第18話 命乞いと禁句
R-15要素、残酷表現があります。
苦手な方はご注意を。
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山中にある小さな湖は、上空からすぐに見つかった。近付くにつれ、湖畔に並ぶ幾つもの天幕が目に入る。夜盗団の設営地に間違いはないだろう。
あの中のどれかに、レギがいる。
どうやら彼らの中には、探索の防御に長けた者がいたらしい。レギの気配が突然追えなくなってしまった。
夜盗団は探索を嫌う。探索自体は比較的稀少な力のため、使うもの自体多くはないが、それでも警護隊や保安隊の中には探索を使える者がいるのは珍しくない。それらを警戒してのことだろう。そしておそらく、こちらの探索は先の暴走で気付かれている。
ただ、ここへ来てレギを追えなくしたところで、ここのどこかにいることがわかっていればもう十分だ。
くだらない小細工は既に意味がない。
精々レギを隠してやった、惑わせてやったと喜んで安心しているといい。
気付いた時はもう手遅れだ。
峠道側から設営地に近い森の中に降り立ち、様子を窺う。天幕の設営地は、昼間のためか夜盗団の多くが天幕に籠もっているようで人影は殆どない。
ざわと木立が風に揺れる。
人の声がして、何人かの男が奥からこちらに歩いて来るのが見えた。どこかの天幕から出てきたようだ。
見窄らしい服装は乱れ、裸に適当な上着を羽織ったような者もいる。
彼らが大声で話す声は否応なしに耳に入ってきた。
「あのチビ、すげぇな」
「ヤベェツラだったな。誘ってるだろ、あれは」
「あれでクスリ使ってないんだろ?」
「針刺したら刺した奴がキまっちまったからな。アイツには効いてねえ。それでもアレだ」
「変態じゃねえか、正直引くわ」
「良けりゃいいだろ。まだ足りねえなあ、オレ」
「交代まで待ちゃまた使えるぜ?」
ゲラゲラと嗤う声。
下品なハンドサイン。
『誘拐してきたのを犯した』と、罪悪感の欠片もない。
……予想はしてはいたが。
言葉にしがたい感情が渦巻く。
ああ。
だめだ、これは。
──耐えられない。
森の中から設営地内へ。彼らの目の前に姿を見せた。
男たちが色めき立つ。
「……あ? なんだテメ……」
誰何を問う言葉の途中、ボッ、と破裂する男の喉。
血飛沫が周囲の男たちを赤く濡らす。破裂の衝撃で数メートル先にゴトリと落ちた頭部と、拍動と共に血を吹き出しながら崩れ落ちる身体。
頭にはまだ意識があったのか、私を見て暫くなにか言っていたが、程なく動かなくなった。
こんなモノには銀鈴の音すら使うのが惜しい。
男が発した声を直接使っての、魔法。
彼らが発する音を、彼らを切り刻む力に変える。
「な、なん、だ?」
別の男が呟いた直後、メリメリと頭頂部からゆっくり裂け始める。
「ぎ……ヒ……っ!? や、メで……いでぇ、よぉぉ……っ!」
痛みに絶叫する声を刃に変え、その発生源に向ける。
肩、腕、脚。それぞれに複数の裂け目が生まれ、そこからゆっくり裂けながら内側の赤い肉を晒していく。裂けた腹からはボチャボチャと内臟がこぼれ落ち、そして巨大なフリンジのようになった2人目が倒れた。
2人目の悲鳴で異常事態に気付いたのか、周囲の天幕からゾロゾロと夜盗たちが出てくる。細かくは見ていないが、天幕の中にまだ残っている者も含めて夜盗たちはおよそ150人。ぐるりと私の周りを囲んでいく。
「音を立てたら、死ぬよ?」
私は彼らに忠告した。
大きな天幕から現れたそれなりの立場だろう男が、引きつった笑みを浮かべながら言う。
「て、てめぇイカれてんのか? 一人二人は派手に処理できても、魔法使い一人でこの人数に囲まれて無事ですむとでも?」
だいぶ甘く見られているらしい。
やや呆れてその男に視線を向ける。
「……全員同時に、もっと細かい赤フリンジにすることもできる。試してみるか?」
びくりと体を震わせて一歩退く男に呆れ、ため息を吐いた。
数メートル開けて私をぐるりと取り囲む夜盗団を見回すと、一応言葉は通じたのか、水を打ったように静まりかっている。
聞こえるのは木の葉擦れだけだ。
見れば、一番奥の中型の天幕に遮音の魔法が掛かっている。
おそらくあれがレギがいる天幕だ。遮音ゆえに外の騒ぎも聞こえていないだろう。
好都合だ。
「何のことか、末端には分からないだろうけど、そこにいる彼らなら事情はわかっているね。……私はとんでもなく腹を立てているんだ。さっきの二人程度の苦しませ方では、とても足りない適度には」
動揺が漣のように広がる。
耐えられなくなったのか、私の真後ろに立っていた男が1人、飛びかかってこようとする気配。
馬鹿が。見えていないとでも思ったか。
「ヒ、ィィ……っ」
男が立てた足音の糸がスイと立ち上がり、彼自身を絡め取り空中に吊す。身動きの取れなくなった男は悲鳴を上げた。
男の衣服の下で、多数の脚を持つ何かが複数、ゴソリと蠢いた。
「な……何かいる……! 服の中、何かいるぅぅ?!」
「音を立てない方がいいと忠告したはずだよ」
チラリと視線を投げる。
立場がありそうな男から見て、ちょうど私の真後ろの少し高い位置に吊された男。
身につけている服がじわじわと赤く染まっていく。その服の下に蠢くなにかは、その場にいる全ての人間に見えているだろう。耳を覆いたくなるようなボリボリという
他の者と同じく青ざめて、さっきから押し黙っている立場のありそうな男に静かに尋ねた。
「そこの天幕の中で何が行われているか、お前は知っているね? その時点で、ここにいる者を逃がすなんて選択肢は消えている。あとは、どう殺すかだけだ」
「し、知らねえよ!? 首領がなにしてるかなんて、おれが知る訳ねえ! おこぼれを預かることも出来ねえん……っ」
「お前は頭が悪いみたいだね。忠告を忘れたか」
尋ねた男に代わり、私を取り囲む輪の中から聞こえた声の主が、グギャッとカエルが潰されたような声を上げる。さらに周囲から悲鳴があがり、続けざまに数回、同じ音がした。
連鎖的に重力で圧し潰され、人の形を失ったものの周辺が空く。まったく聞き分けの悪い。
最初に見た数人の男たちに目をやる。
天幕から出てきた他の団員の後ろで、音を立てないようにこの場から離れようとしている。多少立場が上なんだろう。
団員を囮に逃亡を図ろうとしているのだろうが、無駄なのがわからないらしい。
彼らの微かな足音は糸になり、その脚を絡め取った。
ドサリと無様に転ぶ男たちに、遠隔で声を飛ばす。
『おまえたちこそは絶対に逃がさない』
倒れた男たちから悲鳴が上がった。
背後から聞こえるボリボリという音。“喰われている”男の悲鳴に怯え、転んだ男たちが口々に命乞いをする。
その男たちの上げる命乞いの声が、茨の形を取って彼らを空中に持ち上げる。
絡みつく棘が全身に深い傷を付け、動けば動くほど肉に食い込んだ。
「命令でやったんだ、誰が好き好んであんなチビ相手にするかよ!」
「たのむ、まだ死にたくねぇよ」
「俺は何もしていない、やめろといったんだ」
「変態が!」
「テメェは何様だ!! 許されると思うなよ?!」
……笑わせるな。
『……ランク赤の魔法使い様だよ。理解したか? オレ様方』
彼らの口から漏れる絶望的な悲鳴。
叫びを聞きながらも知らぬうちにこぼれる自嘲。
別に許されるなどと思っていない。許されようとも思っていない。いずれ罰は下る。ただ、それが今ではないだけだ。
……なにが、魔法使い“様”だ。
レギ1人まともに守れないくせに。
まったく以て、偉そうに。
この命が軽い世界ではどこにでもある、よくある事件。
それに対して、これほどのことをやること自体、おかしい。
けれど、許せない。
この男たちは、あの子を傷つけた。
茨に吊られた男たちが口々に叫ぶ罵り、命乞い、媚び。
ひとりが私を見て歪んだ顔で怒鳴った。
「あのチビは何人も相手にして悦んでた!! 悦ばせてやったんだ!! それのなにが悪いんだ?!」
その言葉に、それまで抑えていた何かが、ぶつりと切れた。
「──ッ、レギを、侮辱するなあぁぁッ!!」
左手の銀鈴が悲鳴を上げた。
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