第24話 代償
「や……やってられるかよ! 悪ィが俺は抜けるぜ!?」
「お、俺も……!!」
ふと見ればこちらに背を向けて走り出した者が2、3人いる。
彼もまた、呆れているのだろう。あの男たちの態度に。
「止めなくていいのかい? 部下が逃げようとしているけど」
「どうせてめえのその様子じゃ、あいつら逃がすつもりねえだろ。どうなるのか見物だ」
「……余裕だね、さすがだ」
敵ながら肝が据わっている。
そして、彼が言うとおり、私も逃げた連中を放っておくつもりはなかったし、既に手は打ってある。
彼らがほんの僅かな距離を走ったところで、最初に仕掛けた魔法が発動した。
僅かに氷の欠片が宙を舞い、男たちは突然動きを止める。
索敵範囲外に逃れようとする対象物に、音の線が絡みつき、対象物を凍らせる条件発動の魔法。全身が瞬時に凍結してできあがる、決して美しくない氷像。
技術のあるものが即座に解凍すれば生き返る可能性はあるものの……だれが解凍してくれるだろうか。
頭らしき男が目を見開く。
「今、あんたが何かしたようには見えなかったが、魔法でもトラップが使えるのか?」
「魔法の条件発動だ。……まあ、魔法の多重掛け自体、使う人間はそう多くないね」
別に出し惜しみする必要もない。私は男に説明してやった。
「こいつは驚いた! そりゃ、俺たちの前にたった1人で来るわけだ」
敵うわけがないな、と豪快に笑う。
氷像が出来上がったところで、私の前に残ったのは頭らしき男と幹部らしい男3人の合わせて4人だけとなった。
「参ったぜ、今日が俺の命日になるとは思いもしなかった」
「残念だけど、今日ではないかな。一応もう一度聞くけれど、君たちはあの子……レギに一体何をした」
驚くほど冷静に、私は男たちに尋ねる。
「お
引きつった顔で横に控えていた幹部らしい男が耳打ちするが、頭目は幹部を叱咤する。
「てめえも野盗やってんなら腹決めな。俺たちは綺麗になんぞ死ねねえよ。今更やったことを誤魔化そうなんざ思うんじゃねえ、馬鹿が。奪うものはいずれ奪われる」
幹部が引き下がり、頭目は私に向き直った。
憎々しい面構え。
私を皮肉な笑みで見た。
「兄さん。あの女みてぇなツラのチビは、丸1日犯ってから生き埋めにしてやった。殺そうとも思ったんだが、切りつけると切りつけたやつが怪我をしやがる。みんな跳ね返ってくるんだよ。それで生き埋めにした。まあ、ああやって外にいるってこたぁ、どうにかして脱出したんだろうがな」
言葉をしばし失った。
丸1日陵辱した上、生き埋め?
それを、レギにやったというのか。
頭の態度には感心したものの、彼らの行為に腹の底から言い知れぬ感情が湧き上がってくる。
怒り、悲しみ、それよりももっと忌むべき感情だ。
グラグラと醜く歪んで、嗤いさえも湧き上がる邪悪な感情。
──絶対に赦すものか
感情を抑えながら、表面はあくまで冷静を装う。
「そうか。そこまでやったか」
「野盗なんてそんなもんだ。餌は喰うんだよ。飢えてりゃなんだってな。そんなことより、俺も足掻かせてもらうぜ? 赤紫の兄さん。一方的にやられるのを待つ気もねえからな」
「ご自由に」
……そんなこと、か。
こんな人間の悪あがきに、私が付き合ってやる義理はない。
頭目が大ぶりの山賊刀を抜く。
カーブを描く刀身に刃こぼれのないそれはかなり手入れがされているようだ。……石が嵌め込まれ、文様が細工されている。魔剣の類いだ。
「行かせてもらうぜ」
言うが早いか、頭は山賊刀で斬りかかってきた。
断裂壁に僅かに空く隙間に滑り込む山賊刀。
壁を抜けて切っ先が私のそばを掠めていく。
守りの石、青い宝珠の力をこう使うか。
意外な使い方に感心する。
一閃、また一閃と山賊刀が踊る。
さすがに頭を名乗るだけはある。
もっさりとした体格からは想像できない鋭い動き。
それらの攻撃を適当に躱しながら幹部を見る。
幹部たちは手出しできずに遠巻きに見ているだけだ。
この頭目もだが、奴らすべての存在が鬱陶しい。
「おい! 俺と戦ってんだろ?! こっちに集中しやがれ!」
「お断りだ。野盗如きなどとまともに戦うのも馬鹿馬鹿しい」
思考を巡らせる。
あっさり殺してしまうには、レギが受けた屈辱の時間は長すぎる。彼らがしたことは凡そ人のすることとは思えない。
「よし、決めた」
チリン、と鈴が歌う。
断裂壁を解除し、下草生い茂る柔らかい地面を蹴り、風に葉を揺らす太い木に駆け上がる。
「馬鹿にしてんのか、てめえ!? 逃げるのか?!」
「馬鹿にする価値もないよ、君たちには。それに、私が逃げる必要がどこにある」
木の枝に座り、樹上から頭目を見下ろす。
「君たちには悲惨な死が必要だ。より苦痛を引き延ばして、……そうだね、レギが丸1日受けた陵辱と生き埋めにされていた時間。最低でもそのぐらいは苦しんでもらわないとね」
「貴様、何の権限があって」
青ざめた幹部が喚く。
だが、もはや私は彼らと口を利くこと自体が不快だ。
「最後だから教えてあげるよ。君たちは三日三晩、悪夢に苛まれて死ぬ。ああでも……もしかしたら3日も保たないかもしれないね」
座ったまま、銀鈴を手にした左手を前方に伸ばす。
チリン、と涼やかな鈴の音。
音の線が周辺の草木に滑り込み、ざわざわと葉擦れが聞こえ始める。
「ツタ!?」
意志を持ったように伸びてきた無数のツタが、その場に残された4人に絡みつく。
手にした刃物を振り回し、何とか逃れようとはするものの、ツタの圧倒的な量には敵わず、彼らはあっさりと巻き取られ、身動きが取れなくなる。
このツタは男たちの皮下に潜り込み、体内へ侵入して時間をかけて内臓をゆっくり破壊していく。さらに徐々に水分を吸い上げるので、遅くても3日後くらいには死に至る。
そしてその間、彼らは悪夢を見続ける。
体内を這うツタが内側から体をズタズタにしていく苦痛と、ツタから直接体内に放出される大量の幻覚物質による悪夢だ。
レギが受けた屈辱はこれで償ってもらおう。
さて。
早速悲鳴が上がっているが、もうここに留まる理由もない。
用は済んだ。
あちこちにいろいろ落ちているが、程なくケモノや野獣が喰らっていくだろう。痕跡はなにも残らない。
たくさんの人を踏み台に享楽を貪ってきた彼らにはお誂え向きだ。
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