第5話 にゃぅにゃっみぃぇうぉぅ

 朝食後、レギが退屈そうなので買い物を頼むことにした。


「カガリさんは行かないんですか?」

「午前中に役所から人が来ることになっているからね。家を空けている間に来てしまったら困るから家を空けられないんだ」


 むぅ、と少し不満げながら、それじゃしょうがないですよね、とうなずく。聞き分けはいい。


「じゃあ、ちょっと行ってきます。えっと、なに買うんですか?」

「食材の買い出しだね。なにか適当にお願いしたいんだけどいい?」

「わかりました」

「買い食い厳禁だよ。お行儀悪いからね」


 それについてはわかってますとも、とは言うが、レギのことなのでおそらく菓子屋にでも寄ってくるだろう。それなら……


「これはあくまで仮の話だけど。もし、どこか立ち寄るならみたらし団子をお願いしておくよ」


 ぱあっと表情が明るくなる。お菓子を買ってきても良い、と理解したようだ。


「じゃあ、僕、行ってきまーす!」

「気を付けてね」


 戸口に掛けてあった買い物用の物入れをパッと取り、レギはバタバタと出掛けていった。


「……あ、財布」


 まったくそそっかしいというか。とはいえ、自分の物入れを身に付けてはいたから自分の所持金で買い物はしてくるだろう。



 役所の客が帰ったあと、時計を見る。

 11時を少し回ったところだが、……レギがまだ帰ってこない。


 お使い先はすぐそこの商店なので、用が済めばすぐに帰れる距離だ。

 レギについて、さらわれる事はないとは言えない。むしろ見た目がよほど怪しくなければ、誰にでもホイホイとついて行ってしまう程度に無防備なので、逆に心配だ。

 見た目が同じくらいの子供のほうがよほど警戒心はあるが、本人に聞いたところ、それもどうやらそういう“仕様”らしい。


 「自称・最強の魔法使い」は、その無防備さ故に実質は「最弱の魔法使い」だ。無力化されたら本当になにもできない。

 さすがに、こんな田舎の村でそうそう簡単に子どもを連れ去るような案件は起こらないが、それでもあの容姿でまったくの無防備と来ればこちらも心配にはなる。

 ちょっと様子を見てこようか。


 これだから心配性だとか言われるんだな。


 家を出てほんの数十メートル。レギがいた。

 しゃがみ込んで何かしているので近づいてみると、近所の猫と遊んでいる。


「……よかった。ちゃんと帰ってきてた」

「うぇ? あ、カガリさん、猫です、ねこ」

「猫はわかるよ」


 私の心配をよそに暢気なものだ。

 やたらと人なつこい猫を抱き上げ、私にぐいと押しつける。猫がみゃーと鳴く。


「この子抱っこしててください」


 私が猫を抱くと、レギは急いで家に走って行き、程なく箱を持って戻って来た。

 姿写しの小箱の安価なやつだ。

 どこかの職人が適当に作って売っている物で、粗悪品と言って差し支えない。


「僕、これで猫になってみたいと思うのです」



 姿写しの小箱とは、箱に埋め込まれた石と鏡を組み合わせた、マジックアイテムの一つだ。最後に鏡に映したものを、他のものに写すというものだ。精度の高い石と鏡、それなりの技能がある魔細工師が調整したものはかなり高価だが、中途半端に姿を写すものは半ばジョークグッズとして取引されている。細工師の小遣い稼ぎで作られているものだから、ちゃんと調整されていない、というわけだ。

 レギは私が抱えている茶白の猫に小箱の内側の鏡を近づける。


 ピン、という感覚が走った。

 鏡が猫の姿を写し取った合図だ。


 今度はレギが小箱の上に付いた薄黄色の石に触れる。

 ぶん、と何かが震動するような音がして、同時にレギの姿がぶれた。

 ほんの一瞬だ。


「に……にゃ」


 私が抱いていた猫は、驚きのあまりしっぽをたわしのように膨らませて一目散に逃げていった。

 鳴き声は、逃げた猫があげたものではない。


「にゃ……にゃっ……」


 喉を押さえ、レギの服を着た謎の生物が上げた声だ。

 ……猫か? これは。

 背格好はレギのままなのだが、顔が猫のようで猫でないものになっている。顔立ちはレギの目鼻立ちを残し、それ以外は猫のようだ。三角形の耳が頭の上にぴょこんと付いていた。


 イカ耳になっている。


 どうやら、首から上だけ、さらにとても中途半端に写されてしまっているらしい。

 口の中が猫化していて、上手く人の言葉を発音できないようだ。

 さすが安物だ。


「にゃぅにゃっみぃぇうぉぅ……」


 おそらく、どうなってるの、とでも言ったのだろう。


「顔だけ猫になってるよ」

「……うぉぅ……」


 発音ができないので喋ろうとするのはそうそうに諦めたらしい。

 うにゃうにゃ言いながらちらりと私を振り返り、それから脱兎のごとく逃げていった。

 どうやらショックだったようだ。


 家に帰って見ると、自室の布団でふて寝していた。

 ……まあ、そっとしておこう。

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