第7話 マモノのいるところ

 翌日の早朝。


 僕たちは既にワズモの山中に来ていた。

 真っ暗なうちからの出発で、正直まだ眠かったのだけれど、なんか理由があってのこの時間らしい。


 カガリさん曰く、マモノだって寝るんだよ、とのことだ。


 要はマモノが住処付近にいる時間帯を狙うということらしい。確かに資料にもあったとおり、マモノはかなりの広範囲で歩き回っているから、日中に探したら偶然にでも出会える可能性はかなり低い。

 マモノが何時頃に動き出すかなんてのは知らないけれど、少なくともケモノもマモノも夜間はほとんど動かない。だから、狙うなら朝だ、ということなんだろう。


 先を進むカガリさんを追いながら、僕はたずねた。


「で、そのマモノの住処なんですが」

「それなら心配無用。マモノの住処は大体わかってる。ほら、見覚えあるんじゃない?」


 カガリさんは歩きながら、僕に逆にたずねてきた。

 山の細い道はだいたいどこも同じようにしか見えないのだけれど、言われてみれば、以前通ったことがあるような気もする。……うそです。まったくわかんないです。


「君の顔を見るに、まったく分かってなさそうだね」

「……ぐっ」


 やっぱりバレてるらしい。


「マトクさんの依頼の時にここを通ってるんだ。……ここら辺からなら、届くかな」


 急に立ち止まったカガリさんは銀鈴を取り出した。

 それから、それまで肩に乗せていたヤズを下に降りるよう促す。


「ヤズ、ここら辺、見覚えがあるだろう? マトクさんと出会った場所に近いところだ。ここなら、君の住処も近いんじゃないかな」


 驚いたことに、カガリさんの言葉をヤズは理解しているようだ。周囲を見回して、それから顔を上げて「もきゅ」と鳴いた。


「わかったみたいだね。……ちょっと待って、呼びかけてみる」


 カガリさんが銀鈴を振る。

 チリン──

 銀鈴の音はいつもより高く聞こえた。


「彼は応じてくれるかな」


 程なく。

 キッと、突き刺さるような、一瞬の短い音が聞こえた。

 直後、ヤズが落ち着かない様子で、こっちを振り返りながらぴょこぴょこ進み出す。


「よし、行こうか。もう完全にわかったね? 案内頼むよ、ヤズ」

 ヤズは「きゅう」と返事を返した。


 *


 そこから10分も歩かないうちに着いた大きな木の前でヤズは止まった。


「くるるぅぅ!」


 ひときわ大きな声で鳴くと、その大木の一部に穴が開き、中から二足歩行する銀毛のオオカミのようなマモノが姿を現した。豊かで艶のある大きなしっぽをユラリと揺らし、ゆったりと歩く姿は思わず見とれるほど優美だ。


 マモノはヤズの姿を見つけ、優しく抱き上げる。

 そして、こちらを見て口を開いた。


「私の子を連れてきてくださったんですね、ありがとうございます」

「いえいえ。──やはり、あなたの子だったんですね」

「ええ」


 丁寧な言葉遣いのマモノ。表情こそはわかりにくいものの、微笑んでいるようだった。マモノはカガリさんに頭を下げた。


「初めまして。カガリと申します。……とはいえ、もしかしたらあなたは私をお見かけになったことがあるかもしれませんね」

「ええ、何度か。狩人の方、と……」

「助手のレギです」


 カガリさんが紹介してくれる。マモノが一瞬僕を見て、びくりとしたのがわかった。けれど、すぐに腕の中の子が「もきゅ」と鳴いて、気が逸れたみたいだった。



 カガリさんが、狼のマモノ──ウィリと名乗った──に成り行きを説明した。

 ウィリはいなくなった子……ヤズを探し歩いていてあちこちで人に目撃されていたようだ。


 それにしても、と、僕はたずねた。


「ヤズは結局、誰がカガリさんのところに送ったんでしょうね。やっぱりおじさんおばさんかな、迷惑がってたみたいだし」

「レギ、ヤズを荷物にして送ってきたのはおじさんとおばさんじゃないよ。ヤズ自身だ。マトクさんのおじさんおばさんは私を知らなかった。マトクさんはおじさんたちに彼女がいることも伝えてないんだ」


 そうだろう? とカガリさんが言うと、ヤズは肯いた。

 ヤズはウィリになにかもきゅもきゅと話す。そうかそうか、とうなづき、ウィリは僕らにヤズの通訳をしてくれた。


「この子は山で迷子になったんです。たまたまマトクさんに出会って構ってもらったのが嬉しくて、マトクさんの荷物に隠れて里までついて行ってしまって。そのまましばらく一緒に暮らしていたようですが、里の方にはやはり怖がられ、マトクさんにも迷惑をかけてしまった、と。……それから?」


 また、ヤズがもきゅもきゅ話す。


「帰ろうにも荷物の中に隠れて里に来たため、自分がどこに来たのかも、どこに行けば帰れるのかもわからなかった。そのときに山でマトクさんと一緒にいた狩人のカガリさんを思い出して、カガリさんならば山に連れていってくれるんじゃないかと考えました。ネームカードを箱に貼り、マトクさんの名前がわかりそうなものを入れ、役場の受渡ポストに持って行って自分で中に入ったそうです」


 それで役場経由でカガリさんのところに届いたわけか。あの紙袋の中から開けたような穴は、ヤズが中から袋を閉めるために開けたんだろう。

 だからあんなに箱が適当な感じだったんだ、と納得する。


「カガリさん、役場と交渉したとき、わかってたからあんなに余裕だったんですね」


 カガリさんは肯いた。


「いつからヤズがマモノの子だって気付いてたんですか?」

「箱の中や袋を見たときかな。反応もマモノらしかった。むしろ、君がこの子がマモノだって気付いてなかったことのほうが驚きだよ」


 クスクスとカガリさんが笑う。


「……僕、始末専門なので……」

「まだまだだね」


 そして、彼はウィリに抱かれたヤズの首をくりくりと撫でた。


「ヤズ、大冒険だったね。もう、迷子にならないようにね」

「くるるるっ」


 ヤズは幸せそうに鳴いた。

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