第4話 レギとメレ
「それじゃ行ってきます。夕方までには帰ってきます」
「知らない人について行っちゃだめだよ」
それから、心配だからやっぱり一緒に……ポソッと小声で言うカガリさん。
「んもー、大丈夫です! 危険なことなんてないです!」
「そういうところが心配なんだけど」
カガリさん、心配性で困る。
まるでお母さんだ。
彼に出逢う前はずっとひとりで旅をしてた。
まあ、たまになんか……記憶に残らないような出来事はあるんだけど、そこはどうせ覚えてないからどうでもいい。
カガリさんには、それがあるから余計に心配なんだと言われたけど。
ともあれ、僕は例によってロングコートみたいなのを着込んで出かけた。
体の線を隠す、やや硬い生地でできた上着。
まだ気温の高いこんな時期には明らかにおかしく見える支度だっていうのはわかっている。
でも、そうでもしないと、彼の危惧は現実になる。
僕の体型は、人によからぬことを思わせるらしい。
ちゃんとわかってるよ。
*
村の中心から少し外れたあたり、飲み屋や商店がぽつぽつとある一角に、ほかとは少し異質な建物が建っている。
土地に余裕があるせいか、広い敷地に二階建ての大きな建物。窓はほとんどない。外からはなんの建物なのかわからない。
通りに面したエントランスに入ると、壁に男女従業員の写真がちょっとした紹介文と一緒に何枚も並んでいる。
ここは性的なサービス込みの飲食店なんだそうだ。
店員さんとごはん食べて、そのあとなんかするのが目的のお店……、らしい。
ちなみに、この国では売春行為は禁止されていないが、従事するには免許が必要だ。
そのへんは凄く厳しいらしくて、免許なしで働くと、長いこと臭い飯を喰わされることになるし、働かせていたお店にも罰則があって大変だと聞いている。
「あれ? どうしたの、きみ」
店の入口で写真を眺めていた僕に、従業員らしき男性が、声を掛けてきた。
「ここは大人の人たちだけのお店だから、入れてあげられないんだ、ごめんね」
お店はもう営業中だ。
お客さんはまだ多くはなさそうだけど、人の声が店内から聞こえる。
分厚いドアの向こうの音は、普通の人には聞こえないだろうけど。
僕は男性従業員さんにぺこりと頭を下げた。
「僕、こちらの従業員さんとお約束してるんです」
「そうなの? 誰かな」
「メレさんです」
店員さんは、ちょっとまっててね、と言うと店の中に引っ込んだ。
しばらく待っていると、店員さんに連れられてメレさんが出てきた。
僕を見つけると、彼女は嬉しそうに駆け寄ってきて、当たり前のように僕の手をきゅっと握る。
「こんにちは! わざわざお迎えに来てくれてありがとう、レギちゃん」
「こんにちは、こちらこそありがとうございます。今日はよろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
優しげでおっとりとした喋り方だけど、背も高いしスタイルは抜群。間近で見ると、圧倒されるような美人だ。
今日の服装は、ボリュームのある身体を隠すようなラインの清楚な花柄ワンピースに、華奢なヒール。
目鼻立ちの良い華やかな顔に、柔らかな秋っぽいメイクをしてる。髪は緩くふわふわに編み、サイドに下ろしていて、全体的に優しげな雰囲気になっていた。
ああ……、本当に綺麗な人。
彼女はにこにこと微笑み、それからさっきの店員さんに行ってきます、と挨拶をした。
あらかじめ話は通っていたようで、店員さんは僕に、彼女を頼みます、と言って手を振ってくれた。
*
さっそく店を出た僕とメレさんは、町の中心部に向かうことにした。
進むに従って、次第に人通りも店も増え、あたりが賑やかになってくる。
人が溢れる道を、メレさんはとても楽しそうに眺めている。
お店を出たときから、彼女の手は僕の手をキュッと握り離さない。
たぶん、怖いんだと思う。
楽しそうなメレさんと街を歩きながら、僕は改めてお礼を言った。
「今日は、お時間割いていただいてありがとうございます」
「ううん、とんでもないよ。あたし、外を歩くの好きなの。でも、ひとりじゃ歩くの不安だから、こうやって連れ出してもらえるの、すごく嬉しいの。カガリくんからはレギちゃん強いって聞いてるから、あたし、安心して歩けるよ~」
嫌みでもなんでもなく、彼女は自然に喜んでくれている。
彼女のそんな顔をてると、僕も嬉しくなった。
*
村の役場がある通りは、田舎とはいえ賑やかだ。
歩く人も多く、軒を連ねる店はどこも繁盛している。
時間はそろそろ12時を指す。
通りを歩くと、お昼近いせいでいろんな良い香りが漂ってくる。
「レギちゃん、おなかすいてない?」
目をキラキラと輝かせ、少女みたいな顔でメレさんが聞いてきた。
「そろそろお昼ですもんね」
「でしょ、あたし、今朝は朝ご飯少しにしてきたの! レギちゃんと美味しいもの食べようと思って!」
うふふー、とにっこにこする彼女に、僕は嬉しくなる。
「どこか、オススメのお店はありますか?」
「そうね~、卵好き?」
「好きです」
「うふふ、それならオススメのお店があるよ」
メレさんがオススメの卵料理が美味しいと評判のお店。
役場通りの中でも、中心街に近いところにお店があるそうだ。今いる場所からも近い。
「じゃあ、そこにしましょう」
「うんっ、決定!」
道すがら彼女が話す。
何でもそこは、卵屋さんが直営するお店だとかで、食事はオムライスなどがメインらしい。ただ、このお店はそれだけじゃなくて、ロールケーキを始めとした卵を使ったお菓子がとても美味しいらしい。
ロールケーキは、プリンが入ってるのとかカスタードのとかフルーツいっぱいとか、種類も豊富だそうだ。
通り沿いのお店を覗きつつ、僕らはお店に着いた。レンガ造りの外壁が小洒落たお店だ。
お昼時だからかさすがにお客さんは多い。
僕たちはたまたま空いていた窓際の席に着く。
彼女のオススメはもちろんここの看板メニューのとろとろ卵オムライス。
それから、ここのご自慢のお菓子類。
メニューにはいろんなお菓子の名前が並んでいる。卵屋さんだけに、卵メインのお菓子ばかりなんだけど、どれも美味しいそうだ。
表の店舗の方を見ていると、お菓子を買いに来るお客さんが引っ切りなしに訪れる。
「えっとね、食後メニューだとケーキセットがお得なの。ロールケーキ、食べるよね?」
「もちろんですー! あとカスタードシューも!」
「だよね~! あたしはチーズタルト! 分けっこしよ!」
「わーい、しましょう!」
メニューを見ながら、二人で大はしゃぎだ。
甘いものの誘惑は凄まじい。
お菓子類は店頭で販売してるので現物を見てる。テンション上がるのも仕方ない。
メレさんは卵が4個分も使われたトロトロオムライス、デミグラスソース掛け。僕はキノコソース掛けだ。
もちろん食後にはロールケーキとコーヒーのセット+αだ。
お料理が来るまでの間に、メレさんといろいろなお話をする。
基本的に身の回りの話ばかりだけれど、それは彼女の人となりがよくわかる話ばかりだ。
話の端々に、いろんなことが不得意……というか致命的なまでにできないということを聞かされたが、うまくできなくてもなんとかしようと頑張る姿が可愛い。
彼女なら失敗しても笑って許してもらえそうな気がする。欠点を補ってあまりある可愛らしさだ。
「メレさんには、彼氏とかいるんですか?」
「うん。いるよー! あ、このあいだ会ったときに、一緒にいた人。覚えてるかな」
「う……すみません、僕、物覚えがあんまりよくなくて……」
「大丈夫! あたしも同じ!」
彼女は嬉しそうに笑った。
ふにゃーんと蕩けるような笑顔が眩しい。
カガリさんは、彼女の保証人だそうだ。
彼女は守られている。
だから、幸せそうに笑えるんだ。
よかった。
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