第4話 双角馬狩り
その後、3頭ケモノを狩った。宝珠を持っているものはいたが、残念ながら希望の色と違っていて狩りは継続。不要な宝珠は後で商人に売って依頼料金の足しにするためカガリさんが預かっている。
お金に細かいけど、カガリさんは結構良心的だ。
そして、またケモノに出くわした。今度は大型のケモノだ。大人の馬をさらにもう二回りほど大きくしたような姿で、頭には大きな巻き角を持っている。4つの目は前方を向き、頭の後ろにも二つの目がある。
「双角馬だよ」
カガリさんがペロリと唇を舐めた。ちょっと嬉しそうだ。
「いい宝珠を抱えていそうな立派な個体だね」
それからマトクさんに尋ねる。
「さて、どうしますか? ご自身でやりますか? あなたが直接とどめだけでも刺せれば、それだけでも価値はあると思いますが」
名目上は自分で狩ったケモノというのが一番だけど、相手が相手だとさすがに厳しい。なので、こういうパターンは割とある。他の狩人さんからも聞いた。
マトクさんは少し考えてから答える。
「それでは、とどめだけでお願いします」
カガリさんは頷いてから、ふと動きを止める。
「あの角には結構な商品価値があるんだよ。ただ、頭を吹き飛ばすと傷がつきかねないし、それだけでとどめになってしまう」
そして、僕を見た。
「さて、お手並み拝見といこうか。今日はまだなにもしていないよね」
「ええっ」
カガリさんはたまにこういう事を言ってくる。
「また面倒をー! とどめ刺さずに動きを止めるって大変なんですからね」
「知ってるよ。でも私はもう4匹片付けたんだから、少しくらいいいよね? 自称最強のまほーつかいくん」
「……じゃあ、後でご褒美ください」
「うん、いいよ」
カガリさんの返事に、俄然やる気が出る。
「それじゃ、片付けますよ。マトクさんはあっち向いててくださいね」
「君もやれるのかい?」
「いやあ、実はカガリさんより強いんですよ」
「そうなんだ」
青い顔で笑うマトクさん、冗談だと思ってるようだった。
*
す、と意識のレベルが移行する。
頭の中のスクリーンに文字列が並ぶ。
──command?
モード移行。
>set mode : Battle();
>set type : Speed(2);
...Complete.
通常の2倍速で戦闘モード開始。
僕は腰に番えた双小剣を手に、つま先をトントンする。
左手の剣を目の高さに構え、軽く一礼。獲物に対して、だ。
続けてコマンドを打ち込む。
>WMode change : LSS.BladeOfAir();
左の小剣に切れ味を増す付加魔法を追加。
徐に軽く地を蹴り、一息にケモノとの間合いを詰めて右の空間へ。
ケモノが角を振る。それを姿勢を下げて交わしつつ、馬の右側を駆け抜けながら左の小剣を一閃──
馬の右前足が体から切り離されてどさりと倒れた。
ぶるるぉぉぉッ……
ケモノは悲鳴のようないななきをあげる。怒りか痛みか興奮のあまり頚を振り回しながら。
しかし、三本脚では大きな体を支えることができず、馬は体勢を崩して横倒しになった。
それでもまだ首を振って威嚇してくる。
「う……、どうしよう。これじゃ近づけない」
僕やカガリさんなら問題ないのだけれど、一般人のマトクさんではこの状態のケモノに近づいたらとても危険だ。
かわいそうだけど仕方ない。止めておかなくちゃ。
僕は手近な木から枝を1本折った。
>WMode change : OOS.BladeOfAir();
木の枝に付加魔法。
枝の先端は見えない切っ先を得て、槍のようになる。
暴れる馬に近づき、馬の首を足で押さえる。
「悪く思わないで……ね」
僕は木の槍をドスンとケモノの頭に突き刺した。
双角馬は鋭い鳴き声を上げる。
木の枝が後頭部を横から貫き、そのまま首を地面に縫い付ける。
まだバタバタともがいているが、首が地面に固定されたケモノは、それ以上暴れることはできなくなった。
「脚も押さえます? 危ないかも」
「私が押さえるよ」
あんまり苦しませることはないと付け加えたカガリさんは静かに馬の脚に重力系の術を掛けた。脚に見えない錘を付けられた馬は、もう身動きが取れなかった。
>set mode : Normal();
とりあえずこれで完了、と戦闘モードを終了した。意識も通常状態に戻る。
カガリさんはマトクさんを振り返った。
「マトクさん、準備できました。長引かせればかわいそうですから、手早く済ませましょう」
「は……はい」
岩陰に隠れていたらしいマトクさんは、一瞬岩陰のほうを振り向いて、なにか追い払うような仕草をしてから出てきた。
カガリさんが彼にとどめ用の山刀を手渡し、刺す部分をマトクさんに教える。
マトクさんはためらい、ようやく意を決してえいっと山刀をケモノの胸に刺した。
トスッ、と軽い音。
張ったケモノの胸の皮を、切れ味鋭い山刀が難なく貫く。
ケモノが断末魔の声を上げる。
しかし、ケモノの胸に山刀を刺した瞬間の生々しい手応えに驚いたマトクさんは、山刀から手を離してしまった。
カガリさんが慌ててケモノから山刀を引き抜く。
直後、まだ生きているケモノのあまり大きくない傷口から、大量の血液がドプ、と噴き出した。
心臓の動きに伴ってドクドクと溢れ出る大量の血液に、マトクさんはその場にへたり込む。そして、腹を押さえてうずくまり、嘔吐した。
警護隊や狩人以外の人間がケモノを殺すところを直接見ることはかなり稀なことだ。まして、自分の手によるものならば。どうすればこうなるのか知ってはいても、聞いたことと実際に見る、やるのとでは全く違う。
「す、……すみません。覚悟が足りなかったようです……」
「しょうがないですよ、こればっかりは。これが宝珠を自分で手に入れることの意義、本当の意味なんでしょう」
カガリさんがマトクさんの背中をさすりながら言う。
ケモノは生きている。その命を奪っているのだから、当然「ゴウ」を背負う。
「少し休んでいてください。これ以上は無理そうですし。私たちが解体しますので」
「すみません、お願いします……」
カガリさんはマトクさんを促す。彼は岩陰に戻っていった。まだえづいているけど、それはもう仕方がない。
「じゃ、さっさと済ませようか。1日で終わってよかった」
カガリさんは銀鈴を弾く。
相変わらず血の噴き出しは続いているが、カガリさんはそこにさらに気圧系の血抜き用減圧を重ねた。
大体血が抜けきったところで、今度は解体を始める。サクサクと切り開かれるケモノ。骨すらも物ともせずに簡単に切り裂く空気の刃に見とれつつ、その内部にあろう宝珠を探す。
頭部に宝珠があるかも、と角を丁寧に外し、頭蓋骨を開ける。脳が露出すると、カガリさんはそれを持ち上げた。
6つの眼球と視神経が繋がっているのが見え、そして上2つの眼球の真ん中付近に、親指の先くらいの赤い塊があるのを見つけた。
「あった」
カガリさんは頷く。取り出した塊をそばのせせらぎで軽く濯ぐと、それはとても綺麗な紅色の結晶だった。宝珠と呼ばれるものの元の姿だ。
「私は解体を続けるから、まずはそれをマトクさんに見せておいで」
「わかりました」
宝珠を持って、マトクさんが休んでいる岩陰にいくと、マトクさんは何かを岩陰のそとに放り投げるようなそぶりをして、それから僕に向き直った。
顔色は少し良くなったけど、僕の服に多少着いたケモノの血を見て、また「うっ」となる。
少し落ち着かせてから、僕は彼に宝珠を見せた。
それはやっぱりとても綺麗で、マトクさんも気持ち悪さを忘れたように見入っていた。
そこに一通り解体を終らせたカガリさんがやってきて、マトクさんに尋ねる。
「これでよろしいですか?」
彼は「勿論です」と頷いた。
大きな双角馬からは、最終的に3つの宝珠を得た。どれも大きさ、色、透明度とも申し分なかったけど、マトクさんは最初に頭から出てきた宝珠を選んだ。
解体した肉や骨、角などは、街でほかのケモノと一緒に商人に売った。倒したケモノはこうやって一切の無駄なく利用される。
ケモノは人々を脅かす存在である反面、貴重な素材・食料として利用されている。それらを狩る狩人は第一次産業の要というわけだ。
因みに、双角馬の肉は臭みがなくて美味しいレア品だから、他よりとてもいい値で売れた。
*
──本日入荷! 希少肉『双角馬』のハーブ焼き
希少部位の馬刺もオススメ!
壁に朱で勢いよく書かれた貼り紙が目を引く。
店の入り口にもデカデカと掲示されていたせいかお客の入りも多いその料理屋に、カガリさんと僕は少し早い夕食を取りに来た。
マトクさんは……まあ、言わなくてもわかるような状態で来ていない。
今日のオススメと書かれたペラッとしたメニュー。
そこには、今日の仕事の副産物とも言える、ケモノの肉料理の名前が並ぶ。
「マトクさんの依頼はおしまいなんですよね?」
メニューとにらめっこをしながら、僕はカガリさんに尋ねる。
マトクさんの目的の物は手に入ったし、確認のためだ。
「ん……、そうなんだけどね。ちょっと気になることがあるから、明日もう一度山に入ろうかと思ってるんだ」
「ええっ、なんで」
「大したことじゃないよ、確認したらそのまま帰る」
「そ、そのままって。凄い強行軍じゃありませんか?」
思わず文句を言ってしまった。帰路は片道5時間で、そこに往復2時間の山歩きとは。
呆れ顔のカガリさんは、僕の鼻先に指を突き出す。
「私より、君のほうが体力あるじゃないか」
「僕はのんびり屋ですから、せかせかするのはイヤなんですっ」
仕方ないなあ、と呟き、カガリさんは「じゃあ、やめとくよ」と言った。
「確認とかいうのは?」
「些細なことだよ」
それから彼は、そばにいた店員さんにいつもの通り適当に注文を始める。
「あ、カガリさん。ご褒美忘れないでくださいよ!」
「ん、ああ。宿に戻ったらね。忘れてないよ」
カガリさんは表情を変えず答えた。
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