第16話 ヘーゼル
馬車に揺られて眠っているうちに、僕はカガリさんたちのいる町外れのぶどう畑付近まで戻ってきていた。
保安隊員と一緒に馬車を降りる。
アーニーさんとカサザさんは僕の頭を名残惜しそうに撫でてから、野盗と翼竜の方に向かっていった。
1人になった僕はぐるりと周囲を見回す。そして少し離れたところにカガリさんがいるのを見つけた。
「今戻りました」
「おかえり、レギ。ちゃんと知らせてくれたんだね」
こちらに背を向けて座っていたカガリさんが、顔だけこちらを向ける。
カガリさんが誰かを腕に抱いている。
僕から見て彼の向こう側にいる人は、彼に抱きかかえられているみたいだ。
えっ、テカダさん?
でも様子が違う。
服装は確かにテカダさんが着ていたものとよく似てる。
ただ、そこから覗く足首は細い。
小さな足をテカダさんの靴に入れているけれど、ぶかぶかですぐに脱げてしまいそうになっている。
僕は小走りでカガリさんたちの正面に回り、そしてしばらく固まった。口を開きっぱなしで。
カガリさんが愉快そうにくつくつ笑う。
全部わかってたみたいな顔をしているカガリさんには文句が言いたいし、女性に聞きたいこともあるはずなんだけど、訳がわからなくて言葉がうまく出てこない。
「びっくりした?」
「それは……当然……です、よ……」
カガリさんは若い女性を抱きかかえていた。
彼女は華奢な肩を微かにふるわせ、カガリさんの胸に顔を埋めている。
服装はさっきまで一緒だったテカダさんのものだ。
その場の状況が、僕を無理やり納得させた。
「……テカダさん、本当は女の人だったんですか……?」
「うん。やっぱり気付いてなかったんだね」
「わかるわけないじゃないですか」
ふん、と胸を反らせ、僕はちょっとだけえらそうな顔をする。
「そこは威張るところじゃないよ」
苦笑するカガリさん。
そこで、やっと女性が顔を上げた。
ああ、この人見覚えがある。
……そっか、温泉で見かけた女の人だ。
「レギ君、ごめんなさいね」
彼女は僕に言った。
「依頼で嘘をつくようなまねをして、本当にごめんなさい」
潤んだ瞳はテカダさんと同じ、緑の掛かったヘーゼル。綺麗な目をした女の人だ。
香水なのか、ふんわりと優しい香りがする。
「まだ、気分が優れないでしょう。もう少し休んでいてください」
「もう大丈夫です。カガリさん、ありがとう」
カガリさんが気を遣うが、彼女は首を横に振った。そして、そっとカガリさんの胸から離れて軽く服を整える。
状況証拠として彼女がテカダさんであったことは理解した。
けど、どうして彼女は男性の姿で僕たちに依頼をしてきたんだろう。
こんな状況ではちょっと話が聞きにくい。
「なんで、って顔してるよ、レギ」
「だって……さっぱりわかんないです」
僕の微妙な顔を見るカガリさんはなんだかすごく面白そうだ。
むう、と呻る僕の頬に、白魚みたいな指が触れた。
「ごめんね、レギ君。目的地に着いたらきちんとお話しするから」
繊細な掌が僕の頬を優しく撫でる。
気分的にまだ納得はできないけど、その心地よさに僕はコクンと頷いた。
今日は色んな人にいろんなところを撫でられる日だ。
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