第20話 テカダさん

 まず最初に、カガリさんに依頼を出した人物についてだ。これは正真正銘のテカダさんだったそうだ。


「彼は亡くなる数日前に、役場を通してカガリさんに対し護衛の依頼を出しました」

「……テカダさんは亡くなったのですね」


 アシャさんは肯く。


「それより少し前に負った怪我が原因です。刃物を受けて負った傷の経過が悪く、命を落としました」

「刃物の傷で?」


 まったく魔法医や医師がいない小集落ならともかく、テカダさんが住んでいたヤカーはそこまで小さいわけじゃないし、魔法医も医師もちゃんといたはずだ。

 問い直した僕に彼女はこくりと頷いた。


「何か、呪いのようなものが掛かっていたようで、治療の甲斐もなく衰弱して……。商売柄、人に恨まれることもあったのかもしれません」


 その口ぶりからして、傷の治りが悪い原因はよく分からなかったのだろう。わかったのはただの傷とは違ったということだけで、治療することはできなかったか、手遅れだったか。


「テカダは自らの死期を悟り、彼が生前手に入れたいくつかの貴重な品をラフィン夫妻に託すことを決めました」


 そうしてアシャさんはそばに置かれていたベルトのようなバッグを開き、中から何かを取りだした。

 木製の小箱だ。蓋に見事な彫刻が施され、宝珠と思われる石が嵌め込まれている。全体的にしっかりとした作りで、名のある工芸家が作った品だと言われれば、なるほど素晴らしいですね、と言ってしまいそうな品だ。

 実際はどうだか知らないけど。


「これは、『姿写しの小箱』といいます。蓋の裏側にある鏡に最後に映した人物の姿を、他の人物に写します」


 僕は首をかしげる。


 マジックアイテムは確かに貴重だ。

 でも、「姿写しの小箱」は決して安くはないにしても作ることが可能だから、とんでもなく貴重な品というわけでもない。カバンにも入る大きさだ。

 護衛一人付けただけの商人がカバン一つで運ぶものなんて高が知れてるから、野盗はあんまり狙わない。

 カガリさんみたいな高ランク狩人を私的に頼む理由としては少し弱い。


 なんで?と、カガリさんを見ると彼はクスリと笑った。


「私の護衛が必要だったものはこの小箱だけじゃないってことだよ。バッグに入れて運べる物はバッグに入れておけばいい。バッグに入れることができない大切なもので、外から見ても分からないように、安全にラフィンご夫妻にお渡ししたかったもの。──もう分かるよね?」


 そこまで言われて、ようやく僕は理解した。


「つまり、この小箱でテカダさんに変身したアシャさんがお届け物だった、ということですか?」

「ええ」


 アシャさんは肯いた。


「テカダは私の父です」


 ……ああ、そういうことだったんだ。


 事前に聞いていた話では、テカダさんはお金に細かい上にケチだってことだった。

 そんな人が高ランクのカガリさんを指定してきた。カガリさん一人を護衛に頼むより、もう少しランクが下がる人を複数人頼んだほうが安いのに、だ。

 しかも荷物は馬車で運ぶわけでもなければ翼竜を使うわけでもない。

 いま考えたら、最初から違和感はありありだった。だからカガリさんも当初は渋っていたんだ。


「父の評判は存じております。お金のためだったら汚いことにも手を染めたと。それでも……私には優しい父でした」


 彼女の容姿はテカダさんとはそれほど似ていない。目元が少し似ているかな?という程度で、おそらくは彼女は母親似だったんだろうなと思う。穏やかで優しげな彼女は、きっと本当に大切に育てられたお嬢さんだったんだろう。


「早くに母を亡くして、父娘2人で暮らしておりました。父が亡くなると私はヤカーで1人になります。それを案じた父は、伯母夫婦に私を成人するまでの間、預かってもらう手はずを整えました。いやですね、私もう16になるんですよ。それなのにお父さんったら」


 笑った目元から透明なしずく。

 それは彼女の手の甲に落ちて、コロコロと転がり、スカートの上に落ちて少しだけ広がった。


「大切にされていたのですね」


 カガリさんの気遣うような穏やかな声がアシャさんを包む。彼女は小さくうなずいた。

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