第23話 ランク赤紫
私はレギをその場に残し、野盗のいる山中に入る。
ほんの200メートル。
レギの姿が見えなくなったところで走り出す。
銀鈴を弾く。
自分の周りに壁を。
多重に重なる透明な線を織り、もう一度鈴を弾いた。
「断裂壁」
目には見えぬ 触れたものを喰らう空間の壁が構築される。
さらにもう一度、鈴の音を織る。
広範囲に広がっていた索敵の透明な線が、シュンと集束してから前方に伸びる。
野盗の集団に対象を絞り、野盗全員の位置を把握した。
……絶対に1人も逃がさない。
森の中は足場も悪ければ視界も悪い。
それを武器に野盗は人を襲うが。
──狩人もそれには慣れている。さて、分が悪いのはどちらかな?
*
「……なンだ、てめえ」
森の中から現れた私に、野盗の一団は驚きもしない。手前にいた男が私を見て気付く。
アーギヤの一件の際に外で見ていた仲間がいたようで、団の内部で容姿は共有されているらしい。
「あ、こいつ、例のチビと一緒にいた野郎だぜ」
「なんだよ、チビ置いて逃げてきたのか? 運が悪いな、逃げた先に俺たちがいたなんてよお」
ゲラゲラと耳障りに笑う野盗たちに一瞥をくれ、無言で銀鈴を軽く弾いた。
チリ、と澄んだ音がする。
敏感なやつが気付く。
「音の魔法使いだ!! 気を付けッ……」
ボッ、と分厚いものを突き破る音がその声を遮った。
「……がッ……は……」
地面から飛び出した土槍が、叫んだ男の腹を貫きながら空中に持ち上げた。
まるで百舌鳥の早贄のようだ。
怖じ気づいたか、周辺の連中が一歩退く。だが、逃げ出さないだけ大したものだ。
私は一歩、連中に近づく。
「聞こえていたよ。あの子にお前たちは何をした?」
「……へっ、目一杯可愛がってやったんだぜ。あのチビがエロく誘うから悪ィんだよ」
手前にいた、少し他より高価そうな武器を持った男が、顔を歪めて笑う。
レギが誘った?
この期に及んで、都合のよいことを。
「嘘じゃねえぜ、いくらでも欲しがりやがった。あんななりのクセにッ……!?」
チリ、と鈴の音。
その線を男の頭の周りに巡らせる。
「もういい。永遠に口を閉ざせ」
汚物のような言葉をまき散らす男の周辺の空気を遮る。
男は空気中に放り出された魚のように口をパクパクと開閉し、そして倒れ込んだ。どう藻掻こうと呼吸はできず、男はやがて泡を吹いた。
続けざまに二人。
目の前で事切れたのを見ながら、野盗たちは動かない。
奥の方にいて、何が起きているのかまだ理解できていない者もいるだろう。
「なんだ、つまらないな。そちらはまだ何人もいるだろう? 威勢よくかかってくるといい。私はたった1人だよ。君たちはさっき言っていたね、私1人くらい簡単に殺せるんだろう? さあ、やって見せてくれないか」
できるのならね、と呟く。
ループタイの金具部分についた証石の色は、ほぼ赤になろうとしている赤紫。
野盗如きに遅れを取ることはない。
「なにしてやがる、ビビるな、たった1人だ!! ぶっ殺せ!!」
私から最も遠くの位置にいた、おそらくは団の頭だろう人物が、地を揺らすような大声を張り上げる。
ビリビリと周辺を震動させる声に、盗賊たちが一斉に動く。
手に武器を、あるいは道具を抱える。
多少魔法を使う者もいそうだ。
チリ、と鈴を弾く。強く、2度。
音が重なる毎に、適当に狙いを定めた男を中心に透明な線が渦を巻く。その範囲内に盗賊が3人程。
もう一度、鈴を弾く。
「重力錘」
ずん、と大地が数センチ沈む。
「ぐ、あああ!!」
「ぎぁっ?!」
盗賊たちの悲鳴が上がった。
大気圧に押され、盗賊たちが熟しすぎて腐った果実のように、ぼすんと弾け、いとも容易く潰れていく。
他方、後ろから襲いかかってきた数人は、先に私の周りに張られた空間断裂の壁に触れ、ぞぶりと腕から先や体半分を空間に喰われ、崩れ落ちる。
見る間に積みあがる無惨な屍が周囲に血の臭いを漂わせた。
「はやく私を始末しないと、臭いにつられたケモノが押し寄せるよ?」
街道に近い森の中、ケモノも多少はいるだろう。何人かはケモノに反応して周囲を慌てて見回す。
「クッソ……化け物かよ!?」
「お生憎様。君らよりはよほどまっとうな人間だ」
クス、と皮肉を込めて笑う。こんな顔を見たら、レギがあとでなんというか。
「さ、あと10人ほど。どうする? ヤケクソでまとめてかかってきてくれてもいいし、逃げてみてもいい。結果は同じだから」
ギロ、と睨め付ける。
まだ頭は無事だ。やつは後回しにするとしよう。
レギにしたことへの、相応の報いを受けてもらう。
その時、なにか金属を打つ音がした。
「炎槍!!」
高い女の声と共に炎の槍が飛んでくる。まっすぐ私の胸を狙っての巨大な炎槍。
だが。
「残念、無駄だよ」
ゾン、と派手な音を立て、断裂壁が槍を喰らう。
「無駄だってわからなかった? 断裂壁はなんでも喰うよ」
ワンドをこちらに向け、立ち尽くす女。
風体からして魔法を使ったのは彼女だろう。
周りを4人ほどの男に囲まれ、一応守られているところを見るとそれなりに団内の地位は高そうだ。
私が歩を進めると、周りの野盗はじりじり退く。
女は動けず、女を守るふうだった男たちは逃れるように彼女から離れた。
薄情なものだ。
やや化粧の濃い彼女は恐怖で顔を引きつらせる。
決して造形の悪い顔立ちではないものの、性根の悪さが表情にも表れるのだろうか。決して美しいとは思えなかった。
「残念だけど、ここであなたたちはゲームオーバーだ。悪事を働いて得たものはあなたを幸福にしたか?」
「あ……あたしは、悪いことなんかしてない」
「炎槍はどこかから勝手に私めがけて飛んできたとでも? それとも、人の心臓を焼くことが悪いことではないと? あなたたちはそうやって、おかしな理論で自分たちを正当化してたくさんの人を殺めたんだね」
彼女の顔がさらに醜く歪んだ。
「私はあなたに命を狙われた。だから私もあなたの命を狙う。これでおあいこだ。あなたが命を失うのは、ただ私があなたより力があったからだ。野盗の理論ならそれは正しいんだろう?」
「ふざっけんなよ!! 貴様は人殺しだ、俺たちも人だ! 人殺しは悪だ! 正義の味方が悪事を働くつもりか?!」
彼女の後ろに下がった男のひとりが叫ぶ。
ここへ来てずいぶんと都合のいいことを言っている。
「私が正義だなどと誰が言った? 私はむしろ悪だ。これほどにゴウも背負っているしね」
胸元の証石を指す。ただの赤い宝珠ではない石を。
恐怖に引きつる顔を見るのは決して愉しいものではないが、彼らはそれでやっと理解したようだ。
「赤い髪の……狩人ってのはてめぇか……?」
「さあね。……お喋りも飽きたよ。もう、覚悟はできたかな」
「ひ……」
炎槍を放った女は、金属製のワンドを手に唇を噛む。
「ついでだから教えてあげるよ。魔法はね、場所によって使い分けるものなんだよ。森の中で炎を使うなんてあり得ない」
そして、彼女を助けようともしない野盗たちに言い放つ。
「よく見ておけ。自分たちがやってきたことの報いだ」
掌の鈴が歌う。
鈴から音の波が走り、空間をかき回し、そこここに真空の刃が生まれる。
「
強く弾いた鈴の音と共に一方向に真空の刃が放たれ、女とその後ろに下がっていた2人の男を巻き込んで切り刻んだ。
1人は胴車に、1人は5つほどに分断される。
主目標の女は言うに及ばず、原形を留めぬ無数の肉塊になった。
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