第19話 隠匿結界

 次から次へとやってくるケモノは、一体一体は大したことないものの、ケガレが際限なく生み出す。

 カガリさんは銀鈴を軽く握り、僕を片腕で抱え込むと大きく右に飛んだ。


「さて、そろそろだ。私はこちらから、君らはそちらから回って」


 短い指示だが、ビコエさんとトズミさんは軽く頷き向こう側へ走る。

 大量のケガレを相手に戦うのなら固まっている必要はないのだ。

 互いを巻き込む心配がない程度に距離を空けたほうが、魔法の威力・範囲とも高い高ランク同士は戦いやすい。それに、今回は互いの位置や敵の位置が把握できる分、普段より連携も取れる。声を飛ばすこともできるから問題はないし。


 カガリさんは僕を降ろすと、ビコエさんたちとは反対側に向かって駆け出す。その後を僕も付いていく。

 走りながらスクリーン上で確認すると、ケガレはまだ300メートル程度離れた位置をウロウロしていた。

 

 僕たちが3つに別れたことで、どれを標的にするか決めかねているようだ。

 そしてほんの僅かな時間のあと、ケガレはかなりの高速で移動を始めた。

 

 僕たちのいる場所から少し後退して離れると、僕らを囲むようにおおきく円を描くように動いている。

 そしてその軌跡には大量の紫の点がばらまかれ、それぞれが赤い点に向けて進む。


「大量のケガレで私たちを囲むつもりだね」

「昨日の小隊相手にやったことをするつもりでしょうか」

「そうかもね。でも、暴走しているマモノが作戦なんて考えているかどうか」


 スクリーン上にはそれを裏付けるようなメッセージが表示される。


六脚むつあし 50

▼Unknown 3


 六脚が出てきたが、こいつらの対応はビコエさんの守護・加力で問題ない。

 さらに紫の点の未知のケガレ。

 こちらはたった3体だし、それほど大型でもないが。


『ここからは目視でも確認したが、黒っぽい馬みたいな奴だ。短い角が額に1本生えてるぞ』

「こっちにも2体いる。君が見てるのと同じような姿だ。子馬くらいだね」


 案外小さいな、とカガリさんが言い、ビコエさんが笑う声が遠隔魔法で聞こえてくる。


 カガリさんたちが言う角の生えた子馬が2体、僕からも確認できる。

 そのうち1体がいなないた。


 角が光る。

 馬の頭がグンとカガリさんの方を向き、直後、角から光の槍が放たれた。


 ほんの一瞬の出来事だった。

 光の槍は、彼の左胸に突き刺さる。


「か……カガリ、さんっ……!?」


 衝撃でのけぞった彼は、そのまま後ろに倒れ──


 ……──なかった。

 

 パキンという音とともに、何かが砕け散ってバラバラと地面に落ちていく。

 見覚えのある金属パーツが見えた。


 カガリさんは衝撃を受け流しながら後ろに一回転し、トンと着地して体勢を整える。

 衣類に焼け焦げた穴が空いているものの、血の一滴も出ず、無傷のようだ。


 彼はお返しとばかりに銀鈴を弾く。

 彼の周囲に生み出された、赤黒い炎を纏う弾が数十個。

 

「黒焔弾」


 もう一度鳴った鈴の音とともにそれらは高速で放たれ、角の馬を含む周囲のケモノたちを追撃する。そして着弾した弾はケモノを黒い炎で飲み込み、焼き尽くした。


 周囲に肉が焼け焦げるにおいが充満するが、まったくそんなことなど気にもせず、カガリさんは服に空いた穴を見ながら胸元を軽く払った。

 キラキラと青い破片が落ちていく。


「カガリさんっ、だ、大丈夫ですかっ!?」


 駆け寄る僕の頭をカガリさんはポンポンした。大丈夫だよ、と言うかわりに。


「君が作った護符宝珠タリスマンだ。光槍がこれで打ち消されたんだ」


 衝撃は来たけど大丈夫だったよ、と彼は笑う。


「でも危なかった。これがなかったら死なないまでも大ダメージだった。助かったよ」

「いいえ、……お役に立ってよかったです」

 ぶすぶすと煙を上げ、まだくすぶるケモノの死体を横目に、僕は安堵の息を吐いた。


 *

 

 周辺はカガリさんの黒焔弾で一掃されたものの、マモノはさらにケガレを生み出し続けている。

 

 まったく、よく飽きないものだ。 

 なんとしても僕たちをケモノで潰そうっていうことなんだろう。


 スクリーンで数を見れば、ケガレの総数は既に150を超え、さらに増え続けている。

 カガリさんがいま倒した数は15前後だろう。

 毛皮だの宝珠だのの回収を度外視でやってしまえば、一掃するのはそれほど難しいことじゃない。現在いる150も、ただ倒すだけなら彼ら3人でも余裕はあると思う。

 しかし、マモノの速度やばら撒きの早さが尋常じゃない。


 そう、これでは埒があかない。

 スクリーン上で見ると今は優勢なトズミさんたちだが、そのうち物量に押されてやられてしまう。

 経験上、彼らもそれはわかってるだろう。

 

 そしてもし彼らが突破されたら、後方にいる警護隊はひとたまりもない。一般人よりははるかに戦えるけれど、これほどの数に押し寄せられたら対応は難しいだろう。

 高ランク狩人が手こずる大量のケモノに低ランクや警護隊などがかかっても死体の山ができるだけだし、そうなれば近隣の村や町に被害が出るのも時間の問題だ。


 過去に現れたケガレのマモノによる被害は、高ランク狩人で抑えた事例がほとんどだ。中にはそうでない事例も存在するが。

 低ランクが束になって掛かったって、ケガレのマモノには傷一つつけることはできない。せいぜい侵攻を多少ゆっくりにすることができるだけだ。

 マモノを倒しうる能力がある者が到着するまでは、町や村の被害をなんとか小さくするために、対応するしか方法がない。


「参ったね。物量で攻めて来るようなケガレとは」


 再びじわじわと包囲を狭めてくるケモノたちの点を眺め、さすがにうんざりした様子でカガリさんが呟いた。


『キリがねえよ、今はこっち優勢だけどさ。……押し切られたら後は大被害一直線だな。それに、あんな速度で動き回られたら追いつけねえよ』

『でもケガレを止めないとどうにもなんないわね、これ。この物量出せるケガレじゃ、あたしたちができることもない気がするけど』

 遠隔で飛んでくるトズミさんの声に、諦めのようなものが聞いて取れる。


 カガリさんは暫く考えたあと、口を開いた。

「一つ頼みがあるんだけど、いい?」

『なんだ?』

「これから話すことは他言無用だよ」

『うん、いいわよ』


 面白そうね、とトズミさん。

 

「ケガレのマモノをレギに任せる。私たちはケモノに対応しながら、レギとマモノ周辺を隠匿結界で隠す」

『お、いよいよレギ君登場か。いいぞ』

『ええ……? なんでレギちゃんがひとりで……?』


 トズミさんは動揺する。

 事情を知っているビコエさんは、ああ……と言葉を濁した。言っていいものか?と考えているようだ。

 他の2人は知ってて彼女だけが知らないことを、僕は思い切って伝える。

 

「あの、僕……、実は……狩人のランクでいうなら透明クリア以上なんです……」

『……冗談でしょ……?』


 一瞬の間をおいて、トズミさんが半笑いで答えた。

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