第22話 浄化
腕の中に抱え込んだ青い電気の塊が消失する。
「う、ぎ……っ」
……き……、効いた……なあ……。
咄嗟の判断だったから、雷撃の球を受け止めて分散しないように抑え込んだけど、電撃と高熱での全身へのダメージが酷い。
ちょっとした火傷だってジンジン痛いのに、それが全身だ。
考えるのも正直いやなんだけど、僕は7割程度の皮膚に火傷を負ったようだ。真皮深層までが全部剥けてると理解してもらえればいい。
この痛みで、失神しないのが自分でも驚きだ。
……後ろに、カガリさんたち、いるから……かな。僕が倒れたら終わりだ。
筋肉組織だのなんだの、実際僕の身体に備わってるんだかどうだかは知らないが、とりあえず皮膚の下にあるものについては結界に守られているから損傷はない。動くことにも支障はない。
髪には何か魔法には抵抗力があるようで、坊主頭にはなっていないんだけど。
……どっちにしても、あまり人に見られたい状況じゃないってのは確かだ。
『お、おい、レギ君……大丈夫か?』
遠隔から声が飛ぶ。ビコエさんだ。
「あんまり大丈夫とは言えないです。体表面の多くをやられてます」
うっ、という声が聞こえる。
『回復しねえと……』
「いえ、範囲は広いけど火傷ですし、僕は皮下に結界持ってるので、体内は無傷です。動けます」
こんどはカガリさんの声が、半ば驚き半ば呆れたように言った。
『体に
「痛みの制御はできるので問題ないです」
『えぇ……』
痛みの制御くらいは魔法使いだったらだれだってできるのに、ビコエさんが何だか嫌そうな声をあげた。
実際、今は回復のために時間を割けない。
痛覚の遮断だけすれば、さしあたりそれで十分だ。
一瞬脳内スクリーンに意識を向ける。
>request : PainBlocking|( 1 );
...accept
要求が通り、激しい痛みが止まった。
身体の動作には何の問題もない。
意識を視覚のほうに戻した僕はコスバを見た。
彼は襲いかかる苦痛に身を捩り、動きを止めている。
いまのうちだ。
ザワザワと枝の翼を動かしているコスバ。
光の雨は少しずつ彼の体力を削っている。
これ以上彼の苦痛を引き延ばしてはいけない。
彼はもう、何日も苦痛にのた打った。人ならショックで即死すらあり得る苦痛に、マモノ故に耐えさせられた。
左手のクレセントを軽く握り直す。
これで終わりにしよう。
僕は上空を見上げた。
「みえないかいだん」
言葉による、世界への干渉。
空中に一歩踏み出す。
そこにまるで不可視のステップがあるように、何もない場所に一段上がる。
二歩、三歩。
タン、タン、タンと僕は空中を駆け上がる。
コスバは歪んだ表情のまま、僕を追って攻撃を仕掛けてきた。
数枚の翼がバサバサと羽ばたき、鋭い氷の刃を抱き込んだ暴風が襲いかかってくる。
既に怪我を負うような皮膚は失われているから、強い風が進むのに邪魔なだけのそれを受けながら、さらに上空へ。
足下にコスバの姿が見える程まで、みえないかいだんを上がっていく。
翼の先も届かない程度のところで、僕は足を止めた。
左手のクレセントをもう一度握り直す。
そして、トン、とみえないステップを蹴り、空中に身を踊らせた。
──浄化する
コスバの真上から落下しつつ、クレセントを両手で握る。
自由落下のエネルギーを白刃に乗せての落下だ。
落ちてくる僕に向け、コスバの翼は激しい光を放ちながら羽ばたき、有らん限りの攻撃を繰り出してきた。
羽根が、枝が、荒れ狂う風が、炎が。
耳を
光が。
そして闇が。
それでも、コスバの翼から次々と放たれる魔法や攻撃は、クレセントの白刃に触れて次々消滅していく。
『ギ……オオォォォ……』
絶望とも歓喜とも聞こえるコスバの咆哮。
「……おやすみ、コスバ」
落下エネルギーを乗せて威力を増した白刃が、コスバの太い幹に──音もなく突き刺さった。
シン、と。
その瞬間、あらゆる音が消えた。
白刃が突き刺さった場所から、キラキラと白い光の粒が溢れ始める。
光の粒はゆらりと漂って、空気に溶けるように消えていく。
その光の粒は、次第にコスバの全身から範囲を広げて溢れだし、遂にはコスバの全身を覆った。
クレセントを引くと、何の手応えもなくそれは抜け、僕はそのまま地上に音もなく着地した。
コスバを見上げる。
今や光の大樹のようなコスバは、光の粒を溢れさせながら次第に薄くなり、とうとう消え去った。
何か小さなものがパラパラと落ちてくる。
軽く跳び、それらを空中ですべて回収した。
手のひらの上に、いくつかの濁った紅の宝珠に似たもの。
コスバが抱えていた、ケガレの
自身のもののほか、ケガレた虚をコスバが回収してのだろう。
そのままにしておけば、ここからケガレが次々に生まれる。
「レギ!」
虚を手にした僕の後ろから、カガリさんの声がして、僕は振り返る。
一瞬、僕の姿にたじろぐ彼だが、流石に慣れもあるのか、すぐに僕のそばに来た。
上空の星々は再び瞬いていて、風も吹き始めている。
隠匿結界は解除されたみたいだ。
「カガリさん、結界ありがとうございました。これで終わりです」
僕はそういうと、手のひらの虚をすべて口に入れ、コクンと飲み込んだ。
「……飲む、のか」
「はい。浄化の器、ですから」
「そうか。それまでが君の仕事なんだね」
僕は自分のおなかを撫でる。
カガリさんはゆっくりと頷き、そして僕の頭を撫でた。
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