第6話 残念な人

 時間は2時過ぎだ。

 そろそろメレさんを、お店に送っていく時間だった。


 真っ昼間の商店街をメレさんとテクテク歩く。

 お天気は悪くないし、過ごしやすい気温。

 これ以上ない道行きなんだけど。


 それは突然、僕らの前に現れた。


「やあ、メレ。今日もかわいいね?」


 声を掛けてきた男。

 短く切りそろえた茶色い髪に、耳には幾つものごてごてピアス。

 引っ張ったらちぎれちゃうんじゃないかって大きさだ。

 背はそこそこ、顔もそんなに悪くないんだけど、いかんせん柄が悪い。

 彼は一人じゃなくて、後ろに5人ほど似たような風体の連中を従えている。

 いいとこの坊ちゃんだろうか。


「……な、何の用?」


 明らかに怯えてる様子のメレさん。

 どうやら彼女の知り合い、らしい。仲が良いようには見えない。


「いつものあの野郎や赤い奴と一緒じゃねえのな。なんだ、かわいいの二人連れとはこれまた……」


 メレさんを見て、僕にまでなにやら物欲しげな視線を向けてくる。

 舐めるように足の先から頭のてっぺんまで。

 そんな風に見られても困る。


「あの、メレさん。お知り合いですか?」

「知り合いっていうか、一応前にお相手したことがあるお客さんでね。本サービス前に、素行が悪くてつまみ出されちゃった人だよ」

「なーる……」


 ふむふむ、と納得する。

 あそこのお店、店員さんをきっちり守るから、素行の悪い人はすぐにつまみ出されちゃうらしい。

 店員さんに危害を加えるようじゃ、お客さんじゃないもんね。


「なあ、メレ。金なんかいくらだってやるから、俺の女になってくれよ。他の奴らといるより、安全だぜ?」

「……あたし、好きな人がいるもん。あなたといたって、多分楽しくないからやだ」

「なにいってんだよ、目一杯可愛がってやるぜ? 離れられないようにしてやるよぉ」

「……やだよ、……怖い……」


 メレさんが怖がっている。

 ポロポロ涙をこぼし、僕の手をギュッと握っている。


「お兄さんは、メレさんをいじめたの?」

「……ああ? いじめてねえよ。勝手に怖がってるだけだろ。俺のことなんか知らねえくせに、見た目で怖がってんだよ」

「違うよ、だって前、あたしを殴ろうとした!」


 メレさんが精一杯反論する。


「いうこと聞かねえやつが悪いんだ」

「あなたのやれってことなんか、したくなかったの!」


 あたしだって、やなことあるよ……、とメレさんは震える声で呟く。


「お兄さん、メレさんをいじめたんだ」

「いじめてねえって言ってんだろ……」


 苛立った男が近づいてくる。


 ──逆恨みってやつかなあ。それとも、力尽くかな。

 どっちにしろ、日が悪かった。

 ちょっとばかり凹み気味僕の前に現れるなんて。


 こっちに危害を加える気満々?

 うーん。困ったな。


 手加減、できるかな。


「ひぐっ……レギちゃ……っ!!」


 怯えたメレさんが僕の手をギュッと握る。小刻みに震えてる。

 彼女をこんなに怖がらせるなんて。

 僕は手を軽く握り返す。


「メレさん、手を離さないでくださいね」

「う、うん」


 僕は男を見上げた。

 結構大きい人だ。


「そこ、どけよ。……ん? おまえもよく見りゃそれなりにかわいい顔してやがるな。一緒につれてってやろうか」

「お断りです」

「じゃあ、どけ」


 男が僕の肩に手をかけた。


「……僕に気安く触るな」


 男の手を掴んで思い切り引いた。

 そのまま、倒れ込んできた男の腹を、掬うように蹴り上げる。

 男の体が大きく一回転した。


 だんっ


「……うぁ……?」


 僕に手を掴まれたままひっくり返された男が、呆然と声を上げる。

 男は、背中に受けた衝撃と何が起こったのか理解できない状況に、間抜けな顔をしていた。


「……な」

「まだ、やります?」


 手を離してやると、男は慌てて起き上がり、次いで憤然として僕に殴りかかってきた。ひっくり返されたのを、何か偶然とでも思ったんだろうか。


 ……それなら。

 殴りかかってきたってことは、殴り返して良いってこと。承知した。


 バシッ


 僕に向けて振り下ろしてきた拳を左手で掴む。

 驚く男にニコリと微笑んで、僕は囁く。


 ──舐めるな


「な……なっ、……い!? は、離せ!!」

「嫌です」


 指先に力をゆっくりと入れていく。

 僕の手は小さいので、男の拳の指付近しか掴めてはいないけれど、まあいいだろう。


 ぱぎゅ、ごぎゅっ、と音がした。

 

 男の骨や肉が軋んでいる。


「ぎゃ、あぁぁあ!?」

「優しく言ってるうちに、やめとけばよかったのに」

「は、離せ、離してくれ、ぎゃああ、いでぇえ!! 頼むからぁぁ!?」

「イヤですってば。ギャアギャア騒ぐ前に、言うことがあるでしょ?」


 男の拳を左手でしっかりと握りながら、僕は彼に尋ねる。


「あなたはメレさんに何をしましたか」

「……っ」


 脂汗を額に浮かべながらも、男は僕をにらみつける。


「気に入りませんか? それじゃあ……このまま魔法医でも復元できない状態にしちゃいますけど、どうしましょうか」


 指先に熱を持たせると、男の指がジュッと焼ける嫌なにおいがした。


「ぎ、や、あぁぁ……っ」

「もう一度だけ聞きます。──お前は、彼女になにをした」


 ギチギチと焼けながらさらに潰れていく男の拳。


「いだい、ぁづいぃ……!! お……おでわおれは……、ベデおメレを、い、いじべばじだいじめましたぁぁっ……!!」

「だから?」

「ご、ごべ……ごべんだざいぃっ……」

「聞こえません。ちゃんと言ってください」

「ご、め……んなざいぃぃぃ……」


 僕は握っていた手を、ぱっと離す。

 男の指が変な色と形になっていた。

 それなりには痛そうだ。

 まあ、このくらいなら魔法医に行ったら治せるはずだ。


 僕は、男の後ろにいる5人ほどの男を見て、首をかしげた。


「おあいて、しましょうか?」

「お……、俺たち、関係ねえから……そいつが勝手に1人で……」

「そうなんですか。だそうですよ、お兄さん」


 ズボンの前と顔を、いろんなものでビショビショに濡らした男は、這いずるようにして逃げだした。

 逃げて行く彼の耳元に、僕は声を飛ばす。


『今度、メレさんにこんなことしたら、ただじゃ置かないですからねー。僕、魔法使いですから』

「うわぁあぁぁぁ!!」


 必死に頷く男。そして、彼を引きずるようにして連れ去っていく5人ほどの仲間たち。


 あーあ、残念な人。

 メレさんが好きなら、優しくしてあげればいいのに。

 彼女は優しいから、怖いことしなければちゃんと接してくれるのに。


 わざわざ嫌われるようなことしなきゃいいのに。


 ふん、と息をつく。

 僕の後ろにいたメレさんが、震える声で僕を呼んだ。


「レギちゃん……」

「メレさん、もう大丈夫ですよ」

「うん……、うん」


 彼女の手をきゅっと握る。

 震えはまだ止まらない。


「お店に帰りましょう。僕が付いてますから、安心してください」

「うん……」


 ひっく、と彼女はしゃくり上げた。


 あー……。


 カガリさんが彼女を助けた理由がわかる気がする。

 今、彼女が付き合ってるという男性の気持ちもわかる気がする。

 彼女はそういう人なんだ。


「また、僕と遊んでくれますか?」

「うん、もちろん。レギちゃんなら安心だから」

「よかったです」


 涙目で微笑む彼女に、僕は笑い返した。


 *


 彼女をお店に送り届けた僕は、別れ際に彼女から綺麗な包みをもらった。


「おうちに帰ったら、開けてみてね。きっと似合うから」


 その場で開けちゃダメだよ、と釘を刺され、家まで我慢の子だった。


 お店からはひとりで帰宅。

 特に何事もなく。

 時間は3時過ぎ。ちょうどお茶の時間だった。

 

 家に入ったら、リビングにカガリさんがいた。

 僕の顔を見てほっとした表情を浮かべる。


「ただいまです、カガリさん」

「お帰り。ちゃんと帰ってきてよかった」

「だから、僕をなんだと思ってるんですか」

「君だから心配なんだよ」


 むうぅ。


「そういうこというカガリさんには、おみやげあげません」


 ぷい、と横を向く。

 ちらりと横目で見ると、カガリさんの困った顔。


「ごめんね、心配だった」


 そうして僕の頭をポンとやってから撫でた。

 やっぱり子供扱いだ。


 でも、撫でられるの好きだ。


「……しょうがないです、許してあげます。はい、おみやげです」


 ポーチから取り出したるは、件のロールケーキ。

 プリンのを2本買ってきた。


「ロールケーキ?」

「はい」


 ぎっしりとクリームやフルーツ、プリンがロールされたそれは、ずっしりと重い。

 それを受け取った彼は、なんだか微妙な顔をした。

 嬉しいような、困ったような。


「そっか、今日はメレと出掛けてたんだね」


 ……ええー。

 なんか即バレした。


 せっかく黙ってたのにお土産でバレるとか……。

 ま、……ままならない……。

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