第2話 テラス席の給仕係
「ここは天国かな。俺は生きながらにしてあの世に召されたのか」
「違うよ、何を言ってるんだ」
「うん、間違いなく天国だな。天使が見える」
「頼むから正気に戻ってくれ」
漸く言葉を発する彼に、私は少し呆れながら答える。よほど彼の視界に入ったそれがお気に召したんだろう。
「いらっしゃいませです。カガリさんのご友人の方ですね」
そう、少し困惑気味に言うのはレギだ。
……レギだと思う。
トコトコと近づいてきたそれは、クロマの前で立ち止まった。
もしかしてレギがたまたま作ってしまった、なにかの人工生命的な物かもしれない、という疑念はある。
レギらしきそれは、普段の彼とはかけ離れた姿で、さすがに私もそれをレギだと言い切ることができない。
頭にわざとらしいほど大きな猫の耳をつけ、ふさふさと豊かな尻尾を揺らしたレギらしき子供。
青みのかかった銀糸の髪に大きなアーモンド型の目、天色の瞳。
多くの人間が好ましく思うだろう容姿はレギの特徴……だ。
それの顔立ちは確かにレギではあるが、ぷくっとした口元は猫のような丸みがあり、さわってみたくなる雰囲気だ。
そして、口を開けば申し訳程度に長くなった犬歯が覗く。
猫らしい毛が生えているのは尻尾と耳の外側だけで、それ以外の皮膚は普通の人の肌だった。
「あっ、申し遅れました。僕、カガリさんの助手をしているレギと申します」
そういってペコリと頭を下げる。
頭に生えた耳は伏せられて、いわゆるイカ耳になっている。
……いや、そんなことはどうでもいい。
やはり、これはレギか。
「レギ、その姿は一体……」
恐る恐る尋ねると、彼は戸惑った顔をした。
「あ、あのですね。前に調整するってお話ししてた粗悪品の『姿写しの小箱』を弄ったんです。調整が上手く行ったので見ていただこうと思ってて……、喜んで立ち上がった拍子に、作業台に置いていた飲み物ひっくりかえしちゃって、仕方ないからお着替えに首輪で服を生成したらですね……」
こうなった、とスカートを摘まんでみせた。
いままでこんな服が生成されたのを見たことがない。
こんなデザインも生成されるのかと、そういう意味でも驚いたのだが。
レギは黒いパフスリーブワンピースを着ていた。
細いリボンで飾った襟の下は胸元が開いたデザインだが、本来がっちりした体型の彼の肩まわりがいやに華奢に見える。下はふわりと広がるサーキュラースカートのようになっていて、中にはかなりのボリュームがあるパニエを履いているようだ。先ほど来の、レギが歩くときにカサカサ鳴っていたのはこれだ。
ワンピースの上にはフリル付きの白いエプロンドレスを着けている。
さらに、ただでさえボリュームがあるパニエの下から、長毛種の猫のような、艶のあるフサフサした尻尾が出ており、パニエのボリュームをさらに増している。
足元は普段履いているスーパーロングブーツではなくローファーだから、いつもよりさらに小柄に見えた。
レギはそもそも性別が不明瞭なので、どんなデザインでも(サイズ的な問題はあるにしても)着る分には特に拘りはないらしい。
レギの姿はウッドデッキと庭先の風景に相まって、喫茶店のテラス席に来た
「……なあ、ユーニティ。あの服はなにかの舞台衣装なのかな? とても素敵なんだけど」
「私に聞かないでくれ。私には理解不能だ」
クロマはやや早口に私に尋ねる。しかし、そんなことを私に聞かれたところで、私も今初めて見たのだから答えようがない。
「や、やっぱり変ですか? お見せしたかったのは小箱の成果だけだったんですけど、服がこんなふうになっちゃって。仕方ないからこの服のまま見ていただこうと思ったんです」
服のデザインに慌てて再度生成を試みたものの、3回続けてこんな感じだったらしい。
困った顔をしているので嘘ではないだろう。そもそも嘘などつけるような子でもない。
へんですよね、とだんだん小さくなるレギの声に反論する声が上がる。
「いやいや、なにも!! なにもおかしくないよ!?」
むしろ眼福だよ!と、ガタンと勢いよく立ち上がるクロマ。
……興奮しすぎだ。
レギの耳が、ペタンと伏せた。
*
「えっと、君がレギ君か。なるほど……」
興奮を隠さないクロマに、レギが困惑している。
耳が完全に後ろ向きに伏せたイカ耳状態で、さらに尻尾は足の間に挟まってしまっているのでわかりやすい。
「クロマ、レギが困っているよ。食いつきすぎだ」
「……あ、いや、済まなかった。いやしかし、見事なしっぽと耳だね。素晴らしいじゃないか」
彼はさっきの話をちゃんと聞いていたらしい。
この耳と尻尾が今回レギが一番見せたかった物なのだと。
「は、はい。小箱の調整がとても上手く行ったんです。大きさも位置も調節することができるのです」
「『姿写しの小箱』の調整?」
「……しゅ、趣味です」
レギの答えに、凄い趣味があったもんだと素直に驚くクロマ。
それも当然の感想で、魔法細工はかなりの高度な技能と能力を必要とする。通常は細工師に師事して技能を身に付けていくものだ。一般人がホイホイと趣味として遊びついでにやれるような物ではない。
さらに言うなら『姿写しの小箱』は魔法細工としてはかなり高度な技能を要する物だ。
狩人や商人なら大概持っているベルト鞄より、複数の素材を複雑に連携させて機能を実現させている『姿写しの小箱』は難易度の非常に高いアイテムと言える。それ故に高価なのだ。
それを趣味で調整、と言われれば、普通は驚く。
興味深げにレギを眺めていたクロマは、満足そうに大きく頷いた。
レギの尻尾が足の間から出てくる。
少し警戒感が薄くなったらしい。
ふさふさと左右に揺れるそれ。猫と同じならば、なにか考えている時の動きだろう。
そう言えば近所の猫に長毛種はいないが、そのフサフサはどこの猫のものだろう。大きさも位置も調整できる、と言っていたし、毛の量まで調節できるのか。
それをたずねると、レギは待ってましたとばかりに胸を張る。
胸元がふっくらとして見えるが、それは服のデザインのためだろう、多分。
「これはですね、写真や絵でも情報を取得できるようにしたんです」
そして、やれ3Dだの立体的な構造だのと、恐らくはビコエにもよくわからないだろう用語を並べながら、嬉々として説明らしきものを始める。
「……という具合で立体イメージになったものを対象の表面上に構成するんです」
「へ……へえ。そう、なんだね、スゴい、ね……?」
残念ながらその話は1割ほどしか私たちには理解できなかったが、クロマの困惑気味な様子にレギは気付いていない。
むふん、ととても満足げだ。
耳もピクピクしながら元気に立っている。
「……つまり、そのしっぽは長毛種の猫の写真を元にしているということかな」
私が聞くと、猫耳の頭が満足そうにこっくりとうなづいた。
ニンマリと笑うと、まさに猫人間だ。
すっかり機嫌もよくなったようで、尻尾は嬉しそうに立ち、耳はピンとこちらに向けられている。
尻尾はスカートを持ち上げている。後ろに回ったらスカートの中が見えてしまっていそうだ。
……いや、気にすまい。
たしか、普段から履いていなかったが、誰も後ろにはいないのだし。
困惑しつつもレギに興味深々のクロマの様子に、レギも満更ではないらしい。
そしてそこで、レギはようやく気が付いた。
片耳がピッと伏せる。
「あっ、失礼しました。つい嬉しくて自分のことばっかりお喋りしてしまいました。お茶を用意してありますので、お持ちしますね」
急に姿勢を正したクロマが、お構いなく、という。
クスリと笑ってお茶を取りに、尻尾をふさふさと揺らしながら戻るレギを、彼は魂が八割程抜けたような表情で見送った。
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