第25話 狩人の拾いもの
山道を戻ると、レギがうずくまったまま顔をこちらに向けた。
「お帰りなさい」
「うん。待たせたね」
初めて出逢ったときと同じ姿。
あの時も今と同じような状態だったために、起き上がることもできずに顔だけをこちらに向けていたんだろう。
「あの、すみません。拾ってもらえませんか」
少し複雑な気分になる。
あのとき、この子はどんな思いでその言葉を私に向けたのだろう。
「──うん、拾っていくよ」
ふにゃりと笑うレギをとりあえず座らせて背負う。
「君は意外と重たいんだよね、見た目より」
「鍛えてますからね。……あの」
少し困惑したように、レギがたずねてくる。
「……あのとき何があったのか、わかっちゃいましたね」
なんと答えてやったらいいのだろう。
どう答えても、傷を抉ってしまいそうな気がして答えることができない。
「えっと、僕、一応男の子なんですが……女の子の部分もありまして。自分でもどっちかよくわからないんです」
「そっか」
「あの、僕は大丈夫ですよ。それよりカガリさん驚いたんじゃないかと思って……。やっぱり気にされますよね、すみません」
どうして謝るんだ。
君はなにもしていない。
答えを見失ったままの私に、レギは言う。
「今回は一次的なものなのですぐに回復します。あの時は緊急モードに入るまでに3日掛かって、脱出にも余計な力が必要だったので回復に時間が掛かったんです。僕、もともとデキソコナイだったので、なんかいろいろと遅いんです」
ポソポソと話す普段の調子とは違うレギに、私はあえて普通に……いつも通りの言葉を返すことにした。
「君くらいおんぶしてたって大したことないよ。とりあえず今日の宿まではおんぶしていってあげる。特別だよ?」
「あ……。……そうですか? お言葉に甘えちゃおうかな。でも突然落としたりしないでくださいよ?」
「しないよ、そんなこと」
背中から、くったりとしたまま楽しそうに笑うレギ。
傍目から見れば普通の……その辺にいる子とかわらない。
あの時、思った。
これはなんだ?
今は違った意味で、そう思う。
何かの制限が掛かっている小柄な身体。
青みが掛かる銀の髪と天色の瞳に、多くの人間が好ましいと思うだろう整った顔立ち。
傷一つないなめらかな肌。
かなりがっちりしている上半身と、妙に丸みを帯びた下半身。
「自称最強の魔法使い」と言ったレギ。
大きな弱点のある魔法使い。
……だから自称、か。
やはり、少々やっかいな拾いものだったようだ。
*
それから1時間ほど。
既に日はとっぷりと暮れ、家族団らんの明かりが家々から漏れる午後7時過ぎ。
温泉宿に素泊まりの部屋を取れた私たちは、夕食を取りに近所の飲食店に来ていた。
いつも通りに適当に料理を注文し、時間も時間なので酒も頼む。
このあたりはリオジ近いので葡萄酒が揃っている店も多い。ここもその例に漏れず、リオジ周辺のワイナリーの酒が各種置かれていた。
正直、葡萄酒の善し悪しは私にはわからないが。
野菜炒めやケモノ肉のローストなどが続々と運ばれてくる。
まず最初にレギは鳥の唐揚げを手前の皿にいくつか取り分け始めた。
今にも食らいつきそうな勢いだが、いただきますを言うまでは食べないで我慢する。
そういうところも子どものようで面白い。
酒が来たところで、早速いただきますをしたレギは、揚げたばかりの唐揚げにかぶりついて涙目になった。
「落ち着いて食べなさい。唐揚げはどこにも逃げないよ」
「冷めたら美味しくないですよ」
などといいながら、せっせと唐揚げを口に運ぶ。
お腹も空いていたのだろう。いつにも増して必死感がある。
ところで、とレギが口の中を一度空にして聞いてきた。
「結局、保安隊が捕まえる前に、あの野盗は全滅しちゃったってことですね」
黄緑の護符がまた需要減るなあ、と唐揚げにフォークを刺しながら呟いた。
「だって、この周辺に野盗が出るっていう話、たぶん今回の連中が原因ですよね」
「そう、だね」
あまり乗り気のしない話題ではあるが、ことのほかレギは気にしていないようだ。
「ってことは、ビコエさんが黄緑の宝珠狩りでこっち来てるって言ってましたけど、やっぱり需要は減りますよね」
「緊急で欲しいという人は減るだろう。もともと対人だからケモノの警戒には使えないしね。せっかく来たのに、商売上がったりだな。また愚痴を聞かされそうだよ」
レギはこくこくと頷き、今度は山盛りのサラダをもしゃもしゃしはじめる。
良質の葉物野菜や果物が採れるこの付近では、野菜をふんだんに使った料理も美味しい。
食べます? とフォークに刺した小さなトマトを差し出してくるので、遠慮なく一口貰う。時期的にまだ少し早いからかあまり甘みも酸味もないが、トマトというだけで今の時期に食べられるのは貴重だ。
水分の多めなそれを飲み込むと、さらに他の葉物が刺さったフォークを差し出されるので、どうせなら唐揚げがいいんだけど、と言うと大皿からいくつか唐揚げを取り分けて寄越した。
その時、急に後ろから声を掛けられた。
「よー、お二人さん。まあ、やたらよく会うね。いま夕飯か?」
振り向くとビコエがニカッと笑って手を上げていた。
「わあ、ビコエさん。ほんと、よく会いますねえ」
「そうだなあ。俺もびっくりしたあ」
そう言うと、ビコエは私たちのテーブルの空いた席を勝手に引き、そこにドスンと腰を下ろす。
「なんだ、君はこれから食事かい?」
「いや、俺はもう帰るとこさ。酒も飲んだし、腹一杯でもう何にも食えねえ」
「おひとついかがですか? これ美味しいです」
レギが皿に取ったバターまみれのジャガイモを差し出すと、ビコエはそれを普通にパクリとやった。
「腹一杯っていうのは嘘か」
「いいや、せっかくレギ君がくれたからと思って」
ん? なんか拙かった? とわざとらしくたずねるビコエに私はあきれ顔を作ってみせる。
「まあいいよ。今、ちょうど君の噂話をね。……ここにいるってことはリオジでの狩りはもう終わりにしたってことだよね」
「まあな。レギ君が需要減るかも、とか言ってたろ? カガリも絡んでるし、……あんた野盗嫌いだもんな」
そして、まさか壊滅させたとか無ねぇよなあ、と冗談めかして言う。
「野盗は確かに大嫌いだし、昨日保安隊にまた引き渡した連中もいたからそう言ったまでだよ」
「だよなあ」
カラカラ笑って、ビコエは皿に残った最後のジャガイモを口に放り込む。
「ありがとな、レギ君。君の食べる分取っちゃったみたいでごめんなあ」
「いいえ、そんなことないです」
そっか、と笑いながら彼は席を立つ。
「カガリたちもいっぺんワディズに戻るんだろ? また声掛けてくれよ。その時は一緒に飯食って飲もうぜ。な? レギ君」
「はいっ!」
「うん、じゃあまたなー」
ビコエは来たときと同じように手を軽く上げ、店を出て行った。
まったく陽気な男だ。
彼はいつも通りだ。
いつも通り、嵐のように一方的に話して去っていった。
彼が去っていったドアをしばらく見ていたレギはにっこりと笑った。
「面白い方ですよね、ビコエさん」
「彼と食事してると、食べる方が進まなくなるんだよ」
「そうなんですか?」
そう言いながら、先ほど出てきたタコの素揚げに着手している。誰が話していようが、レギが食べるペースは変わらない。
「君にはあんまり関係なさそうだね」
うん? と首をかしげ、レギは私を見上げる。もちろん手には素揚げのタコを刺したフォークを持って。
「カガリさんもお酒じゃなくてちゃんと食べないとですよ」
「……君の食べっぷりを見ていると、それだけでお腹がいっぱいになるよ」
またそんなこと言って、とレギはタコの唐揚げを山のように皿に盛り付けて寄越してくる。
「狩人は食べるのが基本だってカガリさんいいました。食べなきゃですよ!」
いたずらっぽく、レギは笑う。
ああ。いつも通りだ。
それはたぶん、レギなりの気遣いだったんだろう。
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