第5話 理由
そもそも。
なぜ、僕は彼女に会いに来たのか。
それはただ、彼女とお話がしてみたかったから。
カガリさんのことを
ちなみに、今日僕がメレさんに会うことはカガリさんには話してない。
先日、たまたま外で彼女に会って、そこでお話できないか頼んでみたら、あっさりOKをもらった。
僕がカガリさんの助手をしている、ということは彼女も知っていた。カガリさんがよく話すらしい。彼女も僕と話してみたかったそうだ。
*
しばらくして料理が運ばれてきた。
四角い大きなお皿に乗った、堂々たる姿の黄金のオムライス。そこに掛けられたホワイトソースにはたっぷりキノコや玉ねぎなどが入っている。
添えられた鮮やかな色は、レタスなどとトマトのサラダだ。
ほんとにもう、これでもかというほど立派なワンプレートだ。こんな立派なオムライスにはそうそうお目にかかれない。
まずは一口食べて、トロトロ卵のおいしさに二人で思わず見つめ合って笑ってしまう。
それから一口分ずつ分けっこした。
仲のいい友達ができたみたいで、楽しい。
思わず当初の目的を忘れそうになるほど。
結構大きなオムライスで、彼女のたくさん食べるおなかも満足したようだ。
プレートが下げられて、ロールケーキのセットが届くまでの間に、僕はちょっとためらいつつも聞きたかったことを口にした。
「メレさんは、カガリさんとの付き合いが長いそうですね」
「うん、5年くらいになるかなあ」
そうして、僕が特に聞かずとも、どういった経緯で彼と親しくなったかという話をしてくれた。
それはこの世界では本当にありがちな話。
迷子になって困ってる時に怖い人たちに襲われたところを彼に助けてもらったという。
それから今まで、面倒を見てもらったり、助けてもらったりしているって。
僕も困ってるときにカガリさんに拾われて助けられた。つまり、彼が助けたのは、僕で2人目なわけだ。
もしかしたら細かい人助けはしてるかもしれないけど。
カガリさんから保証と安全をもらう代わりに、彼女は身体を提供している、ということを話してくれた。
「カガリくんには、お客さんとサービス提供者って扱いにしてもらってるの。少し……ううん、だいぶ普通とは違うんだけど」
なんだかすごく不自然に感じる。
扱いにしてもらってるって、どういうことなんだろう。
すると彼女は、僕の表情を見てか、意味分かんないよね、と困ったように呟く。
「カガリくんが彼女作らないって知ってるよね」
「はい」
「カガリくん、艶っぽいし綺麗だから、女の子が放っておかないでしょ。お客さんやお店の人たちからよく聞くの」
「そうですね、すごく女性には好かれますね」
実際、しょっちゅうアプローチされてるのを見る。
でも、僕が知っている範囲では、それらの女性と親密になったり、なんかに及ぶってことがあるかっていうと、それはNoだ。
男女問わず、とにかくそんな関係を求める人たちからは距離を取ろうとしている、ように見える。
メレさんは目を伏せた。
「カガリくんは、人に自分の生々しい感情を見られるのが怖い」
「ナマナマシイ感情?」
「セックスしたい、って思ったりするのはダメだって思ってる」
口が乾いて飲もうとしてた水を、あやうく吹き出しかけた。
「昔、大変なこと、あったらしいの。ほとんど自分のこと話してくれないから、あたしも詳しくは知らないけど……自分に性欲があることが許せないみたい」
「でもメレさんとは……」
「カガリくんは魔法で性欲を抑制してるから、できないわけじゃないんだ。でも、そういう気持ちになるのがイヤなんだって」
……嫌?
えっ、どういうこと?
顔に出さないよう努めたつもりだったけど、彼女にはバレちゃったらしく、彼女は困った顔をした。
「普段、お店に彼が来るのはあたしの生活のチェックのため。免許の保証人だから、そういう義務があるんだって」
「……え、と。セックスしてるんじゃないんですか?」
「一応はね。実際は、あたしがカガリくんにただ助けてもらってるだけなのがつらくて、わがまま言って、セックスの真似事をしてもらってるだけ。彼にとってはただの解放作業」
メレさんはしゅんとする。
「身寄りのないあたしを、カガリくんが助ける義理も何の得もないのに。だから、何か返したくて、いつか大丈夫になった時の練習に、って……」
僕は何も言えず黙っていた。
ままならないね、と彼女はつぶやいた。
*
聞きたかったことは聞けたのだし、彼女にだって事情もあれば思うこともあるだろう。
言い方は悪いけれど、カガリさんに“そういうつもりがない”ってことが分かって、僕は何となくスッキリした。
メレさんにもちゃんと好きな人がいるっていうのもわかったし。
ただ、……別の難問があることもわかってしまった。
多分、僕自身は多少へこんでいる気がする。
いや!
いまはそんなことより……重大な任務がある。
目の前にある、彼女と僕共通の敵をやっつけなければいけない時だ。
運ばれてきたケーキセット+α。
大変りっぱで見目麗しきふわふわ共を、おなかの中に入れる戦いに挑まなければならない。
僕たちはこれらに圧倒的な勝利を挙げなければならないのだ。
「……行くわよ、レギちゃん!」
「応です、メレさん!」
わーい、いただきまーす!
フォークを手に、僕たちはあまふわたちとの戦闘を開始した。
ふんわりとフォークが沈み、じわじわと切れていく柔らかな生地。
ロールされた真っ白いクリームを少しすくい、 切り分ける。
フォークに取られ、僕の目の前でふるふる震える、一口分のロールケーキ。
覚悟はよろしいか!(僕たちの)
しばし眺めたのち、徐に!
あむっ。
「……──ッ!?」
「ん──ッ!!!」
反則レベルでふんわりなケーキとトロけるクリームの組み合わせ。美味しくないはずがない。
まず見た目からして可愛い、フルーツたっぷりのプリン入りロールケーキ。
口に入れればホワンと弾むロールケーキの生地と、甘さは程々でコク深いクリームに季節感溢れるこれまた甘い果物。そして舌にとろけるプリン……!
な、なんて罪深いふわふわ共だ……!!
美味しい……っ
一口で僕は直感してしまった。
この戦い、気を抜けば、……負ける。
何が、とか無粋なことは言ってはいけない。
「うう、これ、おみやげに買って帰る!」
「あたしも! やっぱり反則級の美味しさだよね!!」
めちゃくちゃ同意する。
帰ったらカガリさんに食べさせるのだ!
これ、絶対カガリさんの好みだ。
無論、僕の好みでもあるけれど。
「これ、一本まるごと丸かぶりしたいです」
「わかるっ! やりたい!」
「ですよね!?」
至上のロールケーキと、酸味の少ないコーヒー。
まさに至福、口福、味の天国。
──メレさんにここを教えてもらってよかったー!
フォークが進む。
止まらない。
幸せだ……。これこそ幸せというものだ。
うっとりする僕に、ふとフォークを止めたメレさんが目を細めた。
「レギちゃん、本当に美味しそうに食べるよね」
そうして、彼女はクスクスと笑った。
「カガリくんが言ってるの。美味しそうに食べる人と食べるご飯は美味しい、って」
うふふ、わかっちゃった、と独り言みたいに言いながら、彼女はコーヒーを飲んだ。
「あたしも今日のオムライス、すっごくおいしかったんだ。もちろんお料理の美味しさはあるけど、レギちゃんが本当に嬉しそうに食べるから」
「カガリさんは、僕と一緒に食べると、ダイエットできそうだって言います」
それは言葉のあやだよ、とメレさんは答えた。
「最近カガリくん、そんなこと言うようになったんだよ。食事が楽しいって」
彼女はコーヒーを置く。
ことん、とカップが音を立てた。
「ね、レギちゃん。カガリくんが好きなんだね」
「……すき、ですか?」
好きって何だろう。
「僕、みんな好きですよ。カガリさんも、メレさんも」
「そっか。みんな好きなんだね。うん、あたしもみんな好き」
そうだね、と彼女は言った。
「レギちゃんは、カガリくんが“大好き”なんだよ」
「大好き、ですか……?」
そうして、彼女は凄く……本当に凄く嬉しそうに言った。
「これはもう……、カガリくんも、難敵を相手にすることになったね……!」
「ど、どういうことです、それ」
「ううん、なんでもないよー! あたし、安心した!」
目に涙を浮かべて笑っている彼女に困惑しつつ、僕はお皿に残ったロールケーキの最後の一口を食べた。
舌の上でぷるんと踊る甘いプリンが、なんだか僕のことを笑ってるみたいだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます