第17話 再来した悪夢
R-15、残酷描写ありです。
閲覧ご注意ください。
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「17年前の話だ。俺らはティニ一帯を縄張りにして稼ぎを上げてたんだがな。このあたりの保安隊が煩くなってきたのよ」
ちっとばかし、派手にやり過ぎたせいかも知れんけどな、とおっさんは言う。
「それでよ、あんまり動けねえから、いつもの手を使おうってことになったんだ。保安隊のえらいやつの家族を捕まえて……ああ、ユーニティっつったかな、あの夫婦の名前はよ。揃って俺らをやたらに追いかけてきやがる。俺らは奴ら夫婦の子供を捕まえたんだ。親に似てねえ、やたら色気のある娘でよ。そいつを捕まえて……おっと、てめえは大人だっつってたな。じゃ、わかるよな? 美味しくいただいてやったのさ」
ニヤニヤと。
口元から、綺麗な歯並びの白い歯が覗く。
ゾクンと背中に突き刺すような悪寒が走る。
まさか、と思った。
カガリさんに用がある、といったこのおっさんは……、カガリさんのお姉さんが亡くなる原因を作った連中ってこと?
「おっさん……カガリさんのお姉さんを……?」
「あの娘を誘拐したのは俺らだ」
事も無げに。
悪びれもせず、おっさんは答える。
お姉さんが亡くなる原因を作ったのは、こいつらなのか!
おなかの中に黒くて重たいものがずうんと溜まって渦巻く。
しかし、なんでそんな連中が今になって……?
混乱する僕には気付かないおっさんは、ニタニタと……涎を垂らしそうな顔をしながら彼女の事を語る。
「これがまた気の強い女でよ。さすがにあの夫婦の娘だ、まあ、これが言う言う。そしたら腹立てた部下どもがうっかりボコボコに殴っちまった。俺は知らねえよ? 殺すなって言ってあったからな。で、ちょーっと怪我はさせちまったが、そのあとわざわざ娘を村はずれまで送ってってやったのさ。ははは、親切だよな。ここまで丁寧に警告してやったんだ、それに応えるのが道理だよな?」
「……」
返事に困る。
……このおっさんはなにを言ってるんだ? 意味がわからないんだけど、僕の理解力が低すぎるのか?
カガリさんのお姉さんを手込めにし、うっかり大怪我を負わせて、村外れに“帰してやった”? “親切に”? そう言ったように聞こえたけど。
自分たちに手を出すなと“丁寧に”教えてやったんだ、って、どう受け取ればいい?
本気でそれを道理とか思ってるの?
なんとも表現できない気持ちでいる僕を見て、おっさんは嬉しそうな顔をする。
驚いている、と思ってるんだろう。
確かに驚いちゃいるけれど。
「娘を傷物にしてやれば、だいたいどこでも警告を理解してくれるんだよなあ。俺らも楽に稼げるってなもんだ。うめえやり方だろ?」
変に白い歯が輝く。ぞわっと鳥肌が立った。
これは、汚物だ。
人の形をした汚物だ。
何の罪もない若い女性を一人、自分たちが犯罪をしやすくするために使ってやったと嬉々として話すおっさんは、カガリさんたちと同じ種類の生き物だとはとても思えない。
罪悪感というものがないのかもしれない。
「罪悪感というものは、ないのですか?」
「あるぞ?」
「絶対ウソだ」
「……他人に感じる罪悪感なんぞ持ってたら、夜盗なんぞやってらんねぇよ」
目の奧に、憎しみとも憐れみとも見える感情が揺れている。……事情は、なにかあったのかもしれないけど、ここまで非人間的にまでなれるものなんだろうか。
黙り込む僕に向けられた目の奧に、暗い怒りの火が灯る。
「ユーニティにゃ子供が2人いたんだ。上が女で、下は男だった。最初はガキを使おうと思ってたんだが、女のがいいって奴が多くて女のほうにした」
「……!」
「ガキのほうは魔法学校に入るか入らねえかくらいだったなあ。妙な色気があるガキでよ。姉のほうが色気はあったからそれで命拾いしたんだぜ、あいつ。女を村はずれに帰してやったときにゃあ、……バカだね、あのガキ、わざわざ見に来やがったよ。ははは、マセガキが興奮したツラして、大人に連れてかれたぜ? ちーっとばかり刺激が強かったかもなあ」
このおっさんは人混みに紛れてカガリさんの家族の様子を見ていたのか。悪趣味過ぎる。
けれど、それで僕は理解した。
カガリさんが性に関わる物事を拒む理由を。
……ああ、なんてひどい話だろう。
前に僕が夜盗の被害に遭ってた、ということを聞いたときの彼の様子が尋常じゃなかったこと、今なら納得できる。
あれ? でも、お姉さんは被害には遭ったものの生きてたはずだ。
僕の顔に、浮かんだ疑問符が見えてるように、おっさんは再び爆弾を落とした。
「娘はな、あとで自殺したとよ。せっかく生きて帰してやったのになあ。ま、しょうがねえよなあ、クスリ嗅がされて、見も知らねえ野郎に腰振って、ひでえ痴態晒したらよぉ……」
凄かったんだぜ?と、おっさんは声を潜めていやらしく言う。
「あとの話によりゃ、多少使えた魔法で自分を氷にしたらしいな。ははは、しょうがねえよな、犠牲は付き物だろ」
「……しょうがない?」
「警告のためだからな」
なにが……しょうがないの?
おっさんが知ってるか知らないが……、自分に死に至る魔法を掛けるというのは、相当な精神力が必要だ。腹を切るより難しい。
暴走させるのでなければ、死の瞬間まで魔法を途切れさせないようにしなくては、魔法で自殺などできない。
それほどに、彼女は傷付いて追い詰められ、苦しんでいたということだ。
やり場がない感情に唇を噛む。口の中が鉄錆味になる。
苛立つ僕を面白そうに眺めるおっさんの、クソみたいな話はまだ続く。
「娘の尊い犠牲でよ、保安隊のほとんどの連中は俺らに手を出さなくなったぜ。だが、あの夫婦だけは変わらなかったな。しまいにゃ幹部数人を逮捕しちまいやがって。……忘れねえぞ。あいつらに殺られた部下どもの顔はよぉ……」
「部下、やられたんですか」
「従わねえやつは殺された」
その時になって初めて、おっさんは邪悪な本性を顔に表わした。
殺された、とはいってるけど、たぶん保安隊が彼らを逮捕するときに、抵抗して一般の人たちに暴力を振るった人たちを、止むを得ず殺したんだろう。
「そこまでやられりゃよ、俺たちだって黙っちゃいられねえんだよ」
「悪いことしてるのはおっさんたちじゃないですか」
「おっさんじゃねえよ。ますますひでぇな。てめえの言う“悪い”ってのは誰基準だ? 俺たちはそうしなきゃ生きて行けねえんだよ!」
「めちゃくちゃな理論です」
「黙れ、何も知らないガキが偉そうなことを言うんじゃねえよ」
「なにも知らない……」
う、と言葉に詰まる。
……僕は、衣食住に困ったことがない。
じゃあ、人は? 彼は? 彼ら夜盗は?
環境が悪くて、彼らはこんなふうになったんだ、とおっさんは言いたいに違いない。
いや、でも。
そりゃたしかに……僕は何も知らないし、彼らはある意味犠牲者でもあるんだろうけれど。それが他人の命を軽々しく扱っていい理由にはならない。危うく流されるところだった。
「……知らなきゃなんなんです? おっさんが悪いことしてる事実に変わりないし、僕が知らないそれは、悪いことをしたことに対してなんの免罪符にもならないです」
「この……クソガキが……」
「そ、そんな顔したって、怖くなんかないです!」
そう言ったけど嘘。
無力な状態で、何されるかもわからない。基本的に殺されることはないのはわかってるけど、それでも怖い。人に痛い思いをさせられるのは、ただ怖い。
「……ああ、そうかよ。今のうちに粋がっておけ」
こめかみをピクピクさせ、青筋を立てるおっさん。そして、そんな顔のままさらに続きを話し始める。どんな神経してるんだ、この人は。
「幹部はパクられるわ、部下は殺されるわ、俺たちに取っちゃとんでもねえ奴らだ。こりゃ、あの夫婦を何とかしねえとな、ってなるのは当然だろ」
理解しがたい同意を求められるが、僕は首を横に振る。おっさんは舌打ちして、さらに話を続けた。
「天気のいい日だったなあ。保安隊が出なきゃなんねえ事件は何も起こらなかった。俺らが起こさせなかった。そんで、奴ら2人が揃って頓所にいるところをよ、狙ってやったんだよ。弔い合戦ってヤツだ。なんとしても奴ら2人の首だけは取りたかったからな。他の連中はまあ、巻き込まれて残念だったなってな」
「おっさん、頭おかしい」
「おお、なんとでも言え。てめえが悪く言えばいうほど、あとでてめえに降りかかるからな」
「……それは、どういう……」
「ははん、てめえで考えろ。……それで、あの夫婦をやった現場にガキが来やがったんだ。首が身体と生き別れたクソ親どもと、そのクソガキの感動のご対面だ! あの時のガキのツラと絶叫ときたら。軽くイッちまったぜ……!」
愉しそうに。
本当に、愉快で堪らないというふうに。
おっさんがゲラゲラと笑った。
バクンと心臓?が変な動き方をした。
「しかしな、あのガキ、まだ学校に通い始めたばっかだったんだろうがよ。いきなり魔法を使ってきやがった。しかも、どう見たって子供が使うような威力じゃねえ魔法をだ。……おかげで」
醜く歪んだ顔。その右目に手をやり、グリと眼球を抉った。
「……め、目が」
「ああ、そうさ。こりゃ義眼だ」
抉ったと見えた右手に、ポトリと落ちる義眼。
「幸いってのもなんだが、俺は右目だけで済んだ。けど、あのガキの魔法で……その場にいた俺の部下が何人も一瞬で塵になった。ありえねえだろ、何で俺が右目だけで助かったかわかるか?」
「わ、わかりま……せん」
「ふん、そのぐらい分かれよ。俺の女が俺をかばった。──俺のかわりにあいつは目の前で消えちまったよ」
恐らくあの魔法はガキが暴走させた結果の物だったんだろうよ、とおっさんは怒気をはらんだ声で言う。
自分の大事な人がそういう目に遭って、それでも相手の痛みが理解できないなんておかしい。もしかしたら、何かの理由で麻痺してしまったのかもしれないけれど。
「保安隊だけではもはや手が付けられねえって判断したんだろうな。警護隊に支援要請が出されたらしくてな、結局、俺らは警護隊に追われてティニから離れた」
それが17年前の話だ、とおっさんは言った。そして彼らはティニに戻ってきた。
なんで?
「俺らもひでえ目に遭ったが、ガキもぶっ倒れたからな。死んだと思ってたんだが、運がいいんだか生き延びてたっつうじゃねえか。それでこっちに戻って来て調査をするうちに、最近は子供……てめえのことだがな、そいつを連れて歩いているってのを部下が聞きつけてきてよ。それじゃ、そいつを捕まえて姉と同じ目に遭わせてやって、そのついでにあのガキ……ユーニティの息子を殺しちまおうって計画を立てたんだ」
どうやら話したいことは全部話したらしいおっさんは、ひどく陰鬱な笑みを顔面に貼り付けた。
「わかったか? そんなわけだから、おめえは囮なんだよ」
「……ひどい人たちです」
「はあ? お互いさまだろ」
「そういうのはお互いさまなんて言わないです。原因を作ってるのはおっさんたち夜盗です」
「……可愛くねえガキだな」
「可愛いなんて思われたくな、ぐッ……!」
「黙れ」
おっさんのゴツゴツと節くれ立った手が、僕の顎をガシッと掴んだ。口が塞がれて声が出せない。それに対して何もできないのが歯がゆい。
たとえば、メレさんやビコエさんでもいい。誰でもいいから、彼らは君の敵だ、と一言呟いてくれたら。
僕は、彼らをめちゃくちゃにやっつけることができるのに。
ボロボロと涙がこぼれる。彼は敵だと、わかっているのに。
システムがまだ受け付けない。
体が動かない。
「……てことでよ、おめえにゃ、役に立ってもらうぜ?」
おっさんが誰かに声を掛けると、テントの外から何人かの男が入ってきた。
「役に立つって……」
「ああ? 話聞いてなかったのか? てめえを犯して、あの野郎を焚き付けてやるんだよ」
入ってきた数人が揃ってゲタゲタと嗤った。
途端に、身体から力が抜ける。
……ああ……、無力化だ。
どうせここまでだって人間相手で何もできやしなかったけど、トドメに無力化だなんてひどすぎる。せめて多少でも抵抗ができたらよかったのに。
手首を縛られる。
不衛生な感じの敷物に転がされ、身に付けていたものがビリビリと裂かれる。
下卑た笑いが耳を打つ。
変に汗ばんだ手が腿や首筋、胸を這いまわる。
いやだ。
こんなのいやだ……!
──助けて、カガリさんっ……!
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