分くらい泣いてる僕にやっと気付いたようなふりをした彼女は、ようやく僕を解放してくれた。
「ごめんねえ。……あたしも一応緊張してるからさ。で、今回の招集に応じたのってこれだけかな」
彼女はぐるっとエントランスを見回す。
役場としてはワディズの役場はかなり大きい。
エントランスも広いわけだけど、そこにいる招集された狩人らしき姿は僕らを含めて20人程度だ。
おそらく青緑から上くらいの魔法が使える狩人を中心に招集されているので、他の招集時に比べたらかなり数は少ないんだろうなと思う。
「まあ、しょーねえんじゃねえの。霊体型の可能性あんだろ、マモノがさ」
「本当にコスバ様がケガレになってたらねぇ」
「うっ、うっ……。そ、その辺、どうなんでしょうね、コスバがケガレになったっていう目撃例はないんですよね?」
僕の問いに、3人は軽く頷く。
カガリさんは僕をトズミさんからそれとなく離し、「ああん、レギちゃん返してぇ」とか言ってるのを無視する。
「今朝聞いた話だと、小隊の周りを誰にも見られずに1周回ってケモノを発生させたマモノがいる。そんなことができるのはよほど小さいか見えないかのどちらかでしかないよね」
「そうだわな」
コスバは霊体型のマモノだ。ふっと現れて、ふっと姿を消す。
目撃例はなくても、そういうことがあったという事実から、少なくともケガレのマモノは霊体型かそれに類するもの、もしくはすごく小さいマモノであることは推測できる。
すごく小さいマモノってのは実際いるからなんとも言えないけど。
「コスバ様がもしケガレになってたら、あたしやだなあ」
「しょうがねえだろ、ケガレちゃったらどうにもなんねえし」
「でもさあ、結構うちのあたりはケモノとか野獣とか被害あるけど、そういうのからコスバ様が助けてくれた、なんていう話多いから」
従兄弟も野獣に襲われかけたときにさ……とトズミさんが言いかけたところで、ホール内に声が響いた。
拡声の魔法だろう。
「ホールにお集まりの狩人の皆さまへご連絡いたします」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます