第8話 ことづて
ウィリから交渉の証拠として預かった拇印と歯型は、その翌日、ワズモの役場に持っていった。
役場では結果を伝え、依頼料の残りと成功報酬を貰った。
そして今。
僕たちはマトクさんの家に立ち寄っている。
「──というわけで、ヤズは無事、親の元に帰りました」
「ありがとうございました。ちょっと寂しいですが……、でも、良かったです。万が一、親が話の通じないマモノだったら、大変なことになってたと思うとゾッとします」
そういう考え方もあるよね、と僕はうなづいた。
カガリさんも否定はしなかった。
「子供のことになると攻撃的になるのは、どんなものだって共通ですから。ところで……」
彼はマトクさんに急に言った。
「ご婚約おめでとうございます」
「えっ」
素っ頓狂な声を上げたマトクさん。
「なんでそれを?」
「窓の外に花束を抱えた女性がいらっしゃいましたよ。婚約者の方ですね。赤い宝珠が見えました」
「あっ、ええ! 実は一昨日、カガリさんと知り合いだったことをおじさんたちに根ほり葉ほり聞かれまして。そこから始まって宝珠採集のことまで話すことになり……。宝珠の加工は終わってたんですが、渡しそびれていたのも知られてしまって。そしたらおじさんたちにさんざん急かされたあげく、昨日彼女に宝珠を渡すことにまでなっちゃって。物事が急に進んだのでなんだか頭がまだ追いついていないんです。でも、受け取ってもらえてよかった。夢みたいです。ちょっとお待ちいただいても?」
「ええ」
慌てた様子で玄関に向かうマトクさん。ドアが開き、女性の声が聞こえた。ほんの少しの間を置いてドアが閉まった音がして、今度は2人分の足音が近づく。
部屋にマトクさんと女性が入ってきた。マトクさんは嬉しそうで恥ずかしそうな顔をして、僕たちに彼女を紹介する。
「お待たせして申し訳ありません。えっと、彼女は……」
「こんにちは、はじめまして。シイナと申します。マトクがお世話になりました」
マトクさんより少し年下らしい、きれいでしっかりした感じの女性だった。
「わぁ……マトクさん、素敵な方ですね」
彼は「そうでしょう?」と照れ笑いしながら肯いた。
「ヤズはいなくなっちゃったけど、これからは彼女が一緒です」
カガリさんはクツクツと笑った。今日は営業スマイルを宿に忘れてきたらしい。
「末永くお幸せに。さて、そろそろ私たちは失礼いたします。レギ?」
「あ、はい」
最後にお茶を一口いただいて、僕も慌てて立ち上がる。
先日ここに置いていった空っぽの籠を持ち上げ、ふと中に何かが入っていることに気付く。
「あれ? これは」
小さな白いメモ用紙があった。
何かの果物の汁なんだろう、キレイなピンク色でヤズの足跡がスタンプされている。毛を何回もこすりつけたような跡もあった。
ああ、そっか。
「マトクさん、これ、ヤズからです」
僕は彼にヤズの言伝を渡した。
だいすき
ピンク色の足跡が、そんなことを伝えているみたいに見えた。
彼はちょっと涙目になる。
「あら、マトクったら。でも、そういうところもあなたらしいね」
「え……、は、恥ずかしいなあ」
いちゃいちゃが始まりそうな空気に、僕たちは慌てて部屋を出る。
マトクさんも玄関先に出てきた。彼女も一緒だ。
帰路に着こうとする僕らの後ろ姿に、彼らが大きな声で呼びかける。
「近くまでおいでの際には、ぜひまたお立ち寄りくださいね!」
僕らは振り返って、二人に手を振った。
*
「カガリさんの本業って、狩人ですよね」
なにを当たり前なことを、とカガリさんが言うので、僕は籠を振り回しながら言ってやった。
「謎解きって言うのですかね、こういうの。そういうの普段からやってるんですか?」
「やってないよ」
うーん、と唸る彼に、僕はニヤニヤと突っ込む。
「だって、細かいこと見てるし、僕がなんかしても大概わかっちゃうじゃないですか」
「それは君がアレでわかりやすいだからだよ」
クスリと笑われる。
「アレってなんですか、アレって」
「いや、嘘がつけないってことだよ」
無理矢理いいように誤魔化す彼に、僕はふくれっ面を作った。
「またそういうこと言う。あ、そういえばカガリさん、あのときご褒美くれるっていったのに、僕まだご褒美もらってませんよ!」
「……よく覚えてたね」
「ご褒美はわすれません」
えっへんと反り返って胸を張る。
その反り返った僕の額の上に、カガリさんが何かを乗せた。
「……」
花だ。
「お花?」
「君にぴったり」
それはその辺に生えてる三つ葉の葉っぱ……が4枚になってるやつとその白い花だった。
「ご褒美だよ」
「あー! ふざけないでくださいー!」
貰った花をポーチに収めるが、カガリさんの面白そうな顔がしゃくに障る。
本当に今日のカガリさんは、宿屋にいろいろと置き忘れてきたようだ。普段よりよく笑うし、妙なことをする。
「もー。もー! もーっ!!」
「牛かな」
「違いますっ!」
「はいはい、どうどう」
「馬じゃない!! もー、ご褒美!!」
「はいはい、君は甘いもの好きだね、向こうに着いたら白どら焼き買ってあげるよ」
「んもー!!」
頭をポンポンされ、からかわれる。
でも、からかわれるのは実は好きだし楽しかった。
ワディズまであと5時間程。
たぶんあっという間だ。
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