第10話 かわり
「おはよう、レギ」
普段と変わらず、ベッドの上に座ったままボーッとしている僕の前でカガリさんが微笑む。
昨日のことなど、まるで夢の中のできごとだったみたいで、あんまり現実感はないんだけど。
まだぼんやり座ったままの僕に、カガリさんが近づく。伸ばされた手にスルリと前髪を上げられた。
「○○しているよ」
おでこにチュってされた。
「……にょ……にょわぁぁぁぁああぁぁ!?」
家中に僕の叫び声が響き渡る。
今日もいい天気らしい。
*
「夕べはよく眠れたかい? クロマ」
「ぜんっぜん。しかも目覚めが酷かった」
ダイニングテーブルに突っ伏し面白い顔をしているのはクロマさんだ。カガリさんにツンツンとつつかれているのにテーブルの上から動かない。
昨日破壊されたそのテーブルは、帰宅後クロマさんがささっと直していたので、ちゃんと元通りだ。
「ゆうべはおたのしみだったようで」
「何もしてないけど」
「キャッキャウフフが聞こえてたんだよおぉぉ、もぉぉ! ずるいぞ、ユーニティ! レギ君貸してっ!」
「そこはパートナーの語らいだから無理」
「うわあああ、手伝わなけりゃよかったぁぁぁ!!」
俺、やっぱりもう頑張れない、と泣き真似をする。
対するカガリさんは……ちょっと嬉しそうだ。
意趣返しというのだろうか。
そんなクロマさん、最近ちょくちょくうちに遊びに来てる。
昨日も本当は普通に遊びに来る予定だったらしい。
だけど、たまたま朝の日課になってる薄紅の
ストーカーですか、とか言ったらクロマさん倒れた。
「違うからね?! 俺の趣味じゃなくて、警護隊の仕事として上から受けた重要な任務だからね?!」
涙目で言ってたから、信じることにした。
それにしたって、首都からここまで7分程度で来たっていうんだから恐ろしい。その辺はさすがランク
因みに、衝撃波は魔法で打ち消すから市街地上空で高速飛行しても問題はないんだそうだ。それも高速飛行時に魔法的体力を多く使う要因だとか何とか言ってたけど、まあそれはどうでもいい。
僕はじゃれ合っている(というとカガリさんに文句を言われそうだけど)2人に声を掛けた。
「もうちょっとでごはんできますから、支度だけしておいてくださいね」
「うん」
カガリさんが返事をし、クロマさんもやっと顔を上げる。顔にテーブルクロスの布目跡がついていた。
お魚が焼けるいいにおいがキッチンとダイニングに充満している。
昨日、あのあと僕たちは、せっかくここまで来たんだからと海辺でちょっと水遊びをして、そのあとお魚や海産物を買って帰ってきた。
今朝のご飯は、買ってきたお魚がメインだ。
余談だけど。
買い物後の水遊びの時、首輪にお願いしてみたら、水着みたいなのを生成してくれた。
……なんか、びきに?とかいう可愛いデザインの水着で、クロマさんが大興奮し、例の耳しっぽを所望致すとか叫んでいたことは、一応本人の名誉のために秘密にしておく。
そんなわけで、買ってきたお魚は塩焼きにして、あとはご飯と発酵調味料で作った汁物で朝ご飯だ。
焼き網の上でお魚がジューっと美味しそうな音を立てている。そろそろひっくり返そう。
身をくずさないようにひっくりかえすと、よく焼けた面が上になる。
脂がジュワジュワと溢れて、本当に美味しそうだ。
皮が二カ所、丸く2つ膨らんで並んでいる。
○○に見える。
……あー。
それを見て、僕は昨日のやりとりを思い出した。
*
「私は君を
カガリさんが僕を抱きしめて、言った。
いま、なんて言ったの?
雑音みたいに『
「あの……、まるまるって……、なんですか?」
僕の顔を見て、彼も驚いた顔をする。
「いや、……うん、
言い直してくれたのに、また
特定の言葉を『まるまる』に置き換えて、僕に聞こえないようにしてるみたいだ。
「あの、僕には……、まるまるって聞こえるんです。まるまるに、何か言葉を隠されてるみたい」
たぶん、さっきのあれは思わず零れた告白のセリフだった。
カガリさんは一瞬思案顔をし、それから言う。
「あ」
「あ」
僕は復唱する。
「い」
「い」
カガリさんが言って、僕が復唱。
彼は頷く。
「
「まるまる」
「……」
たぶん、カガリさんは“あ”と“い”をつなげて言ったのだけれど、それは見事に『○○』になってしまう。
それどころか。
自分でやってて気が付いたんだけど、声に出さなくても“あ”と“い”を繋げようとすると、頭の中に
「ええー……。なんなんですか、これ……」
「これは、君の頭の中で
そっか、とカガリさんは呟く。
でも、僕は。
聞こえないことが申し訳なくて。
なんて言ったのか、聞こえないのが悲しくて。
それから、それから。
思わず、彼の背中に回していた手指にキュッと力が入った。
なんだかまたよくわからない気持ちがわいて、たまらなくなった。
ここまで来てくれた彼に。
飛行術は訓練中だったはずのカガリさんが、高速飛行でここまで追いかけてきてくれた。
低速飛行ならいざ知らず、高速移動は膨大な
それは多分、命懸けだった。
クロマさんがサポートはしてくれただろうけれど、高速飛行しながらならば、せいぜいコントロールを多少受け持つ程度だろう。それすらコントロールを失う原因になる。クロマさんにも危険があった。
そこまでして。
そうしないと、追いつけなかったから。
どうしてそこまでして?
その答えが、まるまるなんだろう。
なのに。
大事な言葉が聞こえない。
せっかく、彼が言ってくれたのに。
苦しい。
息がちゃんとできない。
「……ごめ……な……さっ……っ」
言葉が、うまく喋れない。
そこに唐突に。
「君が好きだ」
言葉が降ってきた。
──意味、ちゃんと、わかった。
まだ、理解したばかりの言葉。
ちゃんと全部、僕の中に入ってきた。
うまく出ない言葉のかわりに、目からボロボロっと溢れる温かいもの。
「聞こえないなら、届く言葉で伝えればいい」
ニュアンスは少し違うけど、と彼は言う。
彼は笑って、もう一度僕を抱きしめた。
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