第17話 月下の草原

 カガリさんが通信機を切った。

 ふう、と軽く息を吐く。


「小隊の被害は軽傷者5名のみ。衛生隊で処置も完了したそうだよ。さすがだな、ビコエ」

「俺の加力はスゲぇからな」


 そこそこの早足で進む僕たちは、スクリーンを確認しつつ白い点を追っていた。

 後方支援部隊もさっきの「青狐」戦では4体ほどを倒すことに成功した。ビコエさんの「守護・加力」はあったとはいえ、魔法使いがいない状態でアレを短時間でやるとは大したものだ。

 実際対峙してみてわかったけど、「青狐」の毛皮にはかなりの耐刃性能があったはずだから、並の剣や弓矢で相手をするのは大変だったと思う。

 逆に考えると、あの毛皮は見た目もいいから素材として優秀だろう。回収班が回収してるはずだから、そのうち市中に出回ると思う。


 後方支援部隊は、このあとその場に留まって、僕たちがうち漏らしたケガレなどをそこで始末することになっているそうだ。


 *


 ケガレと思われる白い点は、コスバの住処付近に留まって動かなくなっていた。


 僕はカガリさんに尋ねる。

「ケガレ、止まりましたね。白や紫の点は今のところ増えてないですけど」

「そうだね」


 住処周辺をうろうろしている紫や白の点も、特に動きに変わったところはないようだ。

 追いかけていた白い点が他と混ざってしまうので、僕はマモノと思しき白い点に三角のマーカーを付けた。


 スクリーン上の地図で、コスバの住処と思われる場所の周囲には、僕たちを表す赤い点の他、5,6個かたまった橙色の点の集団が二つあった。


「他の分隊はもう待機しているようだね」

「だなあ。急ごうぜ」

「元気ね、ビコ。あたし疲れてんだけど」


 足取りも軽く進むビコエさんに、トズミさんが服を引っ張って無理やりおんぶするような格好をする。


「重い!」

「女性に重いとか失礼な男ね。モテないよ?」

「余計なお世話だ! 乗っかるな! うえ、おめぇ!」

「まだ言うか」


 そんなことを言いながら、ちゃんとおんぶしてあげるビコエさんは男前だ。何気にこの人たち仲良い。

 ビコエさんのピアスの飾り、ちょっと光ってるからなんか魔法使ってるけど。


「とりあえず急ぐよ。むこうを待たせてる」

 カガリさんが苦笑いし、ビコエさんたちを促した。


 *


 狩人小隊はもともと3つに分かれて行動している。


 ヤーキマから真東に進み、2キロほど進んでから北東に進路を取るルートが僕らだ。

 1つめの分隊はヤーキマの北から北東へ進み、ディスナの湖の南を通ってケガレの住処に向かうルート。

 もう1つの分隊は僕らの出発点より南に500メートル離れた所から僕らのルートに沿うように進むルートだ。


 2分隊は、僕たちが進む間に既にコスバの住処周辺に到着していたようだ。

 僕たちはその中央に突入し、直接マモノを狙う。2分隊はそこから出てくるケガレを逃さないように展開する。


 現在、僕たちはケガレの住処まで800メートル程度南西の位置にいるが、他の隊も距離的には500メートル程度のところでそれぞれ待機している状態だ。時々うろうろしている紫の点がそれら分隊付近で消滅するのを見る。


 今回の狩人は魔法使いで固めてるし、ランクも低いわけではない。だから数体程度のケガレなら苦労せずに倒すことができるだろう。

 「六脚」が現れたとしても彼らに任せておいて問題はない。情報はあるから対応はできる。

 

 気になるのは僕たちが相手をすることになる霊体型のケガレたちだ。今は特に動きはないが、マモノが近くに戻って来ているし、場合によっては数がまた増えるだろう。

 それどころか、別の種類のケガレが出る可能性だってある。

 ケガレがどのような動きをするかによって、僕たちは臨機応変な対応を迫られる。


 そして、カガリさんはまだ、僕を動かそうとしない。


 ケガレのケモノは、すべて3人で何とかしようとしているようにも見えた。

 ……僕には霊体型が知覚できないことが理由だろうか。


 もしかして無差別攻撃とかしそうだとか思われてるのかな。

 一応『空からの目』があるから、おおよその位置の見当をつけて攻撃できるんだけどな。


「カガリさん、僕も……」

 戦いますよ、と言いかけたところを彼は止めた。

「君には出番があるから。温存しておきたいって言っただろう?」

「……そうですけど、僕は……強いです」

「それも分かっているよ。でも──」


 ──それは人に知られたくないことじゃないのかな


 彼の形の良い唇が動き、その声は耳元で聞こえた。

 声を飛ばして、ダイレクトに鼓膜に伝えてきた音。

 吐息まで感じて、思わず耳を押さえた。

 背中がぞわわわっと慄く。


 クスクスと笑って、彼はそれ以上僕にものを言わせなかった。


 確かに、もし後方支援部隊の前で僕が戦ったら、面倒なことになりそうだ。

 でも、さっきみたいな飽和攻撃をまたやられたら、今度は犠牲者が出るし、そもそもその後方支援部隊はここにはいないじゃないか。

 

 僕がここについてきたのは、カガリさんの助手だからっていうのもあるけど……。


「森を抜けるよ、レギ」

 カガリさんはしばし黙り込んでいた僕の背中をポンと叩いた。 

 森を出たところは霊体型のケガレがうろついている場所だ。


「広い草原よ。見通しばっちり。こっちからもむこうからも丸見えちゃんだわ」

 ビコエさんの背でトズミさんがウンウンと頷く。

 

「いい加減降りれや、胸当てが痛えんだよ」

「やあよ、そのくらい我慢しなさい」

 半ばあきらめ顔のビコエさんに背負われた彼女は、ビコエさんの肩を揉みながらそんなことをいう。


 少しずつ明るくなる森の中。やがて、木々の向こうに草原が見えてくる。

 数本の木の間を通り、ついに森を抜けた。

 僕は月が照らす草原を見て、思わず呟く。


「今日……お月さん出てたんですね」

「木が茂ってるから見えなくて気付いてなかったんだね、君は」

 カガリさんは少し面白そうに言った。


 時刻はそろそろ夜9時になろうとしている。

 月はいつ頃から出ていたんだろう。

 綺麗な満月に近い月が、まだ少し低い位置で白い光を湖面に落としていた。

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