第9話 索敵

 ……疲れた。


 道を歩くのはそんなに嫌じゃないはずだった。

 けど、依頼人の安全確保のため、周辺に警戒しながら歩くのは初めてだ。

 カガリさんはそんなに気負わなくても私が索敵はするから、と言ってくれたのだけれど。

 そこは、助手である僕が頑張らないと、と思いはしたものの、慣れてないことはするもんじゃないと思い知らされた。


 身体は疲れ知らず。けど、気持ちは疲れる。周囲にケモノがいないか注意を巡らせるのは案外しんどい。


「……いや、レギ。私だって君みたいにキョロキョロし続けていたら疲れちゃうよ」


 依頼人を挟んで左右を歩くカガリさんと僕。疲れが顔にでているらしい僕に、カガリさんは苦笑いしながら僕に教えてくれる。


「私は範囲索敵の法術を使っているんだよ。君を見つけたときも使ってたやつ。だいたい半径150mくらい。言わなかったっけ?」

「……えっ?」


 ずっと鈴がチリチリ鳴ってたのはそういう理由か。


 聞いてない、と目で訴えると、彼は自分の顎に指で触れる。

 いまにも吹き出しそうな様子で、彼にとっては余程面白いことだったらしい。


「だから私に任せておけって言ったんだよ? 君の出番はちゃんとほかにあるからね」

「先達の言うことは聞くもんだよ、レギくん」


 テカダさんまでクツクツと笑っている。


「もー……」


 僕はうなだれるけど、カガリさんは追い討ちを掛けてくる。


「レギ、ケモノの相手は君に任せるからね」

「断固拒否しますっ! 僕、疲れたぁぁっ!」

「ワタシは、是非ともレギくんの腕が見てみたいよ」


テカダさんにもからかわれてしまう。


「うー……。疲れたから、なんか甘いもの食べたくなりました。あっ、ほら、あんなところに寄れとばかりに食べ物やさんがあるじゃないですか!」


 僕たちの歩く街道は通行人も多いためにたまに宿場町がポツポツあったりする。僕たちの向かう少し先にはそんな小さな宿場町があり、料理屋が見えた。お日様は天高く登ってそろそろ天頂に届きそうだ。


「ほほ、そうだねえ、もうそんな時間なのだね。それならば、甘いものもだけれど、食事を取らないといけないね」

「まったく困った子だね、レギ。私は君が同行するのに、テカダさんにご迷惑はお掛けしないと言ったのに」


 わざと作った困り顔で、カガリさんは僕の脳天をげんこつでグリグリする。ちょっと痛かった。

 そうは言いつつも、テカダさんもこう言ってくれたんだからごはんだ。


 僕たちは、その料理屋で昼食を取ることにした。



 店に入ると、何やら緊迫した様子だった。


 僕が最初に店に入ったら、店員さんたち数人が店の片隅に追い詰められ、怯えた顔をしていた。普通に入店してしまった僕に彼らは最初怯えた顔をこちらに向け、ついで、追い払うような仕草をした。


 入って来ちゃ、だめ! と。


 店員さん達がいる場所と反対側にそれがいた。

 目つきの悪い3人の男が僕をギロリと睨んだ。


 ああ、盗賊だ……。


 おなかの中に重たくて黒い何かが、ズゥンと沈んでくる感覚。


「レギ、どうし……」


 後ろから店に入ってきたカガリさんが、慌てて後ろのテカダさんを静止し、店外に出て行った。

 ナイス、カガリさん。


 店員さんたちは今にも泣き出しそうだった。ぼけっと立っている僕が、状況を理解できずに固まってしまったと思っているのだろう。


 そして、盗賊たちはそういう僕の姿に油断している。

 男のうち、でっぷりと太った小柄な男が僕に近付く。


「なんだあ、運が悪かったなあ、ボク」

 男はへへへ、と下卑た笑い声をあげ、僕に手を伸ばした。


 ゴトリと重いモノが落ちる音に、男はなにが起きたか理解できずにいた。


 それは僕に伸ばされた男の腕の、肘から先が落ちた音だ。

 僕の小剣が、男の腕を切り落とした。


「きゃああっ!!」


 腕が落ちた男より、先に理解の追いついた店員さんの悲鳴が上がった。


「ぎぃゃああぁぁぁッ!?」


 次いで、男の悲鳴。血が吹き出し、焼き付くような痛みでやっと理解したようだ。

 僕は倒れ込みそうになる腕を失った男の身体を、他の男たちの方に蹴り飛ばす。自分たちの方に飛んでくる男の体に慌てふためく盗賊2人に、一息で接近する。


「ぐ……ぁ!?」

「動くな」


 驚きの声も上げさせなかった。

 吹っ飛んできた小柄な男の身体になぎ倒された盗賊2人の首筋に、僕は両手の小剣をそれぞれ突きつけて動きを封じていた。


「店員さん! なにか縛るものを!!」

「は……はい!!?」


 僕の指示に、野菜を縛っていたらしき藁の縄を厨房から慌てて取ってきた店員さんは、僕が抑えている男2人をグルグル巻きに縛り上げた。

 腕を切られた男は痛みとショックで動かない。あとから再び入店してきたカガリさんが拘束しつつも親切に腕をくっつけてやった。


 テカダさんは店内が落ち着いたのを見計らって入店してきたけれど、床に広がる血の海を見て悲鳴を上げて再び外に飛び出していった。店員さんの中にもひとりふたり、外に駆け出した人たちがいたし、たとえ盗賊のものとはいえ、平気な人は少ないだろう。


 野盗どもが藁縄でグルグル巻きにされたので、突きつけていた小剣を戻し、僕は近付いてきた店長さんらしき人にたずねた。


「思わずやっちゃいました。お怪我はありませんでしたか?」

「大丈夫、た、助かったよ……! ありがとう、ありがとう……!」


 まだ震えが止まらないらしい彼は、それでも僕の手を強く握りしめ、ぶんぶんと振った。

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