第21話 溶ける蜂蜜と疑問
言葉は悪いけれど、ケチな商人だったテカダさんが、美しい娘をおじさんの姿に変身までさせ、さらに安全に移動させるために大金をかけてカガリさんを彼女の護衛に選んだわけだ。
ワディスの役場の高ランク者リストでは上位だとか聞いたけれど、実際カガリさんはできる人だし治療だって可能だ。
大切な娘を守らせるんだから、いろいろできる人がいいと、そういう判断だったんだろう。
マーナさんが僕のティーカップにお代わりのお茶を注ぎ、蜂蜜はいる?と聞いてくれた。
うなずいたら彼女がティースプーンに2杯くらいの蜂蜜をお茶に溶かすと、ほのかに何かの花の香りが立ち上って、ほんわりとした気分になる。
目の前のお皿に並んでいたお菓子はあらかた僕のお腹に収まってしまっている。それを見たカガリさんが自分のお菓子を2個ほど僕のお皿に移した。
もうしばらくおとなしくしていてね、ということらしい。
「でも、カガリさん。どうして私がテカダ本人ではないことに気付いたのですか?」
アシャさんはたずねた。
カガリさんがアシャさんを見て微笑むと、彼女は慌てて顔を伏せる。
初々しい反応がなんとも可愛い。テカダさんの心配もわかるというものだ。
けど、これはテカダさんもあんまり考えてなかった展開なんだろうな。
「お答えしてもいいんですか?」
「……は、はい」
お菓子をかじる僕の手が止まる。カガリさんめ、また無意識に自然にあんなことして。
たまたま手にしていたお菓子がちょっと固いから、端っこをカジカジやりながら、僕はカガリさんを軽くジト目で見る。
当然知らん顔をされた。
「それでは、順を追って。まず、最初に役場に提出された依頼書です。そこに付いていた写真ですね。テカダさんご本人の写真が貼付されていたわけですが、その写真の瞳の色とあなたの瞳の色が明らかに違った。彼の瞳はヘーゼル。あなたは緑みがかったヘーゼルです。光の加減というには難しい程度に色が違いましたので」
僕はお菓子のかすをいじりながらカガリさんに言う。
「目の色が変わらない程度の写しだったんですね」
「マジックアイテムのレベルによっては、元の人と鏡の像を完全に同じにすることもできるんだけど……。目の色が残る程度の物なら、程度はいいほうだよ。猫を先に映して人間に姿を映すと猫人間みたいなのになるのもあるんだ」
一応フォローなんだろう。
「実際、あの『姿写しの小箱』は鏡の精度もいいし、石の純度も高いから価値は高いと思う。それ以前に、箱の細工がとてもいい物だった」
「むしろ、そっちの猫人間になる箱のほうが僕は気になるんですが」
「ジョークグッズでたまにあるよ。精度の低い鏡と石で、適当な箱にくっつけたようなの。ただ、いい塩梅に変身できるやつはちょっと高いよ」
どうでもいい情報をくれたカガリさんは、コホンと咳払いをしてアシャさんに向き直った。
アシャさんが笑っているのを見て、彼もちょっと安心したような顔をする。
「それから、商人は一般の人と違ってさまざまな場所に出向きますから、ある程度は地域に詳しくてもおかしくはない。それが、出発の際に地図を見ながら道順については曖昧だったことが一つ。そしてアーギヤで野盗に遭った時、床の上の血液に過剰な反応を示した。商人は移動する際には護衛を付けていますが、護衛がケモノを始末することは日常のことで血には慣れていてもおかしくはないはずなんです。どうしてもだめな方はいるかもしれませんが、そんなことでは仕事にならないでしょう」
カッテージチーズが乗ったクラッカーをかじりつつ、僕は考える。
アシャさん、あの時は出血してる人を直接見てるわけでもなくて、ただ床に広がってた血痕を見ただけで具合が悪くなってたっけ。
「通常生活をしている人は基本的に町の外に出ることなどめったにない。ああいう物を目にすることだって稀ですから血痕に拒否反応を示すのは自然でしょう。あとは、長距離移動がわかっていて靴擦れを起こしてしまっていたことなどですね。宿でお会いしたときは、テカダさんがご本人ではないことはわかっていたのですが、元の姿を知りませんから判断しかねていました」
ほんの少し照れ笑いみたいな表情を作って「綺麗な女性でしたから」とか言っちゃうあたり、天然なのか、わざとなのか。
再び恥ずかしそうな顔をしてうつむくうら若き乙女。
マーナさんとラフィンさんは微笑ましく見ている。
「あ、あの、よくわかりました。そうですね、やはり姿形は父でもすぐバレてしまうんですね」
アシャさんは顔を上げた。
「この人はなんだかよくわかんないところをよく見てるみたいですから。変身していたとしても普通はそのままスルーだと思うんですけどね」
僕は全然気付かなかったわけだし、とフォローする。
「身も蓋もないね、君は」
カガリさんが苦笑する。それに、この話を聞きたがってたのは君だろう?と突っ込まれて、僕は答えに窮する。
僕が黙っている間に、カガリさんは最後に残っていたお茶を一口飲んだ。
「それでは、お話もできたことですし、そろそろ私たちはこれで失礼させていただきます」
えっ、と小さな声が聞こえた。
アシャさんが慌てて口を押さえたのを見て、ちょっとかわいそうに思った。
彼女はもう少し引き留めたくて言葉を探す。
「で、でも」
「とても嬉しいのですが、まだ帰りもありますので」
もう少しお話がしたい、という彼女に、カガリさんは丁寧に断りを入れた。
……思わせぶりの態度は罪だ!!とかそのうち叫んでやろうと思う。
*
ラフィンさんの家の外。
身支度を整えた僕たちはラフィンさんのお宅を出るところだ。
結局、アシャさんを危険に巻き込んでしまったこともあって、後払いのお金は少し減らしてもらった。
全額とも言われたのだけれど、カガリさんは受け取らなかった。プライドもあるんだろう。
うつむくアシャさんにカガリさんはもう一度言った。
「またこちらに来る機会がありましたら、その際にはまた伺います」
「是非、おいでくださいね。お待ちしておりますから……」
ええ、かならず、とうなずき、カガリさんがこちらを振り返る。
「君もちゃんとお礼を言ってね」
「あっ、美味しいお菓子ごちそうさまでした」
そこじゃない、とカガリさんに突っ込まれるものの、言ってしまったものはどうしようもない。
でもマーナさんはにこにこだ。
「たくさん食べてくれてありがとうね、レギ君。美味しかった?」
「最高でしたー!」
ペコリと頭を下げたら、マーナさんが箱を僕に差し出した。
「お土産にどうぞ。たくさん作ったから」
「うわあ、ありがとうございます!」
遠慮なく受け取った僕にカガリさんは苦笑いをする。
いっぺんに食べちゃだめだよ、と釘を刺された。
名残惜しげなアシャさんとラフィンさんご夫妻に見送られ、僕たちはワディスへの帰途についた。
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