第19話 到着
ビコエさんと別れて歩くこと10分程。町中の路地を抜け、僕たちは1軒の家の前に到着した。
時間は午後3時過ぎ。
「ありがとうございます、ここです」
ホッとした表情。2日間の道中ではあったけれど、大変な目に遭った彼女には長い道のりだっただろう。
彼女の喉元が小さく動いた。自然に胸元で指を組み、彼女は赤いレンガで作られた豪奢な門を抜け、中に入っていった。僕たちもその後に続く。
広い庭を抜けてたどり着いた玄関。大きなドアをノックすると返事があって、程なく夫婦と思しき二人が出てきた。
「お久しぶりです、マーナおばさま、ラフィンおじさま!」
彼女が震える声を振り絞る。
中から出てきた女性が目を見開き、口元を両手で押さえた。見る間に潤んでいく両の目は、彼女とよく似た緑がかったヘーゼル。顔立ちもよく似ている。
「アシャ! 待ってたのよ! よく来てくれたわ……!!」
「マーナおばさま……」
マーナと呼ばれた女性は、彼女……アシャさんをぎゅうっと抱きしめる。
「よく来てくれたね、アシャ。本当に良かった」
アシャさんはマーナさんの胸で嗚咽を漏らす。そんな二人をラフィンさんが包むように抱きかかえる。
3人の再会を、僕とカガリさんは少し離れたところから見守った。
やがて抱擁を解いた彼らは僕たちを振り返る。
アシャさんが潤んで赤くなった目元を少し気にしながらペコリと頭を下げ、「無事送り届けていただき、本当にありがとうございました」と言った。
*
ラフィンさんのお宅に招き入れられた僕らは、シンプルだけれど品のいい調度が誂えられた応接間に通された。
本来は、目的が達成されれば後払いの場合はお支払いを受けてそのまま退出するものなんだけれど、よくわからないこともあるし、なによりアシャさんの是非にの願いにカガリさんが依頼の一部だから、と承諾してお邪魔することにしたのだ。
「まずは、私……アシャが身を偽ってテカダを名乗っていたことを謝罪させてください。申し訳ありませんでした」
深く頭を下げるアシャさんにカガリさんは首を振る。
「お気になさらなくて結構ですよ。ただ、疑問もありますから、今回の依頼について差し障りない程度で結構ですからお話しいただければ。レギなんかは混乱しているようですし」
そうしていつもの営業スマイルを作った。
……まあね、カガリさんはたぶん大体分かってるんだろう。
僕はまったく分からないから一応お話は聞きたいけど、混乱はしてないよ、混乱は。すごくびっくりしたけどね。
それに、だ。
その釈然としない気持ちを払拭するような素敵なものが、いま僕の目の前に並んでいる。
美しい青や金で花などが描かれたティーカップに注がれたお茶の、深い紅色の水色。漂う香りは華やかだ。
そして、おそらくはマーナさんが焼いたであろう可愛い焼き菓子が、これまた綺麗なお皿に数種類、綺麗に載せられている。甘い甘い香りが部屋いっぱいに充満していて僕は卒倒しそうだ。
これ、食べていいんだよね?
カガリさんを見上げるも、彼は苦笑いをして僕をいさめる。
よだれを垂らさんばかりの僕の腿をカガリさんにツンとつねられて、驚いた拍子に前屈みになった背中がピクンとまっすぐに伸びた。
「はい、その姿勢。姿勢悪いのはだめだよ。ちゃんとお話聞く姿勢して」
「は、はひ……」
カガリさん、まるでお母さん。
僕は背中を伸ばした姿勢を保ったままアシャさんの顔を見ると、彼女は今にも吹き出しそうな顔をしてぷるぷるしていた。
「す、すみません。レギ君、食べながらでいいのよ。おばさまの自慢のお菓子なの。食べてくれるとおばさまも喜んでくださるわ」
僕は再びカガリさんを見上げる。
そう言ってるんだから食べていいでしょ?と期待を込めて。
彼は小さく頷く。
「では、遠慮なくいただきます! うふふー」
カガリさんの視線を一応気にしつつ、僕は焼き菓子に手を伸ばす。
甘く香ばしい香り。ふわふわと柔らかいそれを一口頬張ると、口の中いっぱいにバニラとアーモンドの香りが広がる。そして、ごく薄い表面のさっくり感と内側のふんわりが絶妙に口の中でホロホロとほどけていく。
「んうぅー!」
まさに極上の口どけ。舌の上に残る甘さが柔らかく余韻を残す。
次の一口を絶対に止められない。
思わず頬を押さえてジタバタしたら、アシャさんがとうとう笑い出した。
目尻を拭った彼女はまた微笑む。
「本当に幸せそうに食べるわね、レギ君」
「この子と食事をしていると、こっちがお腹がいっぱいになりますよ」
ふふ、とカガリさんが笑う。
「うん、そうかもしれないわ。ダイエットに効果がありそうね」
アシャさんもうふふと笑う。それからちょっとだけ俯いて言った。
「それでは、テカダについてお話ししますね」
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