第3話 悪夢
外が騒がしい。
ああ、これは……
──昔の夢だ。
記憶消去を施されたものの、結局忘れることができなかった記憶。
それを辿る、生々しい夢。
見たくない。
見たくないんだ。
私を何度も苦しめないでくれ。
──もう……やめてくれ……
*
「リムが村はずれで見つかったぞ! 酷い怪我だが生きてる!!」
「魔法医はまだか?!」
「すぐに来る、今呼びに行ってる」
「奥さん、しっかり!」
「しかし、なぜあんな場所にいたんだ」
「奴らの考えなんかわかんねえよ……それより医者はまだかよ!」
外が祭りの時みたいに大騒ぎだ。
攫われた姉さんが生きて発見されたという
今夜は寝る時間になっても、姉さんがいなくなった不安で眠れなかった。
家に飛び込んできた村の人の声を自分の部屋で聞いて、オレも思わずベッドから起き上がる。
両親に説明した村の人が、オレはまだ子供だから連れて行かないほうが、とかなんとか言うのが聞こえる。それからすぐに父さんと母さんは村の人と共に家を飛び出して行き、結局オレは1人、家に残されてしまった。
一人きりになり、普段ならなんで置いてくんだと騒ぎもしただろうが、今日ばかりはそんなことも言えない。
姉さんが見つかった。
生きてた……!
*
一昨日、姉さんが賊に攫われたって聞かされた。
みんなが、あいつらは若い女の人を捕まえて、悪いことをするんだと言ってた。ただ殺されるより悪いって言ってるけど、具体的にはどんなことなのか聴かされてない。
ずいぶん前に、学校で友達がなんかニヤニヤしながら言ってた。
あいつらにさらわれると、服を脱がされて「すごくエロいこと」をされるんだって。
その時はあんまり関係ない話だって思ってた。
オレたちみたいな子供でも、いろいろ見たり話したりしてるから、エッチなものはなんとなくわかる。
エッチっていうのは、裸でなにかする事なんだと、何となく理解してる。
そんなことを今になって思い出して、オレは思った。
姉さんは賊に捕まって、すごくひどいことをされてから殺されてしまうんだ、と。
姉さんはもう帰ってこないって思った。
盗賊は、すぐ人を殺す。
あいつらは命が軽い、ってみんな言うんだ。
だから、姉さんもすぐに殺されちゃうって思った。
それが、怪我はあるらしいけれど村付近で生きて見つかったなんて。
どうやって逃げてきたのか、そもそもなぜ逃げ出せたのか。いや、ホントに逃げてきてそこにきたのか。
けど、何にしても嬉しいことには違いなくて。
すごくエラい魔法医の先生がいるから、怪我だけだったらすぐに治してくれる。
賊に攫われたのに助かった姉さんはきっと運が良いんだ。
姉さんと一緒に暮らせる。
また遊んでくれる。
姉さんが帰ってくる!
*
部屋にひとり残されて、外の騒ぎを聞きながら考えていた。
姉さんはきっとすごく怖かっただろうな。
元気づけてあげたい。
姉さんはオレをいつも可愛がってくれるんだから、こんな時くらい、オレが安心させてあげたい。
そう思ったら、一人でおとなしく待ってることはないんじゃないかと気が付いた。
騒ぎはうちのすぐそばだ。
行けばいいじゃないか。
急いで着替え、部屋を出た。誰もいない家の中から、大騒ぎが続いてる外へ。
柵の向こうに人だかりがあった。たぶんあそこだ。門を抜け、人の間を縫うように走った。
「カガリ!? どうして来たんだ!? 行くな、子供は見ちゃだめだ!」
後ろから誰かがオレを止めようとした。
オレの腕を掴もうとした手を振り払う。
「やめろよっ、姉さんのとこに行くんだ!」
「ダメだ、カガリ! 子供は見るな! 行っちゃダメだ!」
……子供ってなんだよ。
オレはもう11歳だ。魔法を使える素質があるって、イツザイだって言われた。
子供扱いするな。
オレは姉さんを慰めるんだ。それは弟の役目だろ?
──素直に従え、そっちに行くな!
なんだろう、何かが足止めをしてるような気がする。
オレは姉さんのところに行くんだ、誰だか知らないが邪魔をするな。
──やめろ、見たく、ない……!!
人混みの向こうに、地面に広げられた布が見えた。何か乗っている。
……アレは、なんだろう。足?
人をかき分けて近づいた。
「姉さん……?」
布の上に横たわる姿。
コレは、姉さん?
泣き崩れる母さんと、その肩を抱いて震えている父さん。顔が見えない。
周りの騒ぎは変わらないはずなのに、音が聞こえない。
眠っているみたいに目を閉じたまま、姉さんは何も反応しない。
汚れた顔。汚れた身体。
血と、泥と、なにかよくわからないもので全部汚れてる。
足がおかしな方向を向いている。
誰かが上着を掛けてくれたらしいけど、何も着てないのがわかった。
ずっとまえの、友達の言葉が頭の中でグルグル回った。
ただ殺されるより悪い。
服を脱がされて、「すごくエロいこと」をするんだって。
……姉さんは、なにをされたんだろう。
どくん、とおなかにへんな感じがした。
姉さんは弱く呼吸をしているから、生きているのはわかるけれど。
綺麗な胸が、掛けられた上着から覗いてた。柔らかく、たゆんと揺れた。
『カガリ!! ダメだ!! ……見るなぁぁ!!』
それは誰の声だったんだろう。
誰かに腕を強く掴まれ、オレは引きずられるように家に連れ戻されてしまった。
そのまま自室に押し込められ、部屋にロックを掛けられる。
ドアを叩いても誰もいない。なすすべなくベッドに座り込んだ。
おかしい。
頭がぐちゃぐちゃになってる。
わけがわからない。
怒ってる?
悲しい?
それも、あるけど。
なにかがゾワゾワ湧いてくる。
……コーフンしてる?
心臓が耳元で鳴ってるみたいだ。
息がハアハアしてすごく苦しい。
なにこれ、オレ死んじゃうの?
おへその下が熱い。
アレがまっすぐになってる。
ビクビクする。
熱い。
爆発しそう。
姉さんのあんなひどい姿を見て、どうしてこんなふうになった?
こんな事、絶対駄目なことだ。
絶対おかしいんだ。
でも。でも……
──私は、見たくない
オレはもっと、姉さんが見たい。
さわってみたい。
ドキドキする。
身体が熱い。
だめ、これはだめなことなんだ。
エロいのはだめなんだ。
でも……!
──違う、違うんだ。そんなことは……!
「……っ!」
──『違う!』
……こんな
なぜ、こんなものが私の中に存在するのか。
ああ、醜い。
畜生にも劣る。
なぜ。
なぜ、私は……。
ああ、……そうか。
──……私はケモノ以下の、醜い“穢れ”だ……。
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