第20話 光の雨
「こんな時に冗談なんか言いません。本当です」
大真面目に僕は答える。
それがなんだか余計に面白かったらしく、トズミさんはぷぷぷ、と吹き出した。
『まあ、驚くよなあ。普段、トズちゃんの罠に掛かってピーピー泣いてるくらいだしなあ』
「それをいま言いますか……。うう、怖いものは怖いのです」
ビコエさんとカガリさんも笑う。
……そ、そこまで笑わなくっても。
一応、自称・最強の魔法使いっていうのはいつも言ってるはずだけど、やっぱり冗談に聞こえるらしい。
『でもなあ、俺、目の前でレギ君の証石が黒くなってひび割れるとこ見たんだよなあ。色が次々に変化してって、最後に透明から黒になってひび割れるとこをさ。
『うう……ん』
呻った後、こんな状況でみんなで冗談を言うわけもないわね、と彼女は呟いた。
『いま、あんたたちが揃ってそう言うんなら、信じるしかないか。どっちにしたって手はないんだし、その話にのってみるのも面白いわ。どうせ何にもしなければあたしたちが最初にマモノに殺されるんだからさ』
「そういうことだね。でも、幸いにしてこれは冗談じゃないよ」
カガリさんはもう一度笑う。
ほんの少し、ゾクリとするような何かを感じる笑い声。
愉悦……だろうか。
ともあれ、了解と協力は得られた。
僕が力を振るうために必要な隠匿結界は、彼らによって作られる。これならば警護隊にあとで追いかけられることなく戦える。
“身バレ”すれば、また身を隠しながらの旅に戻らなくてはいけない。
カガリさんからは、目的のためにはまだ離れたくないから、できればそれは避けたかった。
……よかった。
*
カガリさんたちはスクリーン上を確認しながら相談している。
ケガレの動きを予測し、これを隠匿結界に入れるにはどう動けばいいかを。
3人を結ぶ三角の中にケガレが入ったところで隠匿結界を発動する、という計画だ。
隠匿結界は高ランクが3人がかりで展開するから、かなり強度も高い。
結界が展開したら、あとはやりたい放題やっていいよ、とカガリさんに言われた。
ケガレのマモノは、一時的に動きを止めた僕たちに警戒してか、動きを少しゆっくりにしていた。
「それじゃ、手筈通りに」
『了解』
カガリさんの声に他3人の声が重なる。
行動開始だ。
僕は視界を脳内のスクリーンに移す。
3つの赤い点……カガリさんたちを表すそれが、それぞれ間隔を広げながらケガレのケモノを表す白い点の方向に移動を始める。
僕の位置から現在東へおよそ500メートルほどの位置をややゆっくり動いていたケガレのケモノは、進路を南西に取る。
六脚の群れがゾロゾロと近づいて来ているが、3人は最低限進路の邪魔になるものだけを倒しながら進む。
ケガレのマモノの正体はまだわからない。
この広い草原の中で視界良好にもかかわらず目視ではその姿を捉えることはできないから、やはりケガレは霊体型と理解するのが正しいんだろう。
360度の通常視界に重ねて上空の『空からの目』を見れば、確かにそこにはマーカーが付けられた白い点があり、あいかわらず紫の点を吐き出しながら移動している。
カガリさんたちを示す赤い点が範囲を広げている。わかりやすいよう、僕は3つの点をそれぞれ結ぶ線を表示させた。
僕たちの動きに気付いたのか、マモノが僕らから逃れるような動きを見せた。
ここで逃がすわけにはいかない。
しかし、人間が追いかけるには、少々速すぎる。
予定外の先行での動きにはなるけど、ちょっと動かせてもらおう。
マモノの動きは確かに速い。
けど……。
──僕に比べたら、遅い。
...command?
>set type : Speed|(5);
身体の基本速度を5倍まで上げる。
トンと軽く地を蹴る。
つま先が地面を離れ、風景がスッと後方に流れる。
スクリーン上にあった僕を示す点が、他の3人には一瞬消えたように見えたかもしれない。それは500メートルほどの距離を飛び越えるように、マーカー付きの白い点のすぐそばに現れた。
周辺には無数のケガレのケモノ。六脚や青狐、内臓みたいな奴などがひしめく。
僕の目には、ケガレは見えない、けど。
ここにいるはずだ。
目をこらすと、ケモノたちがひしめくその真ん中に小さな……濁った紅色の、宝珠に似た『穢れの
そこか。
左手をケモノたちの真ん中、『穢れの虚』の方にかざす。
「光壁」
掌の前に厚みのない光の円盤が現れる。
それは瞬時に大きな壁になって、ケガレたちの進路を阻んだ。
「
言の葉が壁を操る。
厚みのない光の壁が、音もなく300メートル程度向こうに動き、そして、そこに浮いていた『穢れの虚』も壁に行く手を遮られたまま一緒に後退させられた。
スクリーン上のマーカー付きは、複数のケガレたちと共に僕が期待したとおり壁の向こう側に当たる位置にいた。
これで、ケガレが三角の範囲に入った。
『レギ……君の仕業か?』
遠隔でカガリさんの声が飛んできた。
「そうです。手っ取り早くやらせていただきました」
『あの光、他の分隊にも見えてたと思うよ。あとで誤魔化しておくけど……。でも、手間は省けた』
「す、すみません……」
うう、ちょっと叱られてしまった。
別の隊から何をしてるのか細かく見られてるわけじゃないだろうけど、確かに光の壁は目立ったかもしれない。
遠隔音声でトズミさんとビコエさんの笑う声が聞こえる。
ああ、もう。
『まあいいよ。それじゃ始めよう。──結界発動』
遠隔魔法を通して、彼らの魔法媒体となる3つの音が聞こえた。
ギリ、と空間が軋む。
そして、奇妙な静けさが上空をシンと包んだ。
六脚の断末魔が聞こえるが、それ以外は草原を抜ける風の音すら止み、中に捕らわれたケモノたちの呼吸音と草を踏む音が空に響くばかりだ。
いつの間にか月は天頂近くまで登っていた。
天を埋める星々は瞬きを止め、ただ黒い天幕に無数に開けた針穴のようだ。
この静寂こそが、隠匿結界の中にある証拠だった。
結界の外からは、結界が張られた瞬間の風景のみが見えるだけで中に入ることはできない。
マモノは結界に捕らわれたことに気付いていないだろう。
『レギ。さあ、好きなだけやっていいよ。私たちはじっくりと見物させてもらうよ』
「お任せください」
『うん』
カガリさんの返事は、とても楽しげだった。
さて。
それじゃ始めよっか。
トンと地面を蹴り、僕はスクリーン上のマーカー付きのそばまで再び移動する。
光壁に移動させられた先で、ケガレは大量の紫の点を発生させていた。
数を確認するのさえ嫌になるような様子に、僕はため息を吐く。
通常視界に意識を向ければ、無数のケモノがうごめくのが見える。
まずはこれから何とかしないと。
それにしたってよくもこんなに発生させたものだ。
ケガレのケモノも……かわいそうだ。
大きいのから小さいのから発生させすぎて、ケモノ同士みっちみちで身動きも取れないほどじゃないか。
喉をグギとやり、また声帯を3つに戻す。
どうせなら、マモノにも有効そうなものを使って、目に見えるものも見えないものも、まとめて片付けてしまおう。
両手を上に掲げ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ひかりのあめ」
上空に巨大な雲が突然湧き上がり、結界内の上空をあっという間に埋め尽くす。
光り輝く雲の出現を、地上を埋めたケガレたちが見上げた。
内側から発光しているような奇妙な光り方をするそれは、大地を覆う無数のケモノたちの上空から、音もなく光の雨を降らせ始める。
ケガレたちは、その光景に怯えるでもなく、むしろ安堵した様子でそれぞれの瞳に映した。
雨はただ、優しく静かに降り注ぐだけだ。
光の雨に触れたケガレたちは、声を上げることもなく次々と小さな欠片になっていく。
ガラスのような欠片は、ケモノの身体が極限まで高温圧縮されたもの。
不純物は燃え尽き、残ったものが圧縮されて綺麗な石になっていく。
静かだった。
ほんの僅かな時間だった。
その場にひしめいていたケモノはすべて消え去った。実体がないケガレのケモノも、ひかりのあめで消えたようだ。
スクリーン上にはまだマーカー付きだけが残ったのが確認できる。マモノだけは、光の雨では
マモノは次々にケガレを生み出すのを止めたらしい。
降り続く光の雨の中では、次々にケガレを生み出しても次の瞬間にはみんな石になってしまうのだから、意味がない行動だと理解したのかもしれない。
光の雨の中に僕は佇む。
真夜中にあらわれた光の雲と雨がぼんやりと照らす草原。
ケモノが変化した宝石がちらちらと光を反射して輝いている。
なんなのか知らなければ、とても幻想的な光景だろう。
雨の中で、消えることができなかったマモノは、きっと酷く苦しんでいる。
早くマモノを解放しないと。
穢されて苦痛にあえぐマモノを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます