第24話 それぞれの報告会

 ティニの繁華街の一角にある飲食店。

 私たちがいるこの店は、昼間からそこそこ混み合っており、あちこちから談笑が聞こえている。

 昼間からでも酒類提供のある店なので、多少酒が入って気分が高揚している人間が多いのだろう。それは私たちのテーブルでもそれほど変わらない。

 すでに麦酒を3杯ほど空けたクロマは、見た目こそ変わりはないものの普段より少し愚痴が多くなりつつある。それにちょっかいを出すビコエは2杯ほど空けただけだがほんのり赤くなって気分も上々、クロマに突っ込む勢いが増している。


 クロマがこちらに遊びに来るというので、ちょうどティニに帰ってきていたビコエに飲まないかと誘ったのが一昨日。ビコエは明日にはまた出掛けるというので、日程が今日しか合わなかった。


「あー……、ほんとレギ君がいないの残念だなあ。楽しみにしてたのに」


 ベルト鞄からカサカサと紙袋を引っ張り出してその上に突っ伏しながら、クロマは国内最強の誉れ高き、中央直属の遊撃班班長殿とはとても信じられないダレきった姿で、本日5回目の愚痴を垂れ始める。


「私が謝ることでもないけれど申し訳なかったよ。レギはレギで、今日は用事があったから」

「……ホント残念だよ。せっかくお土産を買ってきたのに。俺、嫌われてるんじゃ……」


 この場にレギがいないのがよほど残念なんだろう。このセリフは既に7回ほど繰り返されていて、いい加減呆れたらしいビコエが向かいの席から訊ねた。


「またレギ君に変な格好をさせようとか考えてねぇだろうな? あんたは」

「お前は相変わらず失礼だね。可愛い子には可愛い格好が正義だ」


 なぜか偉そうにふんぞり返り、奇妙な正義論を振りかざすクロマ。酔っ払い故、仕方ないかもしれないが意味はまったく理解できない。ビコエも同様だったようで、少々意地悪い顔を作って言う。


「なァにいってやがんだ、この変態」

「その悪口は聞き慣れてるから屁でもない。けど、お前には先輩を敬うという意識はないのかね」

「狩人としちゃ尊敬もするが、人間としては微妙過ぎるぞ」

「えー……、ヒドい。ビコエひどいよね? ユーニティ」

「私も理解はしかねるよ」

「お前たちヒドすぎる」


 そうして、クロマはそばを通りかかった店員に麦酒のお代わりとつまみを追加注文しながら「お前らしっかり食え!」と言った。まさに酔っ払いだ。

 ビコエは、本人も言うとおりクロマを先輩として尊敬はしているものの、時折発する危ない発言には舌鋒を注ぐ。変態扱いもしょっちゅうだが、クロマは既に慣れているためにこの程度の反応だ。

 まったく馬鹿馬鹿しい会話だが、それが心地よかった。

 

「しかし、久しぶりだなあ。このメンツで飲むの、どのくらいぶりだろうな?」

「多分1年以上じゃないかな。レギが来る前にやってからしばらくなかった」

「そんなになるかね。俺も首都からなかなか帰って来れなかったしなあ。……ああ、レギ君って言えばさ」


 クロマが紙袋から顔を上げ、ビコエにチラリと視線を投げてにやりとする。

 ビコエは一瞬何のことか、という顔をしたが、すぐに理解したらしい。こくりと頷いてみせる。


「俺たちになんか報告することあるんじゃねえの? カガリ」

「……なにを」

「とぼけんなよ、スッキリした顔しやがって」


 店員が持ってきた麦酒のお代わりは2杯。そのうちの1杯を私の前にドンと置き、ビコエはニヤリとする。


「恥ずかしけりゃ、それで勢い付けて話せ、な?」

「そうそう。これはね、君の兄とも言うべき俺たちが最初に報告を受けるべき事柄だと思うよ」

「……、ああ……、そういうことか。正式には話してなかったね」

「それが聞きたくて、明日のことがあるのに楽しみにして来たんだからなあ」


 そうだね、と頷く。

 姉の誘拐事件があって以降、この2人は事情も知っていてずっと私を気に掛けてくれていた。クロマが言うとおり、彼らは私に取れば兄のような存在だ。


 ……どこから話すか。まあ、最初からだろう。


「例の夜盗団は、姉の仇だった。彼らは私が死んだと思っていたそうだが、生きていたことを知って舞い戻ったと言っていた」


 それだけで彼らは察したようだった。

 彼らの表情に緊張と怒り、憎悪と言うべきものが浮かぶ。


「……じゃあ、レギ君はピンポイントに狙われたってことか」

「姉と同じような目に遭わせるつもりだった」

「許せないな」


 俺がそばにいたら、とクロマが呟く。

 今にも席を立って連中を潰しに行きそうな鬼気迫る気配に、私は彼の肩を叩く。


「……彼らはもうどこにも・・・・いない。虚しさは残ったが……、もういいんだ」


 全部、決着は付けた、と。


「……でも、それでは君は……」

「私のには、あの子がいる」


 険しかったクロマの表情がふっと弛んだ。

 麦酒の泡がグラスの中でゆるゆると立ち上る。

 私はそれをあおった。臓腑に染み渡っていく刺激と開放感。


 ──臭い台詞なのはわかっている。だが、言ってしまえ。

 全部、酒のせいだ。


「あの子に私の全ては救われた。そして守られている」


 笑いながらビコエが私の頭をトンと小突き、盛大な溜め息を吐いた。


「7時間の睡眠と引き換えに助けた甲斐があったってもんだな」

「それまでのこと全部、ゆっくり溶かすんじゃなく、一気に煮溶かされた感じだった」

「そうか。いや、……よかった!」


 大袈裟に腕を広げたクロマは私の頭をグッと抱き、グリグリと撫で回した。彼には子供の頃よくやられたな、とふと思い出す。


「ああ、やっと俺も安心できるよ」

「じゃあ、アレもした?」


 昼間の飲食店でのこと、そのものを口にするのはさすがに憚られたか、幾らか濁した言い方ながら無遠慮な質問をぶつけられる。

 それに肯いてみせると、クロマに思い切り背中を叩かれる。


「いッ……!」

「レギ君貰ったのか!! ……君、アレに嫌悪感あったんじゃ……?」

「少し前から徐々に薄らいできていた。そこで克服したよ。……というか、正直それどころじゃなかった」

「……ああ……」


 ひどく納得したらしいビコエは、声を飛ばして何事かクロマに伝える。バイオノイドという単語が見えた。


「あの子の何かのリミッタが外れたらしい。こっちの抑制魔法を吹き飛ばされた」

「……なっ?! カガリのか? 有り得えな……くもないか……」


 レギ君だしなあ、とビコエは呟いて麦酒を飲む。


「で、まとめるとどういうことになる?」

「ここまで話してさらに言うのか?」

「当然」


 2人の視線が期待に満ちて注がれる。


「レギは私のパートナーになったよ」


 2人の酔っ払いは互いにがっちりと握手を交わした。それから酔いで加減ができていない手で、私の肩を両方からバシバシと叩く。


「聞いたか、ビコエ! ……彼女を頑なに作らなかったこの男が! 俺……っ、これで……、これで思い残すことはなにもない……」

「縁起でもねえこというな」


 でも、俺も気掛かりがこれで減る、とビコエも言う。


「あんたの口から直接聞きたかったんだ。……本当によかったなあ」


 そうしてビコエは、通り掛かりの店員に麦酒のお代わりを更に注文した。


 午後1時半過ぎの飲食店。

 酒は止まりそうもない。



 *



「レギちゃん、注文決めた?」

「決まりました!」


 向かいの席でメニューを手に、メレさんがすみません、と店員さんを呼んだ。


 ティニの中央から少し離れた所にある小洒落た喫茶店。

 窓の外の庭は丁寧に世話されているのがわかる。きれいなお庭だ。


 メレさんはティーセット、僕はコーヒーセット。それぞれケーキが付いているものを、注文を取りに来た店員さんにお願いした。


「カガリくんは今日こっちに来てること知ってる?」

「はい、今日は言ってきてます。なんか、カガリさんも急に予定ができたとかで、今日は出掛けてるんですよ」

「そうなんだ」


 うんうん、と彼女は頷く。

 それから、ちょっと頬を赤くして姿勢をただした。


「あのね、今日はね、レギちゃんにご報告があります!」

「ほうこく、ですか?」

「うん、報告」


 清楚な薄桃色のワンピースに薄めのメイク。いつも可愛い彼女だけど、なぜか今日は特段可愛く見えた。 


 あれ以降、すっかり仲良くなった僕とメレさんは、こうやって彼女のお休みなどの時に遊ぶようになった。

 だいたいは彼女や僕の好きなお店に出掛けて、お茶やご飯をいただきながらお喋りをしたり、お買い物に行ったりするくらいなんだけど、とても楽しい。


 今日は彼女からのお誘いだった。

 事前には特になにも聞かされてはいなかったので、急に「報告」と言われて僕はドキッとしている。

 目の前に置かれた紅茶とコーヒー。ケーキはそれぞれ本日のオススメ、季節のケーキ2種だ。

 それを前に、ちょこんとかしこまった彼女は、小さく息を吸って吐く。


「あたし、結婚が決まったの」

「……そ、そうなんですか?! うわあ、おめでとうございますっ!」


 きゅっと握っている彼女の華奢な細い指に、透明な石の指輪が光っていた。


「わあ、指輪……!」

「うん、透明の宝珠なの。珍しいんだって」


 彼女にプロポーズした男性は、以前から彼女がお付き合いしていた男性だという。

 これを機に店を辞め、家庭に入るということだった。


「お料理とか苦手だけれど、それでも最近は美味しいって言ってもらえるご飯も作れるようになってきたの。お店の料理のスタッフさんが教えてくれるから、味はお墨付き」

「お店の方から習ってるんですか。それは……確実に美味しいですね」

「でしょ? うふふ、彼が好きなものはだいたい作れるようになったんだよ」


 相当努力をしたんだろう。

 彼女の特性的に段取りは苦手だから、手際よくはできないかもしれない。けれど、おいしければ大丈夫。

 彼女は努力ができる人だ。きっと乗り越えていける。


「まだ、苦手なこといっぱいで心配なことだらけだけど、彼が大丈夫って言ってくれるの。だからあたし、がんばるよ」


 幸せそうに微笑む彼女は、やっぱりいつもよりとても綺麗で可愛くて。


「幸せに、なってくださいね」

「うん……!」


 綺麗な笑顔を見て、嬉しすぎて涙がこぼれた。

 最近僕は泣いてばかりいる気がする。


「やだ、レギちゃん。私より先に泣いちゃダメだよ」

「……う、えぇ……」


 彼女もポロポロと。

 嬉しいことでも、こんなに涙が出るなんて思わなかった。


「ケーキがしょっぱくなっちゃうねえ」

「……そうですね……」

「でも、それも悪くないよね」

「……はい」


 明るい庭から差し込んでくる春先の柔らかい光が、彼女の指輪と涙をキラキラ輝かせる。


「あたし、絶対幸せになるから。だからレギちゃんも幸せになってね」


 彼女は僕の手を握って、今日一番の綺麗な表情で笑った。

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