第18話 仕事

 湖岸の草原は広く、見通しがよい。

 満月に近い月の仄かな光にぼんやりと照らされ、かなり遠くからでもそこを行くものが見える。


 スクリーンを確認すると、それはケガレのケモノのようだ。未知のケモノの為、スクリーンに名前は出ていない。

 奴が進む先は森だが、その先には南からのルートで来た分隊が待っている。

 程なくエンカウントの黄色いリングが表示され、僕の目からもケモノが狩人と戦っているのが見えた。


 通常視界では見えないけれど、スクリーン上ではこの周辺に霊体型のケモノがうようよしているのがわかる。


「それじゃ行こうか」


 カガリさんの声に、ビコエさんと、いつの間にかビコエさんの背から降りたトズミさんがそれぞれ頷く。

 僕も頷いてカガリさんの服の裾を掴むと、彼は僕の頭を撫でた。


 さく、と草を踏む。

 ここから先は草原だ。

 足場は森の中よりは良いが、身を隠すものがないからケモノやマモノに間違いなく見つかる。


 ケモノは人を見つけたら必ず襲ってくる。

 下手をすれば、ここにいるものが全部こちらに向く。

 ケモノやマモノがいる草原を進むというこの行為は、普通の人間にとっては自殺行為に等しかった。


 歩きながらビコエさんが左手をピアスそばに持っていく。


「守護・加力を掛けるぞ」

「それなら今度は4人分ね」

 トズミさんの問いに、ん、とビコエさんが一瞬動きを止め、カガリさんを見た。

 どうする?と彼の口が動く。

 カガリさんは軽く首を横に振った。


「だよな。3人分でいいって」

「え、誰が要らないの?」

「レギはまだしばらく動かさないよ。『空からの目』も動かしてるから」

「ああ、そっか、大変だもんね」


 カガリさんが答えると、トズミさんは納得して頷いた。


 でもまあ、これは建前だ。

 『空からの目』はほぼ自動で動作する魔法ものだから、集中力とか全然関係ない。


 ──これはカガリさんの、僕を動かさないためのいいわけだ。


 カガリさんの横顔を下から見上げ、僕は小さくため息を吐く。

 有り難い、けど。

 僕がここについてきたのは……。


「んじゃ、発動するぞ」


 ビコエさんは再び加力の魔法を発動した。僕以外の3人に対して。

 キン、と澄んだ音を立て、ビコエさんのピアスが光を放つと、青い光のリングが彼ら1人1人の周りに現れ、スパークするみたいに光って消えた。

 ビコエさんのピアスは青く光を放ち続け、力の継続を示しているけれど、対象が自分を含む3人だからごく普通に動けるようだ。

 迎撃準備は完了、といったところだ。


 歩を進めながら、広い草原をぐるりと見渡す。

 僕の目には、遠くに2、3体のケモノらしき影が映る。ただうろついているだけの影だ。それほど大きなケモノではないから、もしかしたらさっきの内臓みたいなケモノの生き残りかもしれない。

 

 そして今度は脳内のスクリーンを確認する。

 脳内には360度の周辺の映像とスクリーンが重なって表示されているので、僕は意識の目をそちらに向けた。

 可視光での映像ではなにも映っていないところに、スクリーン上では白い点がいる。

 カガリさんたちには普通にそれら霊体型のケモノが見えているそうだ。

 僕にはまったく知覚できないけれど。

 たぶん、彼らは『音』のなにかを見てるんだろう。


 だから僕も含め、何が周囲にいるかは全員が把握できている。

 前方から近づいてくる数体の霊体型ケガレは、どうやら僕らを標的としている。動きは遅いがまっすぐこちらに向かっている。


 歩きながらトズミさんは矢をつがえる。

 一瞬、弓を薬指の爪で軽く弾くと小さな金属音がし、やじりが白い光を帯びた。


「さあ、対霊体型の光矢を味わいなさいよぉぉ」


 叫ぶ彼女はなんだかものすごく嬉しそうだ。


 限界まで引いた弓から矢が放たれる。

 彼女が放った矢は白い光の尾を引き、何もないように見える空間に止まった。

 スクリーン上の白い点が一つ消える。


「やったぁ、普通の対霊体魔法で十分効く! サクサク行くわよ!」

「頼もしいね。頼みます先輩」

「ユーニティ、働け」

「私はさっき働いたよ」

「あら、奇遇。あたしもよ? まあでも、あたしの弓矢すごいから?」


 にひひ、と笑うトズミさん。

 そこにビコエさんが突っ込む。


「俺の加力が効いてんじゃねえの。威力上乗せ」

「あー、そうきたか、そうよね」


 ちぇ、と口を少し尖らすが、やっぱり彼女は楽しそうだ。

 カガリさんが彼らに注意を促す。


「よそ見してると来る」


 カガリさんが銀鈴を軽く弾いた。

 チリと軽やかな音が響く。

 彼らのほんの数メートル手前と、それより少し離れたところで青白い炎が一瞬燃え上がって消えた。同時に2カ所だ。

 スクリーン上ではその位置にあった白い点がまた消える。


 やるわね、とトズミさん。

 その時だ。


「あっ!」

「来たね」


 トズミさんが短く声を上げ、カガリさんは鈴を軽く握る。銀鈴がヂリと窮屈そうな音を立てた。


 マモノを表す白い点が住処とおぼしき場所からそろそろと動き出した。

 そして、その進路に平行するようにしてぽつりぽつりと紫色の点が現れる。

 

「……面倒くさいことになるかもしれないな」

「こんどの紫の、変なもんでないことを祈りてえな」


 カガリさんはうなずきながら空いていた右手で腰に下げていた片手剣を抜く。

 銀鈴を軽く弾くと、刀身がうっすらと淡い光を纏った。

 何かの付加魔法だ。

 接近戦になった場合の保険だろうけど、そもそも敵の接近を許すような人じゃないことを考えれば、かなり緊迫してきているんだろう。

 いままで彼が剣を主体に戦ってるのは見たことがない。

 敵の接近も視野に入れているということなんだと思う。


 ちなみに、魔法使いが武器を手に戦うということについて、そもそも「狩人」の魔法使いは「魔法しか使えない、精神力はすごいんだけど体力は大してないひ弱な人物」というイメージとはほど遠い。

 まず、狩人は山中を駆け回るから、生半可な体力では戦うどころではない。みんな相当に身体を鍛えている。

 それに魔法は多少発動に時間がかかるから、瞬間的に対応しなきゃいけない場面はやはり武器頼みだ。

 カガリさんみたいに索敵が使えるような人ならともかく、普通の狩人は魔法使いであっても武器を使いこなせなければ即座にケモノの餌食だ。

 カガリさんも索敵を使うようになったのはある程度ランクが上がってきてからのことだそうだから、やはり武器は使えるし、山歩きと戦闘に耐える身体も作っている。

 これから起こるだろうケモノたちとの戦いに備え、僕以外の3人はそれぞれの武器を握った。


 スクリーン上はいよいよ大変なことになってきていたし、遠目から見てもケモノがたくさん現れたのが見えている。


 再度確認する。

 僕たちがいる場所は、最初マモノがいた位置から南西に500メートル程度離れた位置だ。

 今、マモノは紫色の点……ケガレのケモノの数を少しずつ増やしながらこちらに近づいてきている。

 迷いなくまっすぐにこちらへ、だ。

 月光の照らす湖岸、こちらから周辺が見渡せるということは、逆に向こうからも見えているわけだ。

 僕らを人間と認識したなら、間違いなく僕たちを狙う。


 ケガレは、人を憎むから。


 僕はカガリさんの服の裾を握り、黙って彼を見上げる。

 すると、彼は僕の頭をポンと叩いた。


「出番だよ、レギ」

 彼は僕の顔を見て、ふっと笑った。


 ……カガリさんのことだから、わかってもいただろう。

 僕の黒くひび割れた、『無垢の宝玉』が何を表しているのか。

 あまり派手に戦わない理由も。


 僕が以前話したことも、覚えていてくれたんだろう。






 ──壊れたマモノを狩るのは、僕の『仕事の一つ』だ

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