第7話 言えない、読めない

 うう。困った。


 お布団の中で僕は悶々としている。

 僕の後ろで、僕を抱え込んだ格好でカガリさんが眠っているわけだけれど、正直この状況はかなりキツい。


 後ろ向いていいかな。

 ……目を開けたらどうしよ。


 そしたら僕の方がびっくりする自信がある。

 んで、カガリさんは普通に笑ってからかってくる。

 そこまで見えてるから、やらない。


 うぐ……。

 なんか悔しい。


 ともあれ、カガリさんがやたら気になるんだけど、これはどういう気持ちなんだろうなあ。

 メレさんとかクロマさんが言ってたなあ。


『トクベツなんだ』

『大好き』


 他の人は別に何しててもそんなに気にならないんだけど、カガリさんがなんかしてるのは気になる。

 そういうことなのかな。


 気になる。


 ……後ろにいるんだけど、凄く気になる。

 ちょっかい出しちゃダメ?



 *


 今日の朝ご飯は、野菜と甘辛く味付けして焼いたケモノ肉を山ほど挟んだホットサンドだ。昨日、夜のうちつけ込んでおいた肉をざっと焼いて、タレと野菜と一緒にパンに挟んだやつ。

 それをあぐあぐしながら食べてる僕を、黙って眺めていたカガリさんが口を開いた。


「なんだか眠そうだね」

「……そうですか?」


 気のせいです、と僕は返事をする。

 カガリさんは少し困ったように首をかしげた。


「最近、なにか困ってない?」

「僕よりカガリさんのほうが困った顔してますけど」

「君の態度に困ってる」


 ええ……。

 唐突に、また。


「僕のせいですか」

「うん。私に何か聞きたいことでもあるんじゃないのかなって」

「別にないです……」


 答えつつも視線は下へ。

 カガリさんは何に感づいたんだろう。

 いや、まあ。

 聞きたいこと……あるけど。

 もにょもにょとはっきりしない僕に、カガリさんは少し話を変えた。


「夕べ、起きていたよね」

「気付いてたんですか?」

「うん。寝てると君は動かないから。もぞもぞしてたから起きてるのわかったよ」


 小さく笑う彼に、僕は黙った。

 夕べは確かに長時間起きてた。

 でも、それを知ってるということは、カガリさんも寝てないんじゃないだろうか。


「僕は眠らなくても本来は大丈夫なので。でも、カガリさん眠いんじゃないんですか? ……まさか一晩中?」

「どうかな」


 やっぱりこの人、完徹とは言わないけど、多分かなり長い時間起きてたな。

 どことなく気怠げなカガリさん。

 もしかして、多少ボーッとしてるのかな。

 そういうとこも隠しちゃうから、わからないけど。


 あ……。

 ゆ、ゆうべ後ろ向かなくてよかった。


 顔がちょっと熱いのはたぶん気のせいだ。

 内心焦る僕を知ってか知らずか、彼は話を振る。

 

「このあいだ、メレと会ってきたんだよね。どうだった?」

「ん、と。ごはん食べて、仕立て上がった服を受け取って、変な人やっつけてきたです」

「変な人? あいつらかな」

「やはり心当たりありますか。呪っておいてやったので、彼女の前にはもう姿は見せられないと思います」

「呪うって……」

「メレさんに近づくと、手が潰れる痛みが蘇るようにしてやりました」

「嫌な魔法掛けたね。だから呪いか」

「はい。メレさんが凄く怖がってたから。ちょっとした置き土産です」


 そうか、とカガリさんは頷いた。


「メレからは話をなにか聞かなかったの」

「……カガリさんがメレさんとくらいの話は聞きました」

「する、か」


 顔色一つ変えずに、彼は繰り返した。


「す、すみません。ごはんの時にするはなしじゃないですね」

「いや、私が言わせてるようなものだから」

「すみません……」


 カガリさんは視線を外に向けた。


 ん……?

 言わせてる?


 彼は僕に何を言わせたいんだ?


 僕には、そんなに表情を変えないことはないのに、今日は表情が全然読めない。

 なにかを顔の下に隠してるみたいだ。


 視線を外に向けたまま、彼は訊ねた。


「それを聞いて、君はどうしたかった?」

「え……」

「私の私的な話だ。探ってどうするつもりだった?」


 カガリさん……こっち見ない。

 なんで?


 ……怒ってる?


「いえ、あの……」

「最近、君の行動は少しおかしいと思う。聞きたいことがあるならはっきりと言ってくれないかな」


 彼の表情が読めない。

 これは……。


「う……」


 鼻の奥がツンとする。

 言葉が出てこない。


 ……わかった。 


 僕、変なことばっかりしてる、から。

 カガリさんを、怒らせちゃったんだ。

 

 でも僕、なんでそんなことするのか、自分でもわからない。

 気になるだけなんだよ。

 それだけで、理由はよくわからない。


 ──言えない。


「ご、ごめんなさい……!」


 食べかけのホットサンドをお皿に置いたまま、僕はそこから逃げ出した。


「レギっ!?」


 カガリさんが呼ぶ声が聞こえる。



 *



 僕、何がしたいんだろう。

 カガリさんが言うとおりだ。


 何してたって彼の自由だ、勝手だ。

 それなのに、なんで彼の私的なことなんか探ろうとしたんだろう。

 わざわざ相手にお話を聞きに行くなんて。


 ただ、気になったんだ。


 ああ、でも。


 ……気にしちゃダメだった。


 気になっちゃダメなんだ。

 カガリさんは、たぶん、そういうのが嫌いなんだ。


 バイオノイドらしくしてればよかった。

 誰にでも愛想良く、そしてだれにも踏み込まない。興味など持たない。

 そしたら、彼を怒らせたりしなくてすんだし、こんな気持ちにならずにすんだのに。


 怒らせちゃった。

 ぜったい、嫌われた。


「う、えぇぇ……っ」


 自分の馬鹿さ加減に涙が出る。


 ポーチを掴む。

 もとより、僕がこの家に持ってきたものはこれだけだ。

 ほかは、なにもなかったんだ。


 これと、銀の首輪だけ、あればいい。


 そのまま、カガリさんの家を飛び出す。


 ごめんなさい、カガリさん。

 無神経でごめんなさい。


 それでも、あなたのことが気になって、頭から離れないんです。

 僕から、ぎゅって抱きつきたくなるほど、“好き”なんです。



 こういう気持ちがつまり、『トクベツ』で『大好き』なんだね。 



 やっとわかったのに。

 どうして、こうなるんだろう。

 ああ、ままならない。

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