第6話 訪問者
レギは昼食に焼きそばが食べたいと言う。
買い物袋を見れば材料がちゃんと買ってきてあったから、買い物の時点で焼きそばをリクエストするということは決めていたんだろう。
ということで、今日の昼食は焼きそばにする。
買い物袋の中には、焼きそば具材の他にケモノ肉や野菜、牛乳などが入っている。
そして、紙袋に入ったもの。
中を覗くと、近所の菓子屋「バイゲド」のみたらし団子とくるみ餅が入っていた。
やられた。
くるみ餅は反則だ!
耐水の紙箱に入ったくるみ餅。とろりと柔らかい餅にくるみで作ったソースが溢れんばかりにかけられたそれは、ティニの村の名物だ。ことバイゲドのくるみ餅は、すぐに売り切れてしまうのでなかなか手に入れにくい。
本当はすぐにでも食べたいが、折角なので午後のお茶の時間にいただくことにしよう。
レギはさっきの半端猫人間ショックで元気がないので、早く食事にしてやらないといけない。食べれば機嫌も直るだろうから。
*
「ごちそうさまでした~! 美味しかったです! カガリさんの焼きそばは至高だと思うんですよ、僕」
昼食後、すっかりご機嫌になったレギは満足そうにお腹を撫でている。
猫人間化は比較的短時間で解除されてしまったらしい。ふて寝でどの程度の変身時間だったかは不明だが、せいぜい30分程度だろう。
もう少し可愛い感じになればよかったのに、とレギが言うくらい、単純に猫の姿を人間の姿に重ねただけの、決して可愛いとは言いがたい姿にされてしまう安価な姿写しの小箱だが、どうやら改造などをするつもりがあるらしい。
レギが案外器用なのと、やはりそれなりに長く生きているせいか、その知識は馬鹿にできない。あの
改造する際はやはり実験には自分を使うんだろう。都度様子が違う猫人間になるのかと思うと、それはそれで見てみたい気もしなくもない。
今日やるのかとたずねたら、さすがに細かい作業を二日連続でするつもりはないそうだ。
昨日のような爆発などがないよう、気を付けてやってもらいたいものだ。
お茶を飲んでそんな話をしていたら、ドアをノックする音が聞こえた。
どうやら来客らしい。
玄関先に出ると、見たことのない男が立っていた。
親しげな様子で軽く会釈をする彼に、後ろからポテポテとやってきたレギが彼を見て声を上げた。
「わあ、えん! どうしたの? 遊びに来たの?」
言うが早いか、レギは彼に飛びついた。
「カガリさん、えんです! この間会ったから覚えてますよね?」
……えん?
しばし考える。たしか、レギが呼んだ竜をそう呼んでいたはずだ。
「あの巨竜……かな?」
「そうです、あの竜です」
「この姿でははじめまして、だな。俺はエン。レギが世話になっているね、カガリ」
いきなりフランクに話しかけてくる彼に少々驚きつつ、私は彼を見る。
黒い眼球に黄金の瞳。いままで多くの人に出会ってきたが、このような瞳は見たことがない。
整った風貌にギラと輝く黄金の瞳は、まさに先日の巨竜のそれだった。
どうやらレギとは非常に親しい様子だし、警戒することはないだろう。
「初めまして、先日はありがとうございました。こんな場所ではなんですから、どうぞお入りください」
彼はにこりと微笑み、私の招きに応じた。
私も比較的身長は高い方だが、エンは非常に背が高い。
玄関ドアの上に頭が当たるのではないかと思う程度の長身だ。
応接間に入ってソファを勧め、自分も向かいのソファに腰掛ける。
体格も良い彼には、通常サイズのソファは窮屈そうに見えた。
「僕、お茶入れてきます」
レギが気を利かせる。
「ついでだからさっき買ってきたくるみ餅を持っておいで。お茶菓子にちょうどよかった」
「わーい」
パタパタとキッチンに向かうレギを見送り、私はエンに向き直った。
「今日はどういった御用向きですか?」
「たまたまこちら方面に用があったので立ち寄らせてもらった。突然ですまなかった。レギの顔をみて挨拶だけと思ってたんだがな」
「そうでしたか」
それほど表情を変えるタイプではなさそうだ。
そして言うことが変に人間くさい。
おおよそ、巨竜が人になった姿とは思えない様子に驚きつつ、私の緊張は解れてきた。
相手が相手、私とて緊張はする。
レギが召喚した巨竜は、私の記憶が間違っていなければ、大星竜と呼ばれる古い竜だ。
古の時代より存在し、この世界をさまざまなものから守ると言われている存在で、現在3頭が存在する。
決してただの物語、伝説ではない。彼らは実際に世界中に姿を現す。それも比較的高頻度でだ。
地竜ラド、天竜クア、そして闇竜エン。
昔は光竜ハクもいたらしいが、ここ100年ほどの間に姿を消したという。
その闇竜エン、か。
「驚いているだろう。まさか家に竜がたずねてくるなんてあり得ないからな」
フフ、と笑う。まるでこちらの思考を見透かされているようだ。
「それはそうです。あなたの言うとおり、まさかあの竜が人の姿を取って自宅に現れるなど、普通には起こり得ませんから」
「まったく申し訳ない。思いつきで動くもんじゃないな」
少し申し訳なさそうな顔をされ、慌てて否定する。
「迷惑というわけではありません。あまりに非現実的なので驚いただけです」
ま、そうだね、と竜は笑う。
ところで、と私は先ほどからの疑問を口にする。
「レギとは親しいのですね」
「ん……、レギは話してないのか。それなら、俺からは話さない方がいいだろうな」
そうしてクツクツと笑う。あいつ、嘘が下手だろ?と逆に私に聞いた。
「下手というか……嘘はつけないんでしょうね」
「記憶力も微妙だしな。あいつはずっと子どものまま、成長できない身だ。身体だけでなく、精神も成長できない」
だから、そのうち"秘密"をポロッと言うよ、とまた笑った。
「一応言うなら、レギは俺が預かった子だ。実際には俺の母親が育てたから、レギから見れば俺はさしずめ兄だろうな」
兄弟のようなもの、か。
ドアがガチャリと開いて、レギが盆を抱えて入ってくる。
「お茶入りました。くるみ餅とみたらし団子!」
「両方?」
「だめでした?」
「いや、いいんだけどね」
「んー」
レギが団子をまじまじと見つめ、次に私を見つめる。そんな目で見つめられると非常に困る。
そのやり取りを見て、エンが笑っている。
「カガリ、いつもレギはこんな感じか?」
「ええ。いつも」
すると彼は、ホッとしたような穏やかな表情で私を見て、そして深々と頭を下げた。
「君には感謝しているんだ。ありがとう。レギの表情がやっと明るくなった。君のおかげだ」
ほんの少し。
穏やかな表情のどこかに悲しみに似た感情を感じた。
竜の感情が人のそれと同じとは思えないが、私にはそう感じられた。
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