第16話 レギの“魔法”

 ケガレの「青狐」は考えていたよりかなり大型だ。それが2頭も現れると、結構な迫力がある。

 体高だけでも僕の身長より、いや、たぶん大人の男性よりも大きいだろう。

 このキラキラ輝く毛皮は、恐らく刃物の通りは悪いだろうし、大き過ぎて僕の双小剣では致命傷を与えるのに少し余計に手数が掛かる。付加魔法を使えば問題ないけど、……それだとなあ。


 それに、カガリさんには僕の力は温存しておきたい、と言われている。

 本当はわざわざ温存しなきゃいけないほど体力がないわけじゃないんだけど、どうもカガリさんには僕をあまり戦わせたくない、という気持ちがあるらしい。

 なぜかは……たぶん……、いや、僕にはよくわからない。


 そばでビコエさんが見ている。

 彼はどうも僕についてなにか知っているらしい。

 どのくらい、どんなことを知っているのか。そこに興味がある。

 僕がただ普通に双小剣で戦っても、彼にとってはそんなに面白いことはないだろうし、魔法を見せたらなにか話してくれるかもしれない。

 それに、どうせ剣に付加魔法を使うなら、魔法一発で仕留めたって同じだ。


 軽く手を掛けていた双小剣から手を離す。

 それじゃ、デモンストレーションと行こう。

 普段、この程度のケモノには使わない魔法ものを、彼に見せてあげよう。

 

「ビコエさん」

「ん? なんだあ?」

 彼は面白そうな顔をしている。

 まるで目の前にいるケガレなど気にもしていないようだ。

 もしかしたら、ただ動けないだけで、自身を守る魔法くらいは発動してるのかもしれない。


「特別、ですよ? カガリさんには温存って言われてるけど、魔法を見せてあげます」

 お!と彼は目を輝かせた。

 比喩ではない。……単純にピアスの青い光が目で反射してるだけなんだろうけど、キランと目が輝いている。

 うーん、こういう反応を見るに、もしかしたら歴史ファンの類いかもしれない。


 研究者なんかでなければ、僕の身の危険というか、誰かに連れてかれちゃうとかもなさそうだ。

 そう思いながらも、僕の警戒心は低すぎるって、例の件以後はカガリさんには四六時中言われてるので気を付けるに越したことはない。

 

 僕はおもむろに左手を喉に当て、ぐ、と軽く握った。

 僅かな痛みと共に、喉の内側の音を出す部分がグギと鳴る。それが続けて、2度。

 明らかに引いているビコエさんを横目に、僕は喉から手を離す。


「んっ、……あ……あー、あ。うん、よし」


 発声テスト。

 普段の声に、二つの音が重なる。

 発声器官が増えてる。

 準備完了だ。


「え、なにそれ」

 ビコエさんに尋ねられて、僕はチラリと彼に目配せをする。

「まあ、見ててください」


 口の中に僅かに血の味。

 呼気と一緒に出てきた僅かな血液。鉄錆のにおいを噛み潰す。

 

 くふふ、と笑いがこぼれた。ああ、久しぶりだ、この感覚。


 右手を水平にまっすぐ前に出す。

 手指を握った状態から、指を2本伸ばした。

 

 ──僕が魔法の媒体に使うのは、声だ。


「ひかり」


 ギュン、と2本の指先にそれぞれ白い光のパーティクルが集まり、小さな光の球体を結ぶ。一瞬の間をおいて1ミリに満たないそれを「青狐」に向けて放った。

 それはまるで蛍のようにスウと飛び、逃げようと動いた「青狐」たちを追って、それぞれ1頭ずつの眉間にふわりと止まった。


灼熱光しゃくねつこう


 強い真っ白な光が弾け、ケモノのうなりが消える。

 断末魔すら上げる間もなく。


「……おお、スゲえなあ」


 ビコエさんが感嘆の声を漏らす。

 「青狐」だったものは、かたちをそのまま残した真っ白い灰の塊になった。

 少し強い風が吹くと、灰はさらさらと風に攫われて舞い散り、その後には「青狐」が持っていたらしい青い結晶が4つほど、ビコエさんの魔法の光を僅かに反射して光っていた。


「はー……。スッゲえ魔法使うなあ。カガリからは君は普段、剣ばっかり使うって聞いてたからさあ。本当に魔法使いなんだな」

「剣で切る方が早いような気がするので、普段は魔法使わないなのです」

「魔法使わない、なのかあ」


 へえ、と彼は顎を軽く撫でた。


「で、その声はなんなんだ?」

「これですか。僕の秘密兵器です」

「兵器って」

「ここで直接火を吐いたりはしませんけど、それに類することはできますから」

「怪獣みたいだなあ」

「こんな可愛い怪獣いません」

「言うねえ。──うーん、見たとこ声帯増やして、魔法の同時多重掛けみてえなことをやってるようだが」

「よくわかりますね、ご名答です」


 僕の答えに、彼は妙に納得した様子で頷く。


 彼が言うとおり、さっきの魔法は声帯を増やして同時発音できる音を3つにし、同時に複数の魔法を使うものだ。

 今回は威力の強化のため、同一の魔法を3重に使った。

 ただ光で焼くだけの魔法が強化されて、相乗効果もあり瞬間的に超高熱を発生させたってわけだ。


 ふう、と息を吐き、脳内のスクリーンに意識を向ける。

 僕たちの周りには、これ以上は紫の点は来そうにない。


 スクリーン上では紫の点は数をどんどん減らしていたが、まだ遠くから人の悲鳴やケモノの断末魔は聞こえている。

 カガリさんとトズミさんを表す二つの赤い点が進む先では紫の点がどんどん消え、やがて彼らが橙の点に到達すると、残っていた5、6個の点が消滅した。

 

 スクリーン右下から「青狐」の文字が消え、ほぼ同時に遠くから勝ち鬨が聞こえた。

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