閑話 メレのプレゼント

 先日、メレさんからもらった綺麗な包み。

 うちに帰るまではあけちゃだめだよ、って釘を刺されたアレ。


 今、僕の目の前にある。


 既に何度も見ているこの中身について、僕は今、真剣に悩んでいる。


 カサ、と袋を開いて中を覗くと、白い繊細なレースが見える。

 たらりと背中を汗が伝った。


 うーん……。


 手に取って持ち上げてみる。

 真っ白いチュールレースが目の前を覆った。

 小さな可愛い小花が刺繍されている。


 これ……、ベビードールだよね。


 【ベビードール】

「カップルのひとときを演出する小道具として重宝される。女性のリラックスウェアとしても使われている。」


 うう、メレさん。

 これはどういう意味ですか。


 *


 メレさんと遊びに行ったとき、帰り際に彼女からこの包みを貰った。こういう物だから、あらかじめ用意してあったんだと思う。

 衣類の類いだし、おそらくはカガリさんから僕のサイズを聞いていたんだろう。

 カガリさん、僕のサイズなんかよく知ってたなあ……。


 上は小柄な女性用のサイズでだいたい間に合うと思うんだけど、下がそうはいかない。

 でも、ちゃんと僕に合わせたサイズで、セットのぱんてぃもサイズは合ってた。


 普段、僕は下着という物を身に着けていないから、このぱんてぃっていうのはこれをいただいて初めて手にした。

 ……やっぱり布の部分、すくなっ!!

 前のとこ総レースだよ!

 くろっち?っていうの、ほそい!

 お尻のとこなんか紐だよ?

 履いたらお尻丸見えだよ!


 凝ったデザインだけど、このぱんてぃに隠す気はあるのかな。


 余談だけど。

 僕が生まれたのは旧文明末期だ。その当時は電動ミシンや大規模な衣類の工場などがあって、衣類なんかは大量生産されていたそうだ。

 けれど、今はそういうものはなくて、手縫いか足踏みミシンで作るのが普通。


 一部には、宝珠の力を震動に変換して動力にする装置などもあるらしいけど、それは高価な魔道具の類いだからほぼ使われていない。

 そもそも、旧時代に比べると現在の人口は全然少ないから、大規模に大量生産することに意味はないのだろうし、必要もない。世界有数の人口を誇るこの国の首都でさえ、現在の人口は20万人程度だ。

 普通の人は下着や衣類などは布を買ってきて作ったり、街にある衣料品店で既製品を買ったり、オーダーメイドしたりする。

 既製品については、街の小さな工場こうばで職人さんが作っていて、量もデザインも少ない。

 ちょっと凝ったものはオーダーメイドだ。

 狩人なんかは防具類も必要だから、もっぱらそちらでまとめて作っちゃったりする人が多いそうだ。カガリさんもそうだって言ってた。


 で、これ。

 セミオーダーメイドかな、かなり凝ってるし。

 僕の正確なサイズはわからなくても、こういうデザインだから大体大丈夫だったのかも。


 袋の底に入っていた便せんには、それほど上手ではないけど、可愛らしい味のある文字でメッセージが書いてある。メレさんが入れてくれたんだろう。


「カガリくんをビックリさせたいときに着てみてね!」


 えっと、僕がビックリしたです。

 でも、これ……すごく可愛いの。さすがメレさんが選んでくれただけある。


 *


 ……。


 せ、せっかく頂いたんだし……。


 そ、……そうそう。そうです!

 メレさんが僕のためだけ・・に用意してくれたプレゼントなんだし、着なきゃ失礼だよね?!

 着るのは正しいです!


 カガリさんはつい先程クロマさんと飛行術の訓練に出たから、すぐには帰ってこないはずだし。


 ……。


 室内を確認。

 うん、当たり前だけど誰もいない。

 物音もなし。

 よし。



 いざ、着用っ!



 ピチっ。

 

 ぱんてぃ履けた。

 ……うわ……、ほんと布が少ない。

 な……なんか落ち着かないなあ。スースーする。


 締め付ける感じはないけど、履き心地は……履いてるのか履いてないのかよくわかんない。

 上は真っ白の繊細なチュールレースで、腿までをふわっと隠す感じになっている。

 僕のお部屋には姿見がないので、一応着てみたけどどんなふうになってるのかわからない。


 か、鏡で見てこようかな。

 どうだったか、メレさんに感想言わなきゃだしね。


 玄関先とカガリさんのお部屋にあるけど、……こんなカッコでカガリさんのお部屋に入るのはなんだか気が引ける。

 しょうがない、誰もいないし玄関でいいや。


 廊下に顔を出し、一応確認。

 誰もいないぞ、よし。

 ととと、と玄関まで行き、目標の姿見の前へ。


 ガチャ。


「……へっ?」

「ただいm……」

「どした、ゆーにth……」


 玄関からちょうど入ってきたカガリさんとクロマさん。

 カガリさんとは正面からバッチリ目が合ってしまった。


 あ、……クロマさん倒れた。

 うわあ、鼻血だ。

 カガリさん赤くなった。


「……なにしてるの」

「……いただいたものを着ています」

「そう……」


 カガリさん、改めて僕を見て、また一瞬固まった。

 なんかぎこちない動きで、クロマさんをひきずってリビングに入っていく彼を見送る。

 ……血の跡が引きずられて、なんか事件現場みたいになってる。


 そしてひとり、あとに残された僕。

 鏡に映る、ベビードールを着た自分の姿を見た。


 ……。


 ああ……。

 これ、絶対に人前で着ちゃいけないやつだった……。

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