第10話 お守り

 その後、治安隊が到着して、3人を逮捕・連行していった。カガリさんと店長さんが治安隊に説明をしてくれて僕はお咎めなし。

 さらに店内は治安隊の特殊クリーニング班が素早く片付けてくれて、あっという間に元通りだ。

 それでもあんな騒ぎがあったばかりなので、今日はお店を閉め、店員さんたちは帰宅させた。

 ただ、店長さんがどうしてもお礼がしたいというので、僕たちは店の中に通された。


 テカダさんは、気持ちが悪くてなにも食べられないとお断りをして飲み物だけいただいていたけれど、僕たちや店長さんは日頃からケモノの処理や解体なんかで血には慣れている。僕らは普通にご飯をごちそうになった。


 ウェードと名乗ったお店の店長さんは、本当に喜んでくれていた。なんでも、連中は突然現れて金銭を要求したらしい。さらに得物をちらつかせて店員やウェードさんを脅したという。


「ここ最近、こういった事件が周辺で多発しているんですよ。発音に独特のイントネーションがあったので、他の地域から最近流れ込んできた賊じゃないかっていう話です。お金や物を渡しても、結局惨殺されたという話も聞きます」


 カガリさんは頷いた。野盗・盗賊がらみではよく聞く話だ。


「彼らは、私たちの店に押し入り、得物を手に金銭を要求してきました。逃げても無駄だ、ほかに仲間もいると凄み、出さなければ命をもらうと。レギ君が入店したのは、彼らが私たちを拘束しようとする直前でした」


 ギリギリのタイミングだったらしい。もしも拘束されてしまって、店員さんに手出しでもされていたらアウトだった。

 そして、まだ気掛かりはある。


「今回連行された3人の他に、仲間がいるかもしれないということですね」


 カガリさんはお茶を一口飲んでから難しい顔をして言った。ウェードさんも頷く。


「ええ。やはりそこが不安です……」

「治安隊の方たちにはこの付近の巡視を強化してもらうようお願いしましょう」


 そこまで言ってまたしばらく思案していたカガリさんだったが、思いついたように腰の荷物入れを外して何かを探し始める。

 彼が取り出したのは、黄緑色の宝珠。


「宝珠ですか?」


 ウェードさんは興味深げにカガリさんに尋ねる。

 カガリさんは頷くと、それをウェードさんの前に置いた。


「これは持ち主に害意のあるものが近づくと熱を持ちます。念のためお渡ししておきますので常に身につけていてください。そしてもし、これが熱を持ち始めたら即座に治安隊に連絡を取ってください」


 不安げなウェードさんにカガリさんは言った。


「ただ、ああいった輩は逆恨みしますからね。おそらく標的はあなたやこのお店ではなく私たちになるでしょう」


 僕は思わずカガリさんを見上げる。

 それは確信なんだろう。捕まった3人が言ったことが本当なら、残った連中が僕らを追ってくる。

 受けて立つよ、とでも言いたそうな不敵な笑みを、普段とそれほど変わらない営業スマイルの下に隠しているのがわかった。


***


 その後僕たちは多少雑談をしたり食事をごちそうになったりして、1時過ぎにはまた道中に戻った。


「さっき思い出したんだけど、あのお店……ウェードのキッチン。あそこはザームの料理では有名な店なんだ」


 カガリさんが急に言った。


「そうなんですか?」

「うん、名物なんだよ。あと、このあたりは『ルイ』も名物なんだよね、レギ、食べたことある?」

「よそでならありますよ。おいしいですよねえ」

「ほほっ、そうですね。 ち……いや、ワタシもここを通る際にはルイを食べましたよ」


 案外食い道楽らしい人たちに挟まれてそんな話をしていると、おいしい物が食べたくなってしまう。


「食べ物の話すると……おなかが……」

「はいはい、宿に入ったらおいしい物食べようね」


 カガリさんは僕のおなかを撫でてなだめた。

 そして、横を歩くテカダさんの様子を少し見てからたずねる。


「テカダさん、ご体調いかがですか? 夕食は食べられそうですか?」


 うん、とうなって、彼は困った顔で首をかしげた。


「いやあ……、まだ夕食はあまり食べられそうにありません。申し訳ないがワタシは先に休ませてもらいますよ」

「そうですか」


 カガリさんは表情を曇らせた。明日もまだかなりの距離を歩かなければならないけれど、食べないと歩くのもつらいから心配しているみたいだ。


「今日はこの先のカロヒあたりで宿を取ろうと思っています。少し早めに入って休みましょう」

「ほほ、助かります」


 テカダさんは、ふう、とため息を吐いた。

 カロヒまではあと2キロ程度だ。

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