第23話 変化
カガリさんは僕の姿をチラリと見て、ちょっと困った顔をする。
「とりあえず君は、すぐに治療をしたほうがいいね」
一瞬何のことかと考える。
そして、やっと全身の皮膚の状態を思い出した。
制御のために痛みがないから、忘れてた。
「忘れてました……」
「呑気すぎるね、君は」
正直に答えた僕にちょっとだけ呆れ顔を作った彼は、僕の皮膚を失った手を取る。
「え、カガリさん?」
「私も治療はできるんだよ?」
「あ、いえ、それは知ってますが……、治してくれるんですか?」
「なぜ、私が君の怪我の治療をしないなんて思うの?」
「う……」
なんと。
カガリさんが治療してくれるらしい。
考えてもみなかった。
一応最強の魔法使いだから、カガリさんの助手になってから怪我なんてしたことがない。
当然、カガリさんに治療してもらうなんて初めてだ。
……嬉しい。
そんな僕の思いを知ってか知らずか、全身の皮膚を失ってひどい有様の僕に、彼は顔色一つ変えず、傷の様子を調べている。
やはり怪我人を手当てすることにも慣れてるんだろう。
実際のところ、僕の場合はほっといたって3時間もあれば皮膚は痛くない程度には再生する。けど、せっかくやってくれるのだから、黙って治療を受けることにした。
「これは……痛かったね。よく頑張ったね、レギ」
治療をしながらカガリさんは僕を労ってくれた。
優しい言葉が、グサリと刺さる。
……懐かしい、な……。
マモノを相手に戦っていて、そんな言葉を言われたのはいつぶりだろう。
そもそも誰にも知られずにやってたのだ。労われるなんてこと自体、ないことだった。
……うん。お仕事だけど、やっぱり褒められたら……嬉しい。
少しうるっときてしまった僕には気付かず、僕に治療の魔法を掛けるカガリさん。
チリ、と彼の手の中で弾かれる、治癒の鈴の音。
僕には普通の鈴の音にしか聞こえないし、彼らのように音が見えはしない。どんなふうにその音が世界干渉しているのかわからない。
それでも、その音は心地よかった。
因みに、治療の魔法というやつも上手い下手がある。
カガリさんは上手なほうだろう。治療魔法の力が大きいから、一気に全身を治療でき、痛みも少ないはずだ。
痛み制御してるとこなのでわからないけど。
治療開始からほんの数分。
皮膚はきれいに再生された。
再生したばかりの、薄くて柔らかい本物の赤ちゃん肌。
「感覚はどうかな」
ふう、とカガリさんが息を吐いて聞いた。
他の魔法と違う使い方だからなのか、ちょっと疲れたみたいに見える。
カガリさんの様子を気にしつつ、僕は痛み制御と、ついでに戦闘モードなどを解除する。
>request : PainBlocking( 0 );
...accept.
>set mode : normal();
>set view : normal();
戦闘モードで自動動作していた『空からの目』は、戦闘モードが解除されることで同時に終了し、頭の中も視界も通常に戻って、静かになる。
なんとも言えない安心感に、僕はほっとため息を吐いた。
それから、きれいに張った皮膚をつるんと撫でる。ふわふわでつるつる、すべすべ。皮膚感覚は正常だ。
「完璧です! うふふ、全身つるすべです」
喜ぶ僕にカガリさんは小さく頷く。そしてちょっと熱く感じられる手を離した。
「ありがとうございます。あっという間にきれいになっちゃった」
「よかった。……服は?」
「あっ!?」
あたふたして周囲を見回す僕に、彼は苦笑する。
「大丈夫だよ、まだ二人とも来ていない。透明な宝珠を拾ってるよ」
「そうですか……」
カガリさんはお風呂で見慣れてるだろうからいいけど、こんな場所で人に体を見られたくない。
肌の上に、普段よりは少し露出低めの衣類が生成されていく。上着は燃えちゃったから、今は諦めるしかない。
アームカバーとスーパーロングのブーツはついてるものの、なんかガバッと背中が開いたような服。まあ、裸じゃないからよしとする。トズミさんみたいに狩人のなかには好んで露出高い格好する人もいるし。
服装を気にしつつ、僕はカガリさんに聞く。
「おかしくないです?」
「ぎりぎりで常識の範囲内かな。あくまで狩人の格好としてだけど」
「……うう。……で、マモノは片付きましたけど、このあとはどういう動きになってるんですか?」
「後始末は警護隊本体がやることになってる。私たちは役場に戻って手続きをしたら、そこで解散だよ」
「案外あっさりしたものですね」
「報酬なんかはあとで精算になるし、私たちがやらなくてはいけないような事務手続きなど大してないからね」
へえ、と僕は頷いた。
そこに、後ろから声がした。
「おー、お疲れ! やっぱりスゲぇなあ、レギ君は」
振り返ると、手のひらに透明な宝珠を沢山乗せたビコエさんが来たところだった。
「透明な宝珠なんてめちゃくちゃレアだぞ。あんなふうにできてたんだなあ」
宝珠をざらざらやりながらそういう彼は、ものすごく嬉しそうだ。
光の雨で浄化され、宝珠になったケモノたち。この透明な宝珠は、マモノがいた付近だけじゃなく、隠匿結界の範囲内に沢山落ちてるはずだ。
「それ、マモノを倒したことの証明になりますか?」
「大丈夫だろ。もうケモノもいねえしなあ」
ビコエさんの答えに、僕は安心した。
そこにもう1人の声。
「お疲れさまぁ! うふふ、報酬もはずみそうだけど、この副収入がたまらないのよねー」
うふうふ言いながら戻ってきたのはトズミさんだ。
やはり透明な宝珠を両手に沢山持っている。
ビコエさんが差し出した袋に、彼女はそれをザラザラと入れた。
通常、こういう招集が掛かった時に入手した宝珠は、任務終了後に一度全部警護隊に提出するんだそうだ。マモノやケモノを倒した証拠にするらしいが、あとですべて返却され、その後は好きにしていいらしい。
「みんなで山分けね。楽しみだわ」
トズミさんは手のひらに一粒残した透明な宝珠を月光に透かして眺めながら、緩みまくった頬をさらに緩ませた。
ふと、カガリさんの服に目が行く。
一角の馬の攻撃で空いた穴のそばで、キラリと輝く無垢の宝玉……もとい"ゴウの証石"。
その、月光に照らされた色。
……あ。変わってる。
「カガリさん、証石の色、変わってますね」
「倒したケモノの数が尋常じゃなかったからね。一応マモノも倒したことになっているんだろうね」
彼は既に色の変化を知っていたようだ。
彼の証石は金が混じる赤になっていた。
「お、スゲえなあ。ほぼ金って言ってもよくねえか、それ」
「そんな色、初めて見たわ。金なんて国に1人いたらいいほうでしょ?」
「今、把握されてる金は世界で25人だったはずだよ」
「あら、意外にいるわね」
ビコエさんは紫寄りの紺。元々青だったから2段階近い。そしてトズミさんは紫になっている。
「レギ君も少し色が変わってる方がいいだろうなあ」
「いえ、でも……なにもしてないような顔をしてた方がいい気がします。この容姿で青緑とか目立って仕方ないですし」
「そっか? ……そうだなあ。じゃあ、間を取って緑でどうだ?」
「値段交渉じゃないんですから……。緑でも10歳程度の子供じゃ、かなり……」
言いよどむ僕。カガリさんがふう、と息を吐く。
「役場では君が動けることは把握してるよ。緑でいいんじゃないかな」
そして彼は、僕の頭にポンと手を置いた。
……。
あれ?
やっぱり手がすごく熱い。
「カガリさ……──っ?!」
突然彼は、僕にもたれかかるようにして倒れた。
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