第22話 赤く染まる視界

 山道に差し掛かった頃だ。


「……あれ?」


 隣をほてほてと歩いていたレギが何か気付いたようで足を止めた。


「どうしたの?」

「……いえ、気のせいかとも思ったんですが……ほんのり暖かい気が」


 首輪に下げた登録証に触れながら不思議そうな顔をしている。


「君のそれに付けてある石、黄緑の宝珠だったね。もしかしてあいつらの残党かな」


 私はレギの偽証石に触れる。


 確かに、少し温かくなっている。

 性懲りもなく狙ってきたか? 今度は私たちを直接。


 こちらの探知に引っかかってこないところを見ると、まだかなり遠いところにいるんだろう。レギが付けている石は純度が高いから悪意を感知する範囲も広い。


 索敵範囲を広げるか。


 銀鈴に指を掛けたその時だった。


「……んう……っ」


 短い声を漏らし、突然レギがぐらりと体勢を崩す。


 慌てて体を支えるが、全身から力が抜け、立っていることができないようだ。

 やむなく、道端に寄って座らせる。


「どうしたの?」

「……っ」


 悔しそうな顔で何かに耐えている。

 背中を撫でようと触れた途端。


「あう……うっ……」


 ビクンと大きく痙攣し、レギはうずくまってしまった。小さく震えている。


 尋常でない様子なのに触れることもできない。

 一体どうしたんだ。


「カガリ、さん……。僕……、手足に力、入らなくなるんです……」


 困惑する私に震える声が告げる。


「さっき……、耳元に遠隔から飛ばされた声に、"ある言葉"を言われたんです……。僕は性的な言葉や行為などで、一切の抵抗する力を失います……人を傷つけないための仕様で、……制御がかかるんです……」


「解除方法は!?」

「ありません……」


 そして顔を伏せた。


「……あいつらだ……。僕、カガリさんと出逢う直前の……、この間も襲ってきたのも……」


 混乱しているのか、独り言のように単語を並べ、そして小さくしゃくり上げた。

 顔をこちらに向けず、うずくまったまま。


 ──レギが泣いている。


 巨竜を呼んだとき、レギは1人の野盗の顔を見てなにか思い出した。


 その野盗相手では手加減ができないと言い、自ら退いた。

 強い怒りを持っていた相手に、それでも命を奪うのは避けようとしたからなんだろう。


 推測でしかないが、私と出逢う直前にレギはあの野盗の一団と遭遇し、"何らかの方法"で抵抗力を奪われた。


 抵抗できなくなったレギは、されたのか。


 視界が赤く染まる。

 ああ、まただ。

 こんな思いは金輪際ごめんだと思っていたのに。

 

 盗賊に攫われ、無残な姿で発見された姉の姿がフラッシュバックする。


 そのときは一命を取り留めたが、その後彼女は自ら命を絶った。

 当時、まだ未熟だった私には、なにもすることができなかった。


 ──赦さない、絶対に


 手の中の銀鈴を弾く。


 銀鈴の音が『視える』。

 他の音の中、銀鈴に繋がるひときわ透き通った線を手繰る。


 音よ、広がれ


 先に張り巡らされていた銀鈴の索敵の線が、ぐん、と広がる。距離凡そ1500メートル。その範囲に含まれるあらゆるものの存在情報が、銀鈴の線から流れ込む。


 通常の視界の上に重なる無数の音を表す線。

 その中から複数の人間を見つけ出す。


 とげとげしい気配を纏う一団。人数は20人程度。

 ここから200メートル程離れた山中にいる。こちらに向かってきているようだ。


 線を通して会話が聞こえてくる。


「うまく行ったぜ、もう動けねえよ、あのチビ」

「なんでこう何度も引っかかるのかね、馬鹿かね」

「違いねえ。……でも、アレは堪らなかったぜ? 忘れられねえよ、ヒヒッ」

「一緒にいるやつは大丈夫か?」

「1人だけだ、さっさと殺しちまおうぜ。俺たちに刃向かった罰だ」


 ──下衆共が。

 吐き気がする。


 奴らはこちらの命を狙ってくる。それならばこちらも相応の手段に出よう。


「レギ、ここでしばらく待っていられるかな」

「カガリ、さん。すみません、足手まといに……」

「君はなにも悪くない」


 潤んだ目をこちらに向け、レギはうなずいた。


「……ちゃんと戻って来てくださいね」

「大丈夫、心配しないで」

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