第3話 クロマの密命

 レギの姿が見えなくなると、クロマは盛大なため息を吐いた。


「ああ……、いいな」

「なにが」

「レギ君だよ! ……ユーニティは感覚が麻痺してるのか? そりゃあ、一緒に生活してれば慣れるのかもしれないけれど」


 クロマは夢でも見ているような顔のまま、椅子の背もたれにぐんと寄りかかる。


「あんな子と一緒に生活か。ええ……、羨ましいなあ」

「……そうか」


 苦笑いで答える私に、彼は緩んだ表情のまま呟いた。


「あの子、俺に預けてくれないかなあ」

「なんだ、唐突に」


 クロマはレギの姿が見えないのをもう一度ちらりと確認し、それから私に向き直る。


「上から隠せ、とも言われてないから言うんだけどね?」


 元来悪戯好きな性分の彼は、ニヤリと笑う。


「今回こっちに来たのはさ、仕事もそうだけど上から密命?を受けてるんだよ」

「レギ……セロのことか」


 セロという名を出したところで、クロマは少し意外そうな顔をした。


「話が早くて助かるんだけど、レギ君の素性……そこまでもうわかっちゃってるの?」


 彼はそう言うと、なあんだ、知らないふりしてて損したなあ、と笑った。

 私は頷く。


「ちょっと前に警護隊の招集があった際にいろいろあって……いや、それは君も聞いているか。密命を受けてここに来るくらいだしね。──本人に確かめたよ」

「ひどい奴だなあ。レギくん一生懸命隠してたんだろうに。言いにくいことだってあったはずなのに」

「ボロボロ自分で喋っちゃうんだよ」


 そっかあ、と残念そうな顔をする。

 しかし、ひどいとまで言われるということは、上ではレギについての詳細な情報を持っているんだろう。


「で、ここへ来て急に接触を図ってきた訳は?」


 訊ねるとクロマは、あ、そっか、と言った。


「急に、じゃないんだよ。セロの所在がわかるとね、警護隊のような組織もしくは国……うちの国なら役場が動いて、接触することがよくあるんだよ。『浄化の器』の力が必要なとき、彼に情報を流して行動を促すんだ」


 だから、割と接触はあるんだよ、とクロマは笑う。

 素人が少し調べただけで、あれだけたくさんの足どりが掴めたレギのことだ。国や組織ならばもっと詳細な情報を得ているんだろう。それこそ、いつでも接触が図れる程度に。

 しかしそれならば、あの力を得たいと良からぬ理由から願う国もあっておかしくない。けれどレギは自由に動き回っていて、どこかの国などに所属していたことは、例外を除いて記録上には残っていない。


 ……つまり、それには理由があるということだ。


「予想ついてるんだろうけどさ、セロの行動の自由は『旋律の主』から約束されてる。それを守ることが世界各国共通の最重要項目になってるんだよ。で、セロの自由を奪うような事柄があった場合、相応の懲罰が下されるって言われてる」

「言われてるってことは、確かめた人間は」

「現在存在しているものの中にはいないね。……あの子見て、事情を知ってたら、そんなことできなくなるって聞いたし。実際会ってみて納得したよ、俺は」


 そんな馬鹿な、とか思ってたんだよ?と苦笑するクロマの、その言外の意図も理解する。

 現在存在しているものの中には、ということは、過去存在したものの中にはあった、ということだ。

 シンプルに考えればその懲罰は……。


 背中にゾクリと悪寒が走る。


 クロマは私の顔を見ながら、ポツリと言った。


「密命ってほどじゃないっていうのはさ、レギくんに、この間みたいに国の組織に協力してくれるかってことをちょっと聞いてみたいってだけの話だからなんだよ」


 さき程の話からすれば、警護隊に無理やり編入させるなどの意図はないと理解できる。


 先日、ケガレのマモノが発生した際、レギは狩人として警護隊に臨時編入された。

 有事の際にレギの力を得られるということは、被害者の数から考えても非常に有益なことだというのはわかる。

 無理にレギを警護隊に編入した場合、『旋律の主』の意に反した行動となり、最悪は懲罰となりうるから、緩くレギを確保できることは警護隊上層部からすれば喉から手が出るほどのことだろう。


「なるほどね。でも、それと君に預けるというのとは関係がない気がするけど」

「あ、それは単に俺の妄想みたいな希望だよ!」


 でもさ、とクロマは続ける。


「レギくんが俺と一緒に来てくれたら、すごく嬉しいんだけどなあ」


そしてふふ、と笑う。


 主人がいない状態の戦地用従属型バイオノイドに関して、バイオノイドは自身では従う者を決めることはできないという仕様がある。

 クロマがレギに「来い」と言った場合、私が止めなければレギはそれに従う。作戦命令などについて拒否できないようになっているためだ。


 先日の件において、レギが自ら警護隊に狩人として編入された理由は、おそらくマモノを浄化する自身の仕事に、それが有利だと考えたからだろう。

 ──決して、私が行くから付いてきたかった、というわけではない、と思う。


「ま、それは国や俺に都合がいいだけの話だよ? レギくん、いいなあって思うだけ」


 再び弛むクロマの顔。悪意も他意ない言葉だ。

 本当に単純にレギにやられてしまっただけらしい。


「それにしてもさ、ユーニティ。君はレギくんをどうしてそばに置いてるの。以前の君じゃ、考えられないからさ」

「たまたま拾っただけだよ。道に倒れていて、本人に拾えって懇願されたから」

「あんなの落ちてたら、拾わなかったとき罪悪感がひどそう」


 クスクスと笑うクロマ。


「でも、懇願されたからって、そのあとずっとそばに置いてる理由にはならないよ」

「レギの押しが強かったんだ」


 そう答えながらも、半分嘘だなと思う。

 拾って看病してるうちに情が湧いたとでもいうのか、レギが一方的に助手になると言い出したのをそのまま受け入れてしまった。


「よっぽど、あの子はユーニティが気に入ったんだろうな。たまに誰かのそばに留まることはあっても、こんなに長期に渡ってってことはこれまでなかったらしいからね」


 ふと、闇色の竜が以前ここに来たときに言った言葉が脳裏を過る。


 ……そうか、最初から気に入られてたんだな。


 口許が自然に弛むのが抑えられず、それを目ざとく見つけたクロマにニヤニヤされる。


「嬉しそうだね、ユーニティ」

「……人として自然なことだと思うけど」

「君にしちゃ珍しいよ」


 そう言って、クロマは楽しげに笑った。

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