第3話 トースト・サンド

 支度を終え、部屋を出てくる頃にはすっかり目も覚めた様子のレギ。

 今日は朝食を彼が作る。


 意外に思われるだろうが、レギは料理が案外上手だ。包丁を持たせると手が小さいので何となく危なっかしく見えはするが、包丁さばきもなかなかのもの。食べることが好きなレギは、作ることも好きらしい。

 手の込んだものもたまに作ることがあるが、得意レシピは大抵「おかあさん」から習ったものだそうだ。


 以前、親はいないと言っていたが、では「おかあさん」とはどういうことだろう。

 それでも……本人は一応いろいろと隠しておきたいようなので(あまり隠せていないが)、本人がポロッと言うまでは聞くのは控えておこうと思う。


 *


 キッチンで調理をしながらレギが歌う。


「しれちょこ~のーみさきにぃー あまなつーがさくころ~」

 なんの歌だろうか、聞いたこともないが、……意味がわからない。

 おそらく、何かの替え歌なんだろう。


 ばちん、とテーブルから数センチ浮かせていた純銀の球が落ちる。


 食事前にダイニングで軽い魔法のトレーニングをしていた私は、レギの妙な歌に集中力を奪われてしまった。

 周辺の僅わずかな音を使い、銀鈴なしで魔法を操るトレーニング。集中力が必要なので、これが途切れると失敗する。


 レギの変な歌に気を取られたとたんにこの有様ありさまだ。

 先日の出来事から、重力コントロールによる飛行術を身に付けなければならないという反省から、最近は重力コントロールを長時間続けるためのトレーニングをしているが、これがなかなか厄介だった。


「球、落ちたんですか」

「君の謎の歌のおかげでね」

「え、感動しちゃったんですか?」

「……しないよ」


 フライ返しとフライパンを持ったまま、おかしなポーズを取っているレギを眺めて脱力する。


「他の魔法と違って、高速移動なんかの重力コントロールについては集中力を持続しなければいけないから大変なんだ。そのためのトレーニングなんだけど、集中力が途切れちゃった……疲れるよ」


 君の歌のおかげで疲れは倍増だ、というと、レギはフライ返しを下げてションボリした顔を作った。

 絶対にわざとだが、わかっていても罪悪感を抱かせられるのが癪しゃくに障る。

 とりあえず食事の準備はできたらしく、レギは叱られた犬のような表情を顔に貼り付けたまま木製の大きな角盆にプレートなどを2枚ずつ載せて運んでくる。

 ああ、もう……。

 

 本当に止めてほしい。


「わかったわかった。私が悪かった。歌は好きに歌っていいよ」

「そうですか? でも、ごはんだから歌わないです」


 テーブルにプレートとマグカップを並べながら、こんどはえらいでしょ?とでも言いたげな、自慢げな表情になったレギに、ようやく罪悪感も薄れる。

 気分を変えようとテーブルの皿に目をやると、レギはカトラリー入れをこちらに寄越しながら作ったものを説明する。


「今朝はトーストと目玉焼きと豆猪の肉を甘辛く焼いたのです」

「ありがとう。いいにおいがするね」

「肉は夕べ下味付けておいたものです。タレがしみていいお味ですよ」


 少々大きめの黄色い前掛けをつけたまま、向かいの椅子にぽすんと腰掛けながら説明してくれる。

 いただきますをしてから早速トーストに手を伸ばすレギ。


 先にテーブルに用意されていた葉物野菜のサラダから何枚か野菜を取り、バターをたっぷり塗ってこんがり焼いたトーストに乗せる。

 さらに軽くハーブソルトを振られた目玉焼きと豆猪の甘辛焼きをその上に乗せて、無理やり半分に折った。


 半熟状態だった卵の黄身が潰れたらしく、甘辛焼きにとろりと絡んで少し垂れてきている。


 焼きたての卵と肉、パリッとした葉物野菜。それらを挟むカリカリのトースト。ぎっしり具材のトーストサンドだ。

 かなりのボリュームで、レギの顔が隠れてしまう。


「はさみすぎじゃない?」

「このくらいはさんだ方が美味しいじゃないですか」

「そんなに分厚いの、君の口に入る?」


 一瞬困った様子になるものの、だいじょうぶです、と大きく口を開けて端っこにかぶりつく。

 サク、パリッと無事に一口分を頬張り、満足そうだ。


 割とよく噛んで食べるので、レギの食事の速さはそれほどではない。

 そして、とても美味しそうに食べるので、1人で食べるより食事はずっと美味しく感じられる。

 レギを拾ってから、食事は楽しいものになった。


 *


 私もレギと同じようにトーストでサンドを作りながら今日の予定を思い出した。


「レギ、今日は午前中に役場から人が来る予定になっているんだ」

「新しいご依頼ですか?」


 巨大サンドから視線をこちらに向けたレギは、口の中が空になるまでもぐもぐしたあとたずねてくる。


「そうだと思う。野盗は出なくなったけど、ケモノが少し増えてる地域があるらしい」

「被害は野盗の方が大きいですが……」

「それが、今回のはそうとも言えない。『ケガレ』が発生しているかもしれないんだ」

「ええー……」


 トーストサンドを思わず皿に置いたレギは、ひどく面倒そうな顔をした。


「夜間仕事?」

「場合によってはね」


 ケモノの中には通常のケモノとは少し行動が異なるものがいる。

 通常のケモノは昼間に活動し、夜間はほとんど例外なく活動を休止する。しかし、稀まれに『ケガレ』と呼ばれ、夜間に活動するケモノが現れることがある。


「どこら辺です?」

「ディスナ周辺らしい。まだ出現例も少ないから確定ではないが」

「早めに手を打った方がいいやつですね、それ」

 だから役場がこっちに来るんだ、と答えるとレギはふぬん、とうなずいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る