第11話 抱き枕の矜持

 むうぅ。


 眠れない。


 ここんとこ、ずーっとこんな調子が続いてる。


 先日の一件で、僕はカガリさんから『パートナー』の称号を得た。

 僕としては是非ともなお話なので、晴れて彼の「大事な人パートナー」になることができたわけだけれども。


 長く生きてるけど、誰かとのこういう関係は初めてだから、最初はどうすればいいのかわからなくて戸惑った。

 けど、結局なにか生活が変わるわけでもなく、カガリさんの僕に対する態度がちょっぴし……ほんとにビミョーに変わったくらいで、今まで通り過ごしてる。


 困ってるっていうのが……。

 寝るときに、相変わらず抱き枕にされてること。


 ええ、もう本当に抱き枕。

 カガリさんは寝付きが悪いので、適温な状態でだっこされることで眠りやすくするアレ。


 一度、抱き合うみたいに抱き枕してみたら、寝にくいって言われてしまった。

 なんか悔しい。

 まあ、それ以外のところでハグしてくれるようになったけど。


 んで、現在進行形で抱き枕中。

 頭の後ろで寝息が聞こえてる。


 ……うんにゃぁああぁぁぁ!!


 いや、寝にくいっていうのが別に抱き枕のプライドを傷つけるとかそういうわけじゃないです。

 むしろ、そんなものはないです。


 そうじゃなくて。


 前にメレさんから聞いたトラウマが原因だとは思うんだけど、ことここに至って、彼は僕に対して欲しい・・・とかそういう気持ちを持ってないらしい。

 

 性欲を魔法で抑えているという話は聞いた。つまり、本来はちゃんと性欲があるわけだ。

 なのに。

 彼はしたくない。

 何らかの理由があって僕に対してそういうのを向けてこないみたいだった。


 そうは言っても、通常モード……待機モードとも言うのだけれど、ふつうの状態の時の僕を見て、変な気を持つ人って、正直ただの変態だとは思う。

 僕の体型について、見る人によっては「小柄な女性」という人もいるし、「おとこのこ」とか「おんなのこ」とかいろいろ意見があるから一概には言えないんだけど。

 基本的に戦地向けのバイオノイドは、通常時や戦闘時は性的興味を持たれにくいように作られてるので、それで性的な興味を持つのはどっかおかしい人だ。

 そういう意味で、カガリさんは変態じゃないのだということだとは思う。

 そうなんだけど。


 普通の人は、好きな人を欲しいと思うのも自然だって聞いたよ?


 カガリさんは僕をどういう意味で好きなのかなあ……。またわかんなくなってきたよ。

 だって好きって、こういう方向での好きでも、さらにいろんな意味があるみたいだし。

 難しいなあ。


 何より悶々とするのは、その後もメレさんのところには行ってることだ。

 やることはやってるみたいだから、訳が分からない。

 メレさんが言うには、ビジネス的にやってるということではあるけれど。


 むうぅ。

 なんかスッキリしない。


 好きだって言ってくれたのにな。

 欲しいと思ってもらえないのは、それはそれで寂しい。

 ため息が出てしまう。


「レギ、起きてる?」


 不意に後ろから話しかけられてビクリとなった。

 寝てると思ったのに。


「起きてたんですか。もう遅いですよ?」

「そういう君もね。そんなにため息をつかれると、どうしたのかなって思うよ」


 ぎゅう、と抱き直されて引き寄せられる。

 暑苦しい。


「何か心配ごと?」

「……心配ごとっていうか……」


 もにょもにょと口ごもって、僕はどうしたものかと考える。

 言っていいのかなあ。


 くるりと身体を反転してカガリさんに向き合う格好になる。背中に腕を回して自分からギュッとしがみつく。


 暑苦しいけど、心地いい。

 スリスリしたりなでなでしたりしながら感触を味わう。

 うーん、カガリさんの身体は、こうしてみるとやっぱり大きいなあ。

 僕の身体なんか、こうしてたらすっぽり収まっちゃうもんね。


「くすぐったいんだけど」

「よいではないか、よいではないか」

「よくないよ、遊んでる?」

「堪能させてもらっています」


 よくないと言いつつもやめさせるつもりはないらしい。

 彼の身体の大きさを堪能して、何となく納得した僕は、彼の服を掴んで胸にむぎゅ、と顔を埋める。

 いいにおいがする。

 石けんや洗剤の匂いとも違う、カガリさんのにおいだ。

 夏に咲く、白い花の香りに似ている。


「……くすぐったいよ」

「いいにおいです」

「答えになってないよ」

「いいにおいなんですから仕方ないです」

「まったく……」


 ぽふ、と頭の上に手が乗っかった。

 聞くなら、リラックスしてる今だ。


「あの、カガリさんは僕をどう思っているんですか?」


 一瞬の間が空く。


「──そう、だね。大切で、守りたい人。君の方がずっと強いのは知っているけど、それでも」


 唐突な問いに、彼は少し言葉を選びながらそう答えた。

 そしてクスクスと。

 さも楽しげに笑う。


「おかしいだろう? 君のがずっと長く生きていて、私の方がはるかに若造だ。力だって君の方が強い。それなのに、君が可愛くてきれいで、……汚したくなくて。君のちょっとした仕草に動揺したりする」


 ドウヨウ?


「僕は……いろいろな意味でキレイではないんですが……」

「何を以てそう言っているかはわからないけれど、私は君を汚したくない」


 カガリさんが僕を汚す、って?


 顔を見上げる。

 暗くてよくわからないけれど。


 なんだか悲しく見えた。

 どうして?

 問おうとした僕の言葉を遮るように、不意に彼の顔が近づく。

 おでこに柔らかな感触。


「ず、ずるいです……」

「さあ、もう寝よう。おやすみ、レギ」


 正面を向きあったまま、カガリさんは僕の背中をポンポンする。


 あ……、それやられると……寝ちゃう。

 このカッコじゃ、寝付けないってカガリさん言ってたのに……。

 ま、まって……、僕……!


「カガリさん、あの……あ、……だめでs……くぅ」


 ……ま、ままなら……な……

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