第3話 宝珠と第一次産業

 遡ること3ケ月。マトクさんの依頼の話だ。

 

 マトクさんとは、依頼についての打ち合わせの時に初めて会った。

 彼には結婚を考えている女性がいる。


 カガリさんが受けたのは、マトクさんからの「宝珠採集護衛依頼」だった。彼女にプロポーズするために護符宝珠を作るのだそうで、その素材を集めるのに協力して欲しいということだった。


 普通の人には宝珠の採集自体がとても大変だ。

 まず、宝珠というものはケモノの体内にある。どういう理屈だかは知らないけど、ケモノの体内で生成される。

 それを集めるということは、山に入って宝珠を持っているケモノをやっつけなければいけないということだ。人里に近いところに出てくる比較的退治のしやすい小型のケモノを狙うにしても、経験がない普通の人には命がけになる。


 そういう貴重なものだからこそ、プロポーズの際のプレゼントには多く使われるのだけれど、そこで死んだら元も子もないから、護衛というか、実質ケモノ退治のために狩人に依頼が来る。


「どういった宝珠がご希望ですか?」

「色の濃い、赤いものが欲しいです」


 マトクさんはすこし照れ笑いしながら答えた。

 そこからしばらく、なぜ赤い石なのか、から始まった彼女さんののろけ話を聞かされる。ムズムズしている僕をよそにカガリさんの営業スマイルは相変わらずで、彼は頷きながらニコニコとのろけを聞いている。

 しばらくして、マトクさんはもぞもぞしている僕に気がついたらしく、すみませんとまた照れ笑いした。


 やっと話が一段落付いたので、カガリさんは算盤を取り出し、運もありますけど、と付け加えつつ算盤を弾く。


「赤ならば、質にもよりますが入手は簡単だと思います。運がよければ1日。かかっても3日あれば。そうですね、相場も見て、だいたいこのくらいで」


 パチパチと小気味よい音を立て、彼の算盤は数字を出した。

 マトクさんは一瞬こわばった顔になったが、すぐに元の表情に戻る。


「わかりました、これでお願いします」


 彼はぺこりと頭を下げ、そして契約書に迷いなくペンを走らせた。


 彼と話していてわかったことは、彼の家族はずいぶん前に亡くなってしまったことと、彼女さんが大好きだってことだ。こんな手間暇とお金を掛けてまでして、赤い宝珠を手に入れようとしているあたりからもそこはよくわかる。

 独りが長かったせいか彼女さんを本当に大切に思っていて、彼女を幸せにしたいと願っている。


 あと、ご近所の方々には家族が亡くなってからいろいろお世話になっているということ。小さな村だから村人同士の繋がりがとても濃くて、良くも悪くもみんな事情をわかっているということだ。

 隣のおじさんおばさんには頭があがらないんです、なんて言ってた。



 値段交渉と打ち合わせをしてから、準備の日を1日おいてその翌々日に僕たちは山に出発した。

 ワズモのすぐそばにある山が目的地なので、片道1時間ほどの距離だ。

 山に入って早々、小型のケモノに出会う。猫ほどの大きさのケモノだが、人を見ても逃げるどころか近づいて来る。


「どうしますか? たぶんハズレですが」

「処理お願いします」


 ケモノは人を襲う習性があり動きも素早いので、多くの場合、普通の脚では逃げることはまず不可能だ。だからどうしても退治することになるのだけれど、依頼人に武器を持たせて僕らはそれを援護するか僕らだけでやっつけてしまうかというのは依頼人の選択になる。


 宝珠を持っていなさそうなケモノの場合は僕たちが始末することが多い。

 マトクさんの了解を得て、カガリさんが魔法を発動する。

 手首に下げていた銀色の小さな鈴がチリンと澄んだ音を立てた。


 彼の魔法は鈴の音を媒介に世界への干渉を行う。


 カガリさんのそれは、発動というにはあまりにも小さな動きだ。

 銀鈴を弾くたび周囲の空気がキュウと圧縮されていく。


 2,3回の鈴の音ののち。


「弾けろ」


 カガリさんは他と変わらない程度の動きで、銀鈴を軽く弾いた。

 超高圧の圧縮空気がケモノの頭上で解放され、その衝撃でケモノの後頭部がバシュ、と吹き飛んだ。


「うう、いつ見てもエグいですね」

「でも私には一番扱いやすいんだよ、ピンポイントに狙えるから」

「もう少しエグくないようになりませんかね」

「うん、それは無理な相談だね」


 ケモノ相手でも命を奪うのにキレイな方法なんかないということだから、と呟いて、銀鈴を手にしたカガリさんはケモノに近づく。完全に息絶えているのを確認したのち、解体作業に移る。

 僕はその間、他のケモノが近づかないか警戒するのが役目だ。


 解体は一瞬だった。銀鈴が澄んだ音を響かせると、ケモノの身体にピッと筋が入り、そこから身体が割れる。鎌鼬みたいなものらしい。小型のナイフで細かいところを切り開き、中に宝珠がないかを確認するが、やっぱり外れだった。


「血もあまり飛び散らないし、こっちを最初から使えばいいのに」

「動いてる標的には使いづらいんだよ、適当に切り刻むならともかく」

「問題ないんじゃないですか? 切り刻むんですから」

「宝珠と一緒に君も切り刻むかもよ?」

「御免被ります」


 口を動かしながらも、カガリさんの手は早い。内臓摘出と解体が見る間に終わっていく。狩人の中でも術が使えるような人は、その辺うまいこと使う。魔法はなにも攻撃だけのものではない。

 でも、普通の人が見たらそんな使い方に驚くだろう。


 そこで、はっと思い至る。

 マトクさんはどうしてたっけ?

 振り返ると、真っ青な顔をしたマトクさんがこちらを見ていた。


「あ……、マトクさん、あんまりじっくり見ない方がいいかもです」

「も……もう少し早く言っていただけたら……」


 気圧を使った血抜きのため、かなりの勢いで頸部から血を吹き出しているケモノを興味からかもろに見てしまったらしい彼は、よろよろと口元を押さえて座り込んだ。


「すみません、配慮が足りなかったです。でもまだこれから何体か同じことやらなきゃいけませんから……」

「次は見ないようにします……」


 僕は、カガリさんが解体したケモノを獲物保管用のバッグに詰めながら、気を遣ってみせた。

 ちなみに、これくらいの小型のケモノでも、毛皮や肉、骨、血液に至るまで放置していくことは基本的にない。ケモノ丸ごとみんな売れるからだ。


 ケモノ討伐から片付けまで、ここまでで凡そ15分程。まずまずだった。


「それじゃ、つぎいってみよー」

「大丈夫ですか?」

「ええ、ええ……、だ、大丈夫です」


 まだ青い顔をしたマトクさんに手を貸してカガリさんが尋ねると、彼は頷いた。


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